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04褒美

 大学生になって初めて友達ができた。学部の違う彼女に誘われて、初めて行った飲み会で、理学部男子と意気投合した。

 最初は皆で出かけていたけれど、そのうち二人で買い物などに行くようになった。当然、彼も私が好きなのかと思っていた。そしてこのままお付き合いに発展するものだと……。友達も応援してくれていると信じていた。

 それは幻想に過ぎなかった。


 「ねえ。私たちの間に入ってこないでよ。私たち付き合ってるのにひどいじゃない。あんたみたいなつまらない子とせっかく友達になってあげたのに」


 友達と彼は付き合っていた。知らなかった。信じられなかった。その後、彼からも彼女からも連絡があった。しかし、彼らと話す気はなかった私は、連絡先を消去した。

学内を不必要にうろつかなければ、学部が違うので会うことはほとんどなかった。私の友情ごっこと淡い恋は終わった。


 しかし、その二年後、私が今の会社で勤め始めたころに彼が現れた。


「あの時は、お前が生意気だったから、懲らしめてやろうってことになって。冗談みたいなものだったんだ。あいつとは本当に付き合ってない。悪気はなかったんだ。だから、俺と付き合わない?」


 ありえなかった。あれが冗談で済ませられるとでも?





***********************





フェリシエルの目覚めは最悪だった。またあの夢を見た。

前世の記憶だろう。細部は薄れていくのに鈍い痛みだけが残る。



「お嬢様。救援物資が無事届きました」


公爵家にしては質素な朝食を食べていると、執事が知らせに来た。


「そう」


フェリシエルは鷹揚にうなずくと具の少ない薄いスープをすくって口に運んだ。


「それが…殿下もいらしてます」

「え?」



慌てて身繕いをして王子を迎えた。


「ろくにお構いもできませんが……」と言って頭を下げると王子は機嫌のよい笑顔を浮かべて「気にする必要はない」と言った。フェリシエルが初めて見る作り物ではない笑顔だ。



 客は王子だけではなく、レスター公爵家子息で騎士のジーク・レスターもいた。彼もヒロインの攻略対象でフェリシエルを断罪する一人だ。濃茶の髪に緑の瞳、王子と同じで無駄に顔がいい。


「フェリシエル、今回は大変だったね。君は見事に貴族の努めをはたした。国王陛下が君に褒美をとらせたいと言っている」

 「いえ、大したことはしておりませんので」


そんなものは固辞したかった。王都に戻れと言われるのはごめんだった。


「一緒に王都へ戻ろう」


王子のその言葉に血の気が引いた。幽閉エンドに向かうかと希望をもった矢先だった。しかも隣にはジークがいる。


「どうしたの?王都に帰れるのが嬉しくないのかい?噂ならもうおさまったよ」

「おさまったというと?」

「ああ、全く。根も葉もないひどい噂を流す輩もいるものだ」

とジークが口を開いた。

なぜかジークがフェリシエルの味方のような口を利く。ゲームの中では断罪シーンでフェリシエルに斬りかかってきたのに、おかしい。首を傾げた。



「今回の君の素晴らしい働きは王都でも評判になっているよ。そのおかげでおかしな噂は払しょくされた」

「すばらしいよ。フェリシエル嬢。私はいままであなたを誤解していたようだ」


二人の殿方にほめそやされた。

フェリシエルはほだされそうになりながらも考える。果たしてこのようなイベントがあったのかと……。


多分なかったわよね?


「でも、領民が心配なのです。まだここを離れたくありません」


 一番心配なのは自分の命なので、フェリシエルは食い下がった。領地から離れたくはない。王都には不安材料が多すぎる。しかし、王命に逆らえるはずもなく王都に戻ることとなった。また振り出しである。


 フェリシエルが何とか絶望を顔に出さずに、今後の日程について話し合っていると、猫のミイシャが入ってきた。綺麗な白い毛並みの子猫がフェリシエルの膝上にのる。


すると王子が飛びのいた。


「その猫連れてきたのか?」

「はい、いつの間にか荷物の中に紛れていたんです」


 ジークは猫を見て立ち退いた王子を驚いたように見ている。しかし、王子は何事もなかったかのように振る舞い再び腰かけた。フェリシエルの膝の上には相変わらずミイシャが乗っている。王子は猫が苦手だ。こうしている今も隙を見せまいと嫌悪感を抑えているのだろう。そうだ、王子に断罪されるときミイシャを連れて行こう。そして脅かしてやるのだ。フェリシエルはミイシャの柔らかな手触りを楽しんだ。



 王都に戻ると、隣国へ嫁いだ姉アデルが久しぶりに帰って来ていた。家族にとても褒められた。豪華な晩餐まで開いての歓迎ぶりだ。今まで出来て当然だったから、こんな風に手放し褒められることは初めてだった。



王宮へ向かう馬車の中で思い出した。

悪役令嬢が王から褒美を貰うというイベントがゲーム内にあったことを。

しかし、気付いたときには逃げ場はなかった。

馬車から降り立つと、壮麗な城をため息を付きながら見上げた。


 さけられなかったのだ。ゲーム内では悪役令嬢が国王から褒美をもらって、ますます調子づいて高慢になるという描写しかなかったと思う。詳しくは思い出せなかったのだ。悪役令嬢とはいっても所詮はヒロインを引き立てるための悪玉、描かれ方も雑なのかもしれない。やはりゲームの強制力は働いているようだ。


煌びやかにシャンデリアの光が反射する謁見の間。敷き詰められた赤い豪奢な絨毯。

国王陛下の御前にしずしずと進み出て褒美をもらう。

紳士や淑女から、投げかけられる賞賛の言葉をつつましく頂いた。

そこにはメリベルの姿もあった。彼女に近づかないように慎重に行動した。

しかし、次々に危機はやってくる。宰相子息モーリス・オーギュストがメリベルを伴って挨拶に来た。モーリスもフェリシエルを断罪した一人だ。


「素晴らしいですわ、フェリシエル様。でも、随分、カントリーハウスに食料をため込んでいたのですね。村一つ分十日ももたせるだなんて、驚きましたわ。そんなに貯めてどうするつもりだったんです?籠城でもするつもりだったのですか?それでは領民も食べるものに困ってしまうかも……。領内に農民の反乱の動きでもあったのでしょうか?やはり、そちらの領地では税が高いのですか?」


 メリベルはとても感じがよく魅力的で親身な様子で話す。語り口はあくまで穏やかで、邪気無く疑問に思っていることを口にしただけという表情を浮かべている。しかし、メリベルは巧妙に問題をすり替えている。さり気なく陥れようとしている。


 フェリシエルはメリベルに名前を呼ぶことを許した覚えもない。身分からいったら彼女のとっている態度は失礼だが、王子との茶会に王妃とともに参加することが多いのでそれも致し方無いのかもしれない。また彼女のそういう態度が裏がなくて明け透けで良いと殿方や一部令嬢に受けている。


 メリベルには男性に媚びるのが上手で、甘えるのが苦手なフェリシエルはそれに嫉妬していたが、冷静になってみると計算高くて嫌な女性だった。

 男女ともに受けの良い女性は性格が良いわけではなく、時としてずるいこともある。前世の記憶とともにそんなことも思い出した。

 メリベルの言葉に何と答えるのが正解なのかと考えているとモーリスが口を開いた。


「メリベル、それは、ちょっと失礼ではないかな?」


その言葉はフェリシエルを庇ってくれているようだった。

メリベルはというと美しいハシバミ色の大きな目を見開いて涙をためる。


「私、そんなつもりでは。ただちょっと疑問に思ったこと口にしてしまって、教養もろくにないのに私ったら、なんてことを……。知った風な口をきいてしまい本当にも申し訳ありません。フェリシエル様」


 肩を震わせ、涙声で大袈裟に詫び始めた。これではまるでフェリシエルが叱責しているようだ。騒ぎが広がりあたりが少しざわついてきた。儚げな面立ちの少女と生意気できつい顔立ちの少女、加害者は誰かなどと考えるまでもない。分が悪くまずい状況だ。どうあっても断罪に進むらしい。


 諦めかけた頃、慌ててモーリスがメリベルに非を詫びた。モーリスは侯爵家子息だ。本来なら伯爵家の令嬢にそこまでへりくだる必要はない。どうやら、かなり惚れているようだ。


 しかし、そのおかげでフェリシエルはおかしな冤罪を擦り付けられずにすみ、胸をなでおろした。ゲームの中でフェリシエルの悪事の証拠を並べ立てた彼が証人だ。これでこのイベントは成立しなかったと思いたい。

 先ほどのメリベルの「農民の乱」などという言葉がモーリスの入れ知恵ではないと願いたかった。ここで疑心暗鬼になって冷静さを失ってしまったら終わりだ。

 

フェリシエルは失礼のないように、それでも逃げるように会場から立ち去った。

帰り際に、夫と来ていた姉アデルに声をかけられた。


「どうかしたの?フェリシエル顔色が悪いようだけれど」


 アデルが心配している。思えば年が離れていてあまり付き合いのない姉であったが、お妃教育で忙しくなる前は生意気なフェリシエルに優しく接してくれていた。そして父母も兄も高位貴族であるから皆それなりに権力欲は強いが、それなりに愛情を注いてくれている。フェリシエルは意外に家族に愛されていた。いまさら、それに気づき愕然とした。



 二日後、王子のお茶会に呼ばれた。












フライング気味でのスタートでしたが、詰めがほぼ終了したので改題しました。宜しくお願いします。

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