22飼われることになりました。
回し車の中で、夢中でシャカシャカ走るハムスターに声をかける。
「殿下!大丈夫ですか?そんなに動いて」
「問題ない。魔力を回復に全振りした」
カラカラと軽快な音をさせながら返事をする。
「あれ、そのお姿のときは魔法が使えないのでは?」
「魔法は行使できないというだけで、魔力そのものがなくなるわけではない。魔力がなければただのハムスターではないか」
王子が尊大な口調で言う。
「やっぱりハムスターですよね?」
「神獣だと言っているだろ。私の神々しい姿を拝むがよい。この鳥頭」
回し車が止まり、ふるふるとサテンシルバーの柔らかい毛がゆれる。
「殿下なんてお可愛いらしい!」
フェリシエルが感極まって叫ぶ。
「やかましい!」
いきり立つハムスター。
「ふふふ。貴賓室は気にいっていただけましたか? その回し車特注ですよ」
「まあまあだな」
「整えた甲斐がありました」
フェリシエルがうきうきとした口調で言う。
「殿下あちらにティーテーブルも準備してございます」
みると文机にミニチュアのテーブルに椅子、茶器一式があった。
「お前、文机の半分をミニチュアが占めているではないか。あれではどこで文を書いたり勉強したりするのだ?」
「図書室かサロン?」
フェリシエルが首を傾げる。
ツッコミどころが多すぎるので話を進めることにした。このまま彼女のままごと遊びの相手にされそうで戦慄する。
「……まあ、いい。それより、力を使いすぎたのでしばらくこの姿だ。よってその間、ここを私の家とする」
重々しい口調で言う。
「要するにお泊まりしたいんですよね?」
「グヌヌ。そうともいう」
「承知いたしました! ではそろそろ朝食に行きましょうか」
そういうとフェリシエルはそっとすくうように王子を鳥籠から出した。フェリシエルの枕元に置いた王子専用のベッドからどうやってこの籠に移ったのか不思議に思ったが、ハムスターの手触りの良さにそれもすぐに忘れた。
優しく頬ずりする。昨日の弱々しさがうそのようだ。
「ふふふ、可愛い」
ハムスターは諦めたようにされるがままだ。
「言っておくがハムスターの餌は食べないぞ。人と同じ食事をする」
「喜んで! まずはヘレンとセシルに紹介しますね!それから、家族にも!」
「は? そんな必要ないではないか」
王子は密かにフェリシエルの部屋に潜伏するつもりだった。
「だって、ネズミかと思われて、うちの使用人達に帚でたたき出されたらどうするのですか?」
「………」
フェリシエルが食堂に降りていくと、父と母がいた。
「ねえ、お父様、お母様。ハムスター飼ってもいいですか?」
両親は久しぶりに元気そうな娘の姿を見てほっとして、二つ返事でOKした。
「フェリシエル、外出は危ないから、私が今日見に行ってあげるわ」
母のウィルヘルミナが言った。
「あら、もういますわ。この子です」
フェリシエルは自慢げに手の中のもふもふサテンシルバーを見せる。
「まあ、可愛らしい、綺麗なハムスターね。どこから迷い込んできたのかしら?」
「めずらしい色だな。シルバーの毛に青紫の目。ん?どこかで見たような気がするが……」
お父様、それはもちろん王宮です。
「それじゃあ、さっそくハムスターの餌を用意しなくちゃね」
「いいえ、お母様、殿……じゃなくて。この子は人と同じものを食べますの」
「あら、ハムスターがそんな食事して大丈夫?」
「まあ、フェリシエルの好きにさせればいいんじゃないかな」
両親の許可はあっさりおり、使用人への紹介も終わった。しかし、度重なるハムスター扱いにより、王子はすっかりご機嫌斜めになった。行く先々で「かわいい」を連呼され撫でられまくったのだ。うんざりしたらしい。
「ぐぬぬ。この屈辱は100倍にして返すぞ、フェリシエル」
「そんな、殿下あんまりです!ちゃんと餌も人間と同じものにしてあげたじゃないですか」
ハムスターはフェリシエルの部屋でローストビーフをかじっている。
「エサではない。食事だ」
頬がぷくりと膨らんで、食べ物を咀嚼している姿がかわいい。
「でも、肉とか食べて大丈夫なんですか? ハムスターって草食ですよね? どんぐりとかヒマワリの種?」
「だから、何度ハムスターではないと言ったらわかるのだ」
フェリシエルはミニチュアのティーカップにお茶を注ぐ。王子がカップを両手に持ちグイっと飲む。
その小さな体の三倍の量の朝食を食べた。確かにハムスターにしてはおかしい。
「まあまあ、世を忍ぶ仮の姿ってことでいいじゃないですか?」
「なるほどな」
フェリシエルが宥めるように、適当にかっこいい言葉を並べたてると、王子は満更でもないようだった。そのときノックの音がした。
「フェリシエル、ちょっといいかな? ハムスターを飼うことにしたんだって」
朝食の席に居なかった兄が、ハムスターを見にやってきた。王子が「ちっ」と舌打ちをする。
「おっ、父上の言う通り変わった色合いだな。随分高そうなハムスターだ」
すぐに値段に換算するところが兄らしい。王子は満腹になって、愛想を振りまくのに飽きたのか。文机の上で腹を見せて転がっている。ふさふさの毛が柔らかそうだ。
「うわ、なんだこいつ。態度でかいな」
そう言うと兄がいきなりハムスターの腹をつついた。
「わあ、駄目です。お兄様」
「いてっ!」
案の定、シャルルは怒ったハムスターに齧られた。フェリシエルが慌ててハムスターを抱き上げる。
「大丈夫ですか!殿下」
「おい、私よりハムスターの心配か? ん……殿下?」
「あ、いえ、その殿……でん……でんちゃん? そう、この子の名前です」
「でんちゃんか。ちょっとダサくないか?」
「はあ、十分だと思いますが」
フェリシエルは首を傾げる。手の中のハムスターを見るとふるふると激しく首を振っている。嫌そうだ。
「おっ、納得していないようだぞ。そいつ、銀色だから、シルバーナイトって名前はどうだ?」
「それは、どうかと思います」
呆れていると、意外にも手の中にいる王子が納得したように頷いている。いや、プリンスなのにナイトって……。
「いいえ、お兄様、この子はでんちゃんです」
兄と王子が同時にがっかりした。
その夜、フェリシエルは久しぶりに安心して、ハムスターとともに眠りについた。しかし、扉の向こうには、それをよく思わないものがいた。
「みゃあご」
きらりと金色の瞳が闇夜に光った。
次回、王子に忍び寄る影……かな?




