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56 夢うつつ

 ああ、ここは前世……。


 フラれたあと、サークルもやめ、私は勉学にいそしんだ。

 あの日は、明け方までレポート作成に時間がかかり、小腹がすきコンビニへ食べ物を買いに行った。


 あまりにも気持ちの良い夜明けの空気に、遠くのコンビニまで足を延ばすことにした。


 朝の白けたような、それでいて爽やかな街を歩いていると、ホテルから男と出てくる彼女を見かける。


 それはいかにもで、「ああ、そういう商売をしているのか」とわかる。大学にも何人かそういうことをしている子がいるとは聞いていた。

 いずれも容姿の良い子ばかり、もう自分には関係ないとばかりに目をそらす。彼女との友情は終わったのだ。というより、始まってすらいなかったのかもしれない。




 そうだ。思い出した。私はその後彼女に再会している。

確かあれは就活で忙しかったとき……。成績優秀な私が、なぜかすべての会社にご丁寧に時には雑にお祈りされていた。

 在学中に就職が決まらなくて既卒になってしまったらどうしよう。焦っていた。そんなある日、彼女が私の前に現れる。


 整然とビルが立ち並ぶオフィス街を歩いていた私に、突然罵声を浴びせた。



「ひどいじゃない。言いふらしたでしょ? 私がキャバ嬢やっているとか、風俗やっているとかあることないこと! 男とられたから恨んでいるんでしょ!」


 どうしてこんなところにいるのだろう? 彼女も就活中? それにしてはラフな服装。パーカーに細身のパンツ。珍しくすっぴんだ。眉毛がほとんどない。


 しかし、私は次の面接に急いでいた。筆記は通るのにいつも面接で落とされる。彼女に構っている暇はなかった。それに、言っていることが意味不明で、言いがかりとしか思えない。


「知らない、私はもうとっくにあのサークルはやめてる。今急いでいるから」


 そういって足早に面接に向かおうとするとパシャッと何かをかけられた。甘ったるい缶コーヒーの

臭いがする。白いシャツの胸元に茶色いシミが広がる。


「何するのよ!」


 睨みつける。そのとき初めて彼女の様子が少しおかしいことに気付く。妙に目が据わっている。酔っているのか、薬でもやっているのか。シャツを弁償させたいが、ここはかかわらない方が良いのかもしれない。


「いいよね。あんたは一流大学出て、これから、いいところで働くんだもんね。一生楽できる。それに比べて私は……。 弱者を踏みつけにして、見下して楽しい? ちょっと一流大の学生ってものをやってみたかっただけなのに、絶対に許されない!」

 

 彼女の言葉に混乱する。


「は? 一流大の学生って? 同じ大学じゃない。訳の分からないこと言わないで」


 シャツはもう無理だ。どこかで買いなおそう。幸い、早めに出てきたから時間はある。腹立たしいが、無視して歩き始めた。やっと三次面接まで進んだのだ。遅刻するわけにはかない。


「とぼけるんじゃないわよ! あんたがばらしたんでしょ? 私が、大学生じゃないって」


「え?」


「あんたがばらしたんでしょ? 男引っかけようとして、学生のふりしてサークルにもぐりこんだって」

「そんな話、知らない」


 彼女の告白には驚いた。いつかはバレるのに、そんな馬鹿なことをする人がいるのかと呆れる。

 が、すべて過去の事、その時は面接が大事だった。正社員になれるか非正規雇用になるかの瀬戸際なのだ。


「あんたの男とったから、頭にきて、言いふらしたんだろ」


 ここはオフィス街、皆見て見ぬふりをする。私は、明らかにおかしなことを言う彼女を振り切るため足早に歩いた。こんなところを、これから会う面接官に見られていたら大変だ。


「ちょっと待てよ」


 腕を掴まれた。


「うるさい! あなたの事情なんて知らないよ! 私は忙しいの。今後いっさい私の人生にかかわってこないで」


 かっとなって言い返し、彼女を振り払うと私は走り出す。後から、口汚く私を罵る声が聞こえてきた……。悔しい。就職も決まらずあんなおかしな奴に言われたい放題。


 ああ、そうか、郵便受けに嫌がらせの手紙は彼女だったのか。


 すっかり忘れていた、私にとって、不愉快な一日のひとこま。しかし、彼女にとっては……。



 そうだ。あの乙女ゲームは彼女のお気に入りだった。

 自分が生を受けたこの世界を、最後までゲームだと思っていたのかもしれない。





 もふもふっと温かなものに頬を撫でられる。

 目を覚ますとハムスターがいた。


 ちょこんと小首を傾げている。心配してくれているようだ。


「でんちゃん、いらしてたのですね」

「どうしたのだ。しょうもない前世でも思い出していたのか?」


そういわれた瞬間今まですぐそばにあった前世が色を失う。

でんちゃんの姿をみると安心感が広がり、不穏な前世の記憶が遠くへ押し流されていく


フェリシエルはむくりと起き上がった。


「ちょっと夢見が悪くて」

「当然だ。あんなものを見て、ぐっすり眠れる方がどうかしている」


王子はメリベルの凄惨な最期を言っているのだ。


「にぁご」


ミイシャもベットにのってきた。皆心配してくれている。


「ミイシャもありがとう。そういえば、殿下、こんなところにいてよいのですか?

お城でいっぱいやることがあるのではないですか?私は大丈夫です。すべきことをしてきてください」



「ふん、ならば、お前が寝付いてからにしよう」


王族ハムスターがもふもふとした毛をふるりとし、偉そうにいう。


「ならば、私は殿下が出立するまで寝ません!」


フェリシエルとでんちゃんがしばしにらみ合う。



「わかった。残る仕事を片付けてこよう」



折れたのはハムスター。フェリシエルはもふもふのでんちゃんをすくい上げ窓辺に連れ行き、窓を開け放つ。

星降る夜空の中天に、半月が浮かんでいた。


「ミイシャ、フェリシエルを頼んだぞ」

「にゃあ!」


きりりと表情を引き締めるとハムスターはフェリシエルとミイシャに見送られるなか、城へひた走った。


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