30夜会1
夜会三話連続です。
いよいよ夜会当日となった。
警備上の問題でフェリシエルは城で王子に引き渡される、馬車から降りると王子に手を取られた。笑顔はいつも標準装備なので何を考えているのかわからない。
王子が何やら、今日のドレスは似合っているなど賛辞をおくってくれたが周りに人がいるときはいつもそうなので、本気だとは思えない。
フェリシエルは疑心暗鬼のなかにいた。
だいたいでんちゃんが、もう二週間も家に来ないのだ不安になる。一週間まえに王子が来たような気もするがそれは人の方なのでノーカンだ。
ああ、もしも、私以外の誰かの手の中ででんちゃんが可愛いがられていたらどうしよう。
思考は断罪からそれて、ハムスターに向かう。でんちゃんに会いたい。
「フェリシエル、陛下の御前に行くよ。完璧なカーテシーと挨拶宜しくね」
王子の耳打ちで現実に引き戻された。そんなものフェリシエルにはお手のものだった。何せ10歳の頃からやっている。
陛下に型通りの言葉を貰い、王妃の遠回しな嫌味を受け流し、つつがなく賓客への挨拶を済ませた。
そうはいっても、ノルド大公の前では少し緊張した。馬車襲撃事件の黒幕かもしれないのだ。王弟の彼はいまだ王位を狙っていると言われている。濃茶の髪にブルーグレーの瞳、細面で神経質そうな顔。王子を見る目が冷たくてフェリシエルはどきりとした。
「前回は訪問を楽しみしていたのに残念だ。今度、収穫祭があるから来るといい」
「ええ、予定が合えばぜひ」
王子がそつなく答えていたが、フェリシエルは予定が合わないことを祈った。
強い視線を感じてふと顔を上げると、そこにはメリベルがいた。驚いたことに彼女は、第二王子エルウィンにエスコートされていた。そして堂々と王と王妃に挨拶をした。ベネット伯爵夫妻までいる。
フェリシエルは眉をひそめる。他の貴族もひそひそと囁いていた。問うように王子を見上げたが、彼からは空っぽな微笑が返ってくるだけだった。
そして演奏がはじまる。いよいよダンスだ。
フェリシエルは、ダンスが好きだ。でも、王子と兄以外の者と踊ったことがない。早い話が敬遠されているのだ。理由は知っている。きつい性格の公爵令嬢の不興をかいたくないのだ。
一方、王子は大人気で取り合いになる。以前はそれを見てやきもちを焼いていたのだが、いまはそんなことはない。今日もまた、王子と踊りたがる淑女が群がるだろう。もちろんメリベルも。
すっと手が差し出される。ダンスのはじまりだ。彼はいつも指先まで神経が行き渡っている。気持ちよく踊っている最中に気付いた。
あれ?ファーストダンス。メリベルではなく。私と踊ってる。
イベントで彼はメリベルと踊るはずだった。
「フェリシエル、今日はもう一曲踊るから」
「はい?」
こんな事は初めてだ。たて続けに二回。そして、メリベルは第二王子と踊っていた。乙女ゲームのイベントと全く違う展開にフェリシエルは戸惑った。
ダンスが終わり、王子が去るものと思っていたら、まだ、横にいる。
「フェリシエル、喉かわいたでしょ」
なんと王子と休憩。こんなことは初めてだ。彼は大好きなフルーツを食べている。動きは優美で、食べる所作もいちいち美しい。
「準備や挨拶に忙しくて食べている暇がなかったんだ」
王子は微笑みながら言う。結局自分がお腹を空かせていたらしい。それを見ながら、フェリシエルはなんでも手づかみで食べ、口に入るだけほおばり、ほっぺを膨らませてもぐもぐする愛らしいハムスターを思った。
断罪など起きそうにもない、のんびりした空気が流れている。フェリシエルの恐怖もずいぶんやわらいだ。というより、気が抜けた。ここ半年間抱えていた恐怖は何だったのだろう。とんだ空回りだった。
「他のご令嬢と踊らなくてよろしいのですか?」
「そうだね。君といれば、淑女は寄り付かないから楽だよ」
「まあ、ひどい。嫉妬深い婚約者みたいじゃないですか」
そうは言いつつもフェリシエルは自分の評判は知っている。それに王子は本当に他の令嬢の相手が面倒なようだ。のんびりと休憩していると、侍従がやってきて王子に耳打ちした。
「王妃からの呼び出しだ。多分メリベルと踊らされる」
小声で囁く。いちいちフェリシエルに断りを入れる。安心していいのだろうか。