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17満月の夜に

 フェリシエルはお妃教育が減って喜んだのも束の間、難しい勉強をさせられている。財務の勉強が王妃に必要だとは思わなかった。前世の記憶に財務会計論という言葉があるのだが、あいにく何を学んだのかさっぱり思い出せない。


 とりあえず王宮に行く回数が減ったらよしとした。フェリシエルが、頭を悩ませながら、サロンで財務の分厚い本を読んでいると兄のシャルルが入って来た。


「フェリシエル、最近、殿下と上手くいっているようだね」


 兄はすこぶる機嫌がよい。


「え? そうなんですか? まあ、適当に合わせていますけれど」


 兄にそう言われてフェリシエルはまんざらでもなかった。


「おいおい、フェリシエル。殿下の前でそういう態度をとっていないだろうな?」

「まさか!」


 実は普段から無意識でそういう態度をとっている。


「財務の勉強を始めたようだな」

「はい、お妃教育の最終段階と言われまして。それにしても王妃様もこんな難しいことを習得したのですね」


フェリシエルは素直に感心した。


「え? まさか、あの王妃がそんな……じゃなくて、そうだね。フェリシエルなら賢いから、あの王妃より早く習得できるよ」

「まあ、当然、そうでしょうけど。お兄様、いま何か言いかけませんでした?」

「ああ、いやなんでもないよ」


 実は財務を学ぶ妃などこの国にはいない。王妃は国内外での社交の場で恥をかくことがなければ十分なのだ。しかし、今回は、王子の要望でフェリシエルは財務を学ぶこととなった。


 本人にはお妃教育と言っているので、何の疑問も持たず信じ切っている。王子からもフェリシエルにこのことは言わないようにと念を押されている。


 フェリシエルは日頃は態度が大きくて生意気だが「お前なら賢いから、大丈夫」という一言で頑張ってしまう。そんな単純な妹をシャルルは可愛く思っている。

 そして、ついこの間王宮で彼女がすでにお妃教育を高水準でクリアしていると聞いたときも「さすが、わが妹」と感心した。


 財務を学ばせるという事は、王子はフェリシエルをゆくゆくは自分の片腕にと考えているのかもしれない。それはファンネル家にとっても有利にはたらくし、喜ばしいことだ。


「そうそう、フェリシエル、その本は少し難しすぎるから、初心者用の本にするといい。王宮図書館にあるから、行ってごらん」


 王宮と聞いてフェリシエルは嫌な顔をした。ついこの間までは王子に会いたくて、用もないのに王宮に行きたがっていたのに随分な変わりようだ。それがシャルルには不安だった。


「今日はこれからお客様が来るので。失礼しますね、お兄様。ヘレン、セシル、お庭にお茶の用意をしてちょうだい」

「フェリシエル、客って誰? まさか、レスター家のジークじゃないようね?」

「は? どうしてジーク様が?」

「いや、最近仲がいいなんていう噂を聞くから」


 どうやら、王子は意地悪を言っていたのではなくて本当のことを言っていたようだ。彼が危惧していたように噂になっている。こんな事、シナリオにあったかなと思いつつ、


「まさか、ぜんぜん親しくないです」


 フェリシエルはきっぱり否定した。


「それならいいんだ。そうそう、ジークに誘われたからって、うっかり修練場にいったりしないでね。お前には殿下という婚約者がいるのだから」


 王宮でのことがなぜか筒抜けのようだ。兄の情報網恐るべし……。


「とっ、当然ですわ。今日は、ドリス様がいらっしゃるのです」

「ドリモア伯爵家ドリス嬢かい。どうしたんだい急に? あの家は斜陽だよ。付き合ってもなんの得もないと思うけど」

「はあ~、お兄様ったら、ほんとうに失礼だわ」


 ドリスは一年ほど前までフェリシエルの取り巻きをやっていた。しかし、彼女の家が傾き自然と離れていったのだ。


 それが昨日急に手紙が来て、相談したいことがあるという。前世を思い出す前だったら面倒くさいと思ったが、今は彼女と会って話をしたい。


 なぜなら、ドリスが多分モブだから。きらきらと輝くようなヒロインとその攻略者たちに会うことに疲れを感じていた。フェリシエルは癒されたかった。


「みゃあお」


 可愛い鳴き声に振り返るとミイシャだった。ここのところ姿を見せないので寂しい思いを抱いていた。そうだ、茶会でドリスにミイシャを紹介しよう。




 しかし、フェリシエルは癒されることはなかった。

 

 ここはファンネル家の色とりどりの花々が咲く庭園。令嬢二人は差し向いに座っている。ドリスが焼き菓子を食べながら、突然泣きだした。


「もう、本当にどうしたらいいのか」


 聞けば一年前、領地が干ばつに見舞われたという。父のドリモア伯爵は領地の資金繰りのため東奔西走し、その甲斐があって、最近になって少しずつ持ち直してきた。


 ところがひと月ほど前、ドリモア伯のもとに怪しい人物がやってきて、外国での投資話を持ち掛けてきたのだ。家族で反対しているのだが、ドリモア伯は聞く耳を持たないらしい。


「せっかく、領地も持ち直してきたのに。父はお金で苦労したせいか。怪しい儲け話に目がくらんでしまって」


 ドリスが泣きついてくる。ガチの相談だった。正直フェリシエルもどうしていいのか分からない。よその家の問題だ。とりあえず涙をふくようにハンカチを渡した。




 

 その夜、フェリシエルは昼間届いた金の鳥かごを部屋に取り付けた。中に回し車も設置した。これで可愛いハムスターが見つかれば完璧だ。本当はサテンシルバーの王族ハムスターに使っていただきたいのだが、彼が中に入ってくれるとは思えない。


 フェリシエルはハムスターの部屋を整えながらもドリスの話を思い出した。

 誰に相談したらよいのだろう? 兄のシャルルはドリスの家を「斜陽」などと言っていたし……。王子はどうだろうか? いやいやもっと相談に乗ってくれないだろう。


 その時、こつんこつんと窓を叩く音がした。フェリシエルは王子かと思ったが、今日は新月ではない。無視しているとひたすらこつんこつんとなり続ける。それはもう、しつこくて……。

 うるさいので、カーテンを開けた。するとそこには人ならざるものの影が……!


「ねずみ?」

「おまえ……それ、わざとだろ」


 バタンと窓を開けると王族ハムスター。サテンシルバーのもふもふ。フェリシエルは即座に取り上げ、なでなでした。


「どうしたんですか? 今日は満月ですよ」


王族ハムスターに頬ずりしながら言う。


「ええい。もう離せ。こちらにも、いろいろと事情があるのだ!」


フェリシエルの手の中でハムスターがジタバタ暴れる。


「それが離せないのです」

「おい! いい加減にしろ」


がぶっとフェリシエルの指をかんでハムスターが飛び降りる。


「殿下、危ない!」


「シャーー!」


ミイシャが毛を逆立て王子を威嚇した。


「だめよ。ミイシャ」


 フェリシエルが慌てて王子を床から拾い上げる。


「殿下、申し訳ございません! この貴賓室にて、しばらくお待ちくださいませ」


 とりあえず王族ハムスターを金の鳥かごにしまってしまった。


「こら! 鳥かごにしまうやつがあるか!」


 殿下が怒っているがそれどこではない。先ぶれもなしに猫を飼っている家に来るハムスターが悪いのだ。


「ミイシャ。いい子ね。落ちついて」


 優しく声をかけ抱き上げた。


「今日はね。お部屋で一緒に寝れないの。また今度遊びに来てね」


しかし、いつもは聞き訳がよく賢いミイシャが鳥かごのハムスターを睨んでいる。


「フェリシエル、気をつけろ。その猫、普通の猫ではないぞ。おかしな術がかかっている」


 王子がそういった瞬間、ミイシャがフェリシエルの腕をすり抜け、鳥かごに向かってジャンプした。籠の底に猫の手が当たり籠が激しく揺れる。


「だめよ。ミイシャ、やめて」


フェリシエルは鳥かごを夢中で抱きしめた。ハムスターが柵に叩きつけられてしまう。


「どうして……。フェリシエルはぼくより、その獣が好きなの?」


 今にも泣きそうな子供の声が聞こえた。思わず、鳥かごの中をのぞく。王子の声ではないし、声は後ろから聞こえてきた。


 振り向くとそこにはミイシャではなく小さな男の子がいた。ただし……それには猫耳が生えていた。


 「え? アレ? ミイシャは?」

 「そいつがさっきの猫だ」


 声はフェリシエルの上から降ってきた。ハムスターではなく。人に戻った王子が彼女の前に立っている。


「え? 籠脱け?」

「驚くところ、そこではないだろう? 現実逃避は見苦しい。そいつは可愛い子猫なんぞではなく獣人だ」


「えーーー!」



 私って人外ホイホイだったのぉ?









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