02ゲームの強制力?
王子とお茶会の日。
使用人のセシルが髪を結い、化粧をほどこしてくれる。今日は縦ロールはやめてもらった。雷で髪が焦げて切ったので、まだ肩の下あたりまでしか毛がないのだ。それにあれは悪役令嬢の象徴。当然封印する方向だ。鬘を勧められたが、それも断った。清楚が一番だ。
フェリシエルはため息をつきながら、王宮のバラ園に向かう。
「どうしたのですか?お嬢様」
侍女のヘレンが声をかける。
「お会いしたくないのよ。殿下に」
ヘレンは驚いた。というのもフェリシエルはいつも王子と会える不定期のお茶会を楽しみにしていたからだ。これは王子とフェリシエルの結婚が決まってから始まったもので、彼女が10歳の時から5年間続いている。王子の日程合わせて開かれているのだ。
「どこか具合でも悪いのですか?」
「ええ、とっても悪いわ。家から出たくないくらいには」
そして控えの間で待つこと二時間後、王子がやってきた。いつも待たされる。
庭園に着くと王子が持参した砂時計をテーブルに置く。さらさらと砂は零れ落ちて、最後の一粒が落ちると茶会は終了である。待ち時間2時間、茶会15分、どこかアトラクションのようだ。
「雷に打たれたって話だったけれど、元気そうだね」
ちっとも心配そうな口調ではない。それでも見舞いの花くらいは送ったらしい。
「いいえ、まったく。体調は最悪です」
「それはおかしいね。顔色はいいし、王宮医はそんなこと言っていなかったよ」
王子が分厚い本から目を上げた。初めてフェリシエルと目が合う。
「あのですね。雷は大したことなかったけれど、そのとき倒れて頭を打ちまして少々ねじが緩んでしまったようです」
王子が一瞬黙りこくった。べつに王子に好かれなくてもよくなってから、彼の視線を初めて本から引き離すことに成功した。
この王子は毎回こうである。公務が忙しいというのもあるが、いつもお茶会では勉強をしている。婚約者であるフェリシエルと会うたった15分すら惜しむ。
「確かにちょっとおかしいね。自分が一番素晴らしいと常々言っている君が、自分の事を馬鹿になったなんて言うなんて」
そこまで直接的には言っていない。顔が引きつりそうになったので口元を慌てて扇で隠す。王子の言葉を利用することにした。
「はい、お妃教育で勉強したことがすべて消しとんでしまいました。なので、私と婚姻を結ぶと殿下が不幸になります」
「え?何を言い出すの」
殿下が目を見張った。青紫色の目と銀髪が美しい。
しばらく、沈黙が流れる。
「何を言っているのかな?あのね。公爵令嬢の君との婚約は覆らないよ。政略結婚だからね。本当に馬鹿になったの?まさかとは思うけど、私に好きだと言ってほしいとか?」
あれ?おかしい。
ゲームではこの時期王子はフェリシエルにかなり嫌気がさしている。二つ返事で頷くかと思っていたが、そこは現実で、簡単にいくものでもないようだ。
しかも、フェリシエルは王子に相当嫌われているらしい。彼女はなぜか今この瞬間まで、そのことに気づいていなかった。前世の記憶が戻る前は、随分歪んだものの見方をしていたようだ。
「いえ、別にそういうわけでは……」
言いかけたとこで、後ろから人の気配がした。
「楽しそうね。私たちも混ぜてくれない」
キャサリン王妃とメリベル伯爵令嬢がいた。
断るわけにもいかない。二人はティーテーブルに腰かけた。
メリベルはどういうわけだか王妃のお気に入りだ。身分差からいって二人がいつどうやって親しくなったのかも謎である。
ゲームの強制力?
本当はこの茶会は王子と二人だけのものだったが、最近たびたびこの二人が闖入する。いつもは彼女たちのこの行動にひきつった笑みをみせるフェリシエルだったが、今日は違う。
王妃の引き立てを受けて、積極的に王子に話しかけるメリベルを静かに眺めた。
もちろん彼女のことは嫌いだ。しかし、死にたくはない。ならば今までのように牽制するのではなく譲ってしまえばいいのではないか。本当に彼女のことは気に入らないが、死ぬよりずっとましだった。
時はたち、砂時計の砂は落ち切った。
王子は「それでは私はこれで」ときらきら笑顔で去っていった。無駄に美形。
フェリシエルは婚約破棄まで一歩前進だと思った。自分がメリベルに対する不快感を抑え、彼女らを応援すればバッドエンド回避もありかもと希望が持てた。
しかし、不安材料はある。それは王子の行動だ。ゲームの中ではもっとメリベルとべたべたしていたはずなのに、今日は適切な距離をとっている様に見えた。思い出してみると今までもそうだ。いわば王妃の顔を立てるかたちで話している様に見える。
現王妃はもと側室だ。第一王子の実母である前妃が亡くなり、繰上りで王妃となった。王子を二人、姫を二人生んでいる。彼女はフェリシエルを断罪する第二王子の母でもある。メリベルの次に苦手で厄介な相手であった。
しかし、おかしい王子はモテモテでゲームの中ではもっと遊んでいたような気がするが、現実のリュカ王子は勤勉で、時間を無駄にすることを嫌い常に砂時計とともにある。こんな設定あったのだろうか?残念なことにフェリシエルには細部まで思い出せなかった。
次の日から、フェリシエルは体調不良を理由にお妃教育をさぼる作戦にでた。部屋に閉じこもり、二日が過ぎたころ、昼下がりに誰かが部屋に訪ねてきた。
「フェリシエル、ちょっといいかな?」
そういって部屋に入って来たのは公爵家嫡男のシャルルだった。
「あら珍しい。お兄様どうなさったの?」
堂々とベッドから起きてお茶を飲み、おいしそうに焼けたマドレーヌに手を伸ばしているところに踏み込まれてしまった。
「うん、やっぱり仮病だね」
あっさりとバレてしまった。侍女かメイドから聞いたのだろう。
「あれだけ、殿下に懸想していたのに……」
「はい?」
周りからはそのように見えていたようだ。
しかし、実際は違う。メリベルに対抗する気持ちと次期王妃の地位にしがみついていただけ。フェリシエルは元来、権力欲が強い。その地位は、優秀かつ美貌の自分にこそふさわしいと思い込んでいた。
しかし、自分の命がかかるとそんなものどうでも良くなる。
兄はいったい何しにこの部屋に来たのだろう。フェリシエルの向かいに腰を掛ける。兄のカップに侍女が湯気の立つお茶を注ぐ。
「実はね。おかしな噂が立っていてね」
「もしかして、殿下とメリベル様がお付き合いしているのですか?」
「いやいや、それはないから。キャサリン様はあの二人をくっつけたいようだけれどね」
「では、何です?」
用件が気になって、食い気味に聞く。兄はよほどの用事がなければ、フェリシエルに近づかないのだ。
「お前が呪い師のところに出入りしているという噂がたっているんだよ」
「え、行ったことありませんよ?なぜそのような噂が」
呪い師は王都の怪しげな地区の一角に住まう老婆で、腕が良いと評判だ。有力な貴族が何人か身分を隠し密かに通っているという噂がある。
ちなみに得意なのは呪殺だといわれている。
「お兄様、それ、まずくないですか?」
「ああ、まずい。お前がメリベルを呪っているのではないかという噂が流れている」
どうあってもバッドエンドな流れに向かっている。フェリシエルは頭を抱えた。そんなイベントは知らない。乙女ゲームの悪役令嬢はしょぼい罪で断罪されたのではなく。どうやら冤罪だったらしい。
「そんなわけないじゃないですか。そんな場所に足を向けたこともありません」
そうは言いつつも興味はあった。その呪い師は未来視もできると聞いている。しかし、今は近づくわけにはいかない。
「時にお兄様、相談したいことがあるのですが」
「なんだ、こんな時に」
「私、いますぐ殿下と婚約破棄できませんかね?」
兄が憤慨して鼻息荒く出て行った。あれでは伊達男が台無しだ。
その後フェリシエルは、家長である父の命令でお妃教育どころではなく。外出禁止となった。権力欲が強いのは父兄同じで、どうあっても第一王子と結婚させたいらしい。