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18祈り



 人外の子供はとてもかわいい男の子だった。7歳くらいだろうか。簡素なシャツにズボン姿だった。


「ミイシャ、えっと、あなたのお家はどこ? お父様とお母様は?」

「フェリシエル、間抜けな質問はやめろ」

「はい? どういう意味ですか?」



フェリシエルがカチンとしながら王子を振り返る。


「そいつはおそらく見た目通りではない。先ほど言っただろう。おかしな術がかかっていると」

「え?」


 ミイシャを見ると一瞬で猫に戻っていた。そして素早くドアから出て行ってしまった。


「あれ、ミイシャ、やっぱり猫よね」

「だから、現実から目を背けるな。だいたい、いつまで子猫なのだ? 猫の成長は早いぞ。おかしいと思わなかったのか?」

「だって私にしかなつかなかったし、そういう品種かと」

「そんなわけあるか」


 物凄く珍しいことにフェリシエルの瞳から涙があふれた。


「うっ、うぇっ……うそよ……、あれはミイシャの皮をかぶった何かよ」

「往生際の悪い」


日頃気の強いフェリシエルに泣かれるとどうも居心地が悪くなる。自然と歯切れも悪くなった。


「まあ、あの獣人、途中でお前の飼い猫と入れ替わっていたのかもしれないし……。好きなだけ泣くといい。私はもう寝るぞ」


 王子は舌打ちすると開いたままのドアを閉め、ソファーに横になった。


「え?ちょっと待ってください! 殿下それはまずいです!」


 フェリシエルが真っ赤になって抗議した。泣いたと思ったらもう怒っている。


「うるさいな。私は明日も朝から忙しいんだ」

「私、結婚前の乙女ですよ! 同じ部屋で寝るわけにはいきません!」

「この間は同じベッドで寝たではないか」

「殿下、なんていやらしいことを! あのときはとても美しい神獣のお姿でした!」


 フェリシエルが顔を真っ赤にして、きゃんきゃんうるさく文句を言う。王子は自分の容姿にある程度自信を持っていたが、フェリシエルにこうも言われると鏡を確認したくなる。ハムスターに劣るのか?


「うるさいな。フェリシエル、ちょっと後ろ向いて」


 彼女は文句を言いつつも後ろをむく。一応王子の命令だ。


「これでいい?」


 王子はあっという間にハムスターに戻っていた。小首をかしげキュートな瞳でフェリシエルを見上げる。


「ずるいです。殿下……」


 彼女のその言葉を聞いて、勝ちを確信したハムスターはソファーに丸まった。


「あの、殿下。どうして王宮から逃げてきちゃったんです?」

「……今夜はしつこく命を狙われてね」

「何やらかしたんですか?」

「……」


 王子はフェリシエルの相手が面倒になって眠ることにした。


「あの殿下? それ狸寝入りですよね。ここに泊まりたいのなら、私の悩み事聞いてもらえます?」

「……」


 が、返事はない。フェリシエルは勝手に話すことにした。ドリスの話だ。この際だから、王子に相談しようと思った。彼は性格は悪いが、頭は良いようなので、何か解決方法を考えてくれるかもしれない。そんな一縷の望みをもって……。


 フェリシエルが話し終えると、根負けしたハムスターがのろのろと頭を上げた。


「そんなもの、シャルルに相談すればよいではないか」

「お兄様が、ドリモア家の為に動いてくれるとは思えません」


 ハムスターが小首をかしげる。


「お前は自分の家が何をしているのか、知らないのか?」

「え? 文官?」


 王子は呆れたように肩をすくめた。器用である分、少し腹立たしい。


「……まあ、いい。シャルルに調べるように私から言っておこう。最近王都で、外国から来た詐欺グループが暗躍している。この件はその連中を一掃するのにちょうどよいかもしれない」

「でも、調べているうちにドリス様の家が……」

「それも、シャルルに言っておく。本当にもう寝ろ。次に私を起こしたら、問答無用でお前に攻撃魔法をぶちこむ」



 可愛いハムスターに脅され、フェリシエルは素直にベッドに入った。



 その一週間後、詐欺グループは一斉検挙された。彼らは王宮勤めをしていない世間知らずの貴族を標的にしていたのだ。ドリモア伯はフェリシエルの父であるファンネル公爵ネルソンの説得を受け、途中から囮となった。彼の証言もあり、迅速に処分は下された。


 そして今、フェリシエルはドリモア家のサロンにいる。ドリスにお茶に呼ばれたのだ。


「本当にありがとうございました。フェリシエル様、うちの面目もたちました。」

「ほほほ、よかったわね。ドリス様」


 フェリシエルは何もしていない。


「それで、あの……急にあなたのそばを去ってしまって、すみませんでした」


 それは彼女の取り巻きから抜けたことを言っているのだ。しかし、フェリシエルの取り巻きは自然消滅しかけている。取り巻きを連れて歩くなど派手なことは危険なのでしないと決めた。


「それは別に構わないのだけれど、どうして私に相談なさったの? うちが公爵家で力あるというのはわかるけど、あっさり断るかもしれないし……」


 フェリシエルは前世の記憶があるので、自分がわがままで高慢な女だと噂されているのは知っている。家の恥を告白した上に馬鹿にされたら、ドリスはいたたまれないだろう。


「それは……フェリシエル様が私を庇ってくださったから」

「はい?」


 フェリシエルは首を傾げた。まったく身に覚えがない。


「前に夜会で、私がミランダ様に『あなたのような傾いた家の娘が、夜会に来るなんて信じられない。早く家にお帰りなさい』と言われたとき、フェリシエル様が、ミランダ様に怒ってくださったんです」


 一回だけそんなこともあった気がする。ドリスはそのことを覚えていて彼女を訪ねてきたのだ。ファンネル家の人間は基本損得で動くが、身分による極端な差別はしない。

 

 ミランダはフェリシエルの主な取り巻きでアストリア侯爵家の令嬢だ。見栄っ張りで高慢な令嬢と噂されている。フェリシエルが不在の時は彼女がボスだった。


「もしかして、彼女たちに苛められていたの?」


 ドリスは目を伏せた。まったく気づかなかった。前世の記憶があるせいか、下々の気持ちがわかる。フェリシエルの胸がとちくりと痛んだ。貴族は縦社会だ。上に立つ者がしっかり目を光らせないと、下の者がいつでもつらい思いをする。ドリスが嫌な目にあったのはフェリシエルのせいだ。


 しかし、フェリシエルの性分からいって頭を下げることは出来ない。そんな考えがすべて顔に出ているのだが、彼女は気付かない。ドリスは心ひそかに、フェリシエルへの永遠の友情を誓った。




 やはり貴族社会はとても面倒くさい。フェリシエルは幽閉エンドを目指そうと決意を新たにした。王妃なんてとんでもない。自分の一言で誰かを死に追いやってしまうこともあるのだから。過ぎた権力は心の平穏を奪うものだ。


 そういえば、王子はその立場から逃げられない。たとえ命を狙われようとも。いやでも、あの性格の悪い王子ならば問題ない。嬉々として公務をこなすだろう。


 そこで、はたと気づく。王子がメリベルと結婚したら、ファンネル家はどうなるの? 間違いなく父は失脚する。え? 下手したらうち没落? 幽閉される屋敷も残らないかも。


 頑張れお父様!お兄様!


 その夜、フェリシエルは乙女の祈りをささげた。私の可愛いミイシャ――獣人ではないただの子猫――が戻ってきますように。





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