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13王子の周辺事情

 夜の湖畔の暗がりに浮かぶ屋敷に入った。見た目の不気味さに反して中は明るかった。

 フェリシエルは王子にねちねちと嫌味を言われるかと思ったが、あっさりと侍女に引き渡された。たかが擦り傷に治癒魔法などいらないのに、オールで擦りむけた手をわざわざ魔法医が治療してくれた。


 フェリシエルはさすが王族の別宅というような広い風呂で、のびのび湯浴みをした。そして、彼女は風呂で悲鳴を上げた。


「ひーっ!あんまりだわ、乙女の肌に!」


 温まった腹に小さな円形をした丸い複雑な絵柄の文様が、あざとなって浮かび上がったのだ。しかし、湯から上がって、ほてりがひくとおかしなあざは消え、ほっとした。これは是が非でも王子に術を解いてもらわなくてはと、フェリシエルは策を練った。



 湯浴みを終えると執事に広い客間に案内された。天蓋付きのふかふかのベッドが気持ちよさそうだ。フェリシエルの部屋にあるものより豪華である。その後、メイドによって部屋にサンドウィッチとフルーツの簡単な夜食が運ばれた。


「今夜はゆっくりお休み下さいとのことです」


 執事から言われ小躍りした。疲れていたので、王子と対面での夕食は正直きつい。彼と会う時はいつでも臨戦態勢なのだ。このまま休めるのは嬉しかった。


 サンドウィッチにはかも肉が挟まれていて、フェリシエルは柔らかくジューシーな味わいを楽しんだ。ベッドに入ると続く緊張で神経はさされくれだっているはずなのに、意外にもすぐに深い眠りに落ちた。


 どうやって、殿下に地団駄を踏ませようか……。


 

*********



薄暗い燭台の光が揺れる執務室で二人の男が相対していた。


「エスター、ご苦労だったな。首尾はどうだ?」


深夜に別宅を訪ねてきた部下に問う。


「申し訳ありません。主犯格は殺されました」


 エスターの話によると、襲撃の主犯格と思われるものを追い詰めてとらえようとしたところ毒矢を受けて倒れたという。


「ノルド公の手の者ではないのか?」

「毒矢の毒は、ノルド領で好んで使われるものですが、それだけでノルド公の手先とはいいがたいです」


 王子は感情をうかがわせない笑みをうっすらとうかべている。彼が年相応の仏頂面を見せるのはフェリシエルの前だけなのだ。


「まあ、確かにそれだけで叔父のせいにはできないな。用意周到な方だ。彼ならば毒の成分にも気を使うはず。第二王子派の王妃の線も考えられるな。毒はベネット家の専売特許だ」


 エスターはため息をついた。


「殿下、そんなことより、もうあのような危険な真似はやめてください」


 王子がそれを聞いてくっくっと笑う。


「敵が少し減ってお前の仕事も楽になっただろう? それで、森に転がっていた奴らはどうした」

「全員連行しました。しかし、有用な情報を持った者はいないようです」


 エスターは不思議だった。相手を気絶させるだけなど、いつもの王子のやり方ではない。彼は自分に刃を向けてきたものは容赦なく斬る。そうでなくては王位継承権を持ちながら、この国で生き続けることは難しい。

 

 ――情をかけ相手を生かす甘さが命取りになる。それほど、ここ数年で権力争いは激しくなっている。その前は経済的に富んでいることもあり、比較的治安のよい平和な国だった――

 

 王子はフェリシエルを連れて逃げていたので、彼女が殺生を嫌ったのかもしれないとも思ったが、勝気そうなフェリシエルの顔を思い出して、その考えをあっさり捨てた。彼女の美しいがきつい顔から、慈悲深さを想像することは難しい。気にはなったが、例え信頼されているといえども、この王子相手に詮索は危険だ。


 エスターは王子とは幼いころからの知り合いでともに剣術を習った。王子は不思議な子供だった。本来ならば、代々騎士を束ねる立場にあるレスター公爵家令息ジークと剣術を習えば良いものをわざわざ庶民の子である自分を選んだ。


 常に実力主義でわざわざ厳しい修行を選ぶ。勉強に時間を割くことが多く、修練時間は騎士ほど多くないにも拘わらず、護衛のエスターよりも腕がたつ。天賦の才だろう。そのうえ彼は王族だから魔力も強く、魔法も自在に操ると聞いている。


 王子の周りには彼を誉めそやす者たちが大勢いた。彼は子供の頃から、それらに一切のらなかった。成長し陛下の代行を務めるようになった今では、そのような者たちは周りから消えた。なかには甘言にも金品にもなびかない王子に眉を顰める者もいる。


 かわりに煙たがられても陛下や王妃に意見するファンネル公爵家を重用するようになった。そしてキャサリンが側室から王妃になると、貴族の言いなりにならない王子を邪魔に思う者たちが暗躍し始めた。


 王子が実現しようとしている政は民草のためのもので、特権意識や野心の強い貴族には邪魔だった。今ぐらいの暗愚な王が丁度よく、賢い王はいらないのだ。




 王子は暗い窓の外に目を向けていた。フェリシエル・ファンネル、気にいらない。ボートを漕いだ手が血まみれになりながらも、澄ました顔でそれを隠そうとする。怒りは容易におもてに出すのに苦痛と弱みは隠す気丈で誇り高い令嬢。


 襲撃にも臆することなく戦ったのに、なぜか湖上で震えていた。湖に落とす気などないことにとっくに気付いていた。彼女の言動は矛盾だらけだ。


「何か楽しいことでもあったのですか」


 エスターには彼が笑っている様に見えた。


「次の茶会が楽しみでね」


 彼はあの気の強い公爵令嬢が、どんな意趣返しをしてくるのか楽しみだった。大方、ミイシャと名付けた子猫でも連れてくるつもりだろう。彼女を悔しがらせる方法を考えていると自然と口元がほころんだ。





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