12DEAD OR ALIVE2
夜のとばりが落ち月明かりさす湖のほとりでフェリシエルと王子は対峙した。
「一緒に行く方法がなくもない」
「は?」
彼の言っている意味が分からなかった。フェリシエルはすっかり見捨てられるのかと思っていたのだ。
「ただし、私と結婚することを今一度誓ってほしい」
その言葉にあっけにとられてしまった。この人は今度こそおかしくなったのだろうか? なぜそれほどフェリシエルと結婚したいのだろう。確かに見た目は美しい。しかし、フェリシエルは自分にそれほど魅力があるとは思っていない。むしろそのきつい性格から殿方から敬遠されるタイプ。つまり全然もてない。金髪碧眼の持ち腐れだ。
ファンネル公爵家の後ろ盾がそんなにも欲しいのだろうか。彼女は一応自分の性格の悪さを自覚している。そのうえ、兄のシャルルが言うように可愛げもないらしい。自分ならばこんな妻は嫌だった。第一夫となる王子を欠片も愛していない。
しかし、ここに取り残されたら、最悪追手に殺されるか、野生動物の餌食だ。
「ちなみに、この森は夜遅くなるとガルムの群れがくる」
魔獣の餌という道もあるようだ。
「わかりました。フェリシエル・ファンネル、殿下との結婚を誓います」
深々と礼をする。
「そうか、よかった」
そういうと王子は妖艶に笑った。それはフェリシエルが初めて見る表情だった。王子はフェリシエルに「お前が嫌いだ」と伝えてから、いろいろな顔を見せるようになった。ただ一つ問題なのは、それがすべて裏の顔だということだ。
「しかし口約束は信用できない。君の場合助かった途端、そんな約束はしていないなどと言いかねないからな」
そこまではフェリシエルも考えていなかったので、その手があったのかと思った。王子はフェリシエルの左手をとり、引き寄せた。
「何をなさるんですか」
フェリシエルは手を振りほどこうしたが、強く掴まれているわけでもないのに、びくともしなかった。
「静かに。これから、きみと契約を結ぶ」
「は?」
王子がフェリシエルの腹に手を置く。するとバチバチと火花が散り、鋭い痛みが走った。たまらず膝をつきそうになる。しかしそれも一瞬で痛みは消えた。
「契約は完了だ。これは代々王家に伝わる秘術。約束を違えることは叶わない」
そう言うと王子は暗がりの中薄く笑った。まるで悪魔だ。
「無事、家に着いたら、腹を見てみろ」
いったい何をされたのだろう。呪いをかけられたのかもしれない。フェリシエルの顔から血の気が引いた。このままでは、王子のペースだ。いっそ死を覚悟して逃げ出そうかとも思ったが、踏みとどまった。そのまま一人用の船に乗せられた。彼はどうするのだろう。
「これから私は獣化する。生涯の伴侶にしか見せない姿だ。絶対に口外しないように。もし口外するようなことがあれば死罪だ」
王子は獣化といった。やはり、純粋な人ではない。獣人なのだ。ゲームにはもちろん、こんな設定はなかった。フェリシエルは恐怖に目を閉じた。
しばらくすると、とんと軽い音がして船に何かが乗り込んだ。
「おい、早く船を出せ。まさか船の漕ぎ方を知らないのか?」
王子の罵る声に目を開ける。しかし、王子はいない。
「私はここだ」
焦れたような声に顔を上げるとそこには……。
「えーーーっ!」
船の舳先にちょこんと、とてつもなく可愛らしいハムスターがいた。
湖に漕ぎ出した小舟の中でオールを握るフェリシエルは思いのたけを叫んだ。
「嘘でしょ? 嘘よね。嘘に決まっているわ。殿下がこんなにも可愛らしいネズミだなんて!」
「ええーい、黙れフェリシエル! 湖に叩き落すぞ。私はネズミではなく神獣だ」
イキっているハムスターが最高に可愛らしい。フェリシエルは王子の髪色を引き継いだサテンシルバーのもふもふに触れたくてたまらなかった。毛足の長さがエクセレント。今までこんなに愛らしい生き物は見たことがない。ミイシャに匹敵……いや、悔しいが、それ以上だ。
「リュカ殿下。そこはかたくて居心地悪くありませんか? よかったら私のお膝に来ませんか?」
フェリシエルがにっこり笑って提案する。久しぶりに彼の名前を呼んだ。いままでいきり立っていたハムスターがくるりと背を向ける。後ろ姿もキュートでフェリシエルは身もだえた。
「なんて、お可愛らしい姿。フェリシエルはきゅん死しそうです」
「お前など死ねばいいのに」
可愛い可愛いハムスターが、憤死しそうな勢いで怒っているが、ちっとも怖くなかった。
「そういえば、先ほど天井が崩落したとき、その姿になっていたのですか?」
「ああ、そうだ。お前の下にいた。そうすれば、お前がけがをしても私は無傷だからな」
ハムスターは堂々とくず発言をしつつ、フェリシエルの膝にちょこんと乗って来た。その瞬間、フェリシエルの目がきらりと怪しく光った。
「ふふふ。殿下、かかりましたね」
そういうとフェリシエルはハムスターをひょいとつまんで水面に掲げる。これぞ飛んで火にいる夏のハムスター。
「フェリシエル、貴様!謀ったな」
「ほほほ!謀ったなどと人聞きの悪い」
ここでは誰も聞くものなどいない。そこはノリだ。彼女は今悪役令嬢になりきっている。
「さあ。殿下選んでください。私と婚約破棄をするか、湖にドボンするか」
フェリシエルとて可愛いハムスターをこのまま湖に落とすのは忍びない。というより家に連れ帰りすぐさまゲージに入れて飼いたい。湖に落とさないよう細心の注意を払った。こんなかわいい生き物をまかり間違って落としてしまったらどうしよう。ちょっと手が震える。落ちたハムスターを助ける為に一緒に溺れるのは願い下げだ。暴れないでねと心の中で祈る。
「さあさあ。いかがなされますか?」
前世の記憶が、これは動物虐待だからNGだと警告してくる。しかし、王子本人が自分は神獣だといっていたではないか。だから、動物ではない。これはきっとセーフ。
「ぐぬぬぅ」
なにやら愛らしい声を上げるハムスター。まさにデッドオアアライブである。
「わかった。婚約を破棄しよう」
しかし、フェリシエルは腕はまだ湖の上だ。その先にハムスターはぶら下がっている。
「おい、約束しただろう。戻せ」
憮然としていう。湖上にあっても怯えないとは、なかなか肝の据わったハムスターだ。
「いえ、まだです。私にかけたおかしな術を解いてください」
「……わかった。術は解く。だが、人型に戻らなくては、魔法は使えない。約束する。それにお前のような婚約者こちらから願い下げだ」
王子が了承したので、腕の中に戻し優しくなでた。そうそう、こんな性格の悪い婚約者早く忘れてください。フェリシエルは胸のうちで呟いた。
「ふふ、かわいい」
柔らかくて温かい感触にフェリシエルは頬ずりした。毛足が長くて気持ちいい。サテンシルバーの美しい輝きに心が震える。王子は懲りたようで何も言わない。彼女の手の中で諦めたように丸まっている。
「この子の好物は何かしら」
餌を食べる姿を想像してうっとりとしていると噛みつかれた。ハムスターはそのまま船の舳先にとてとてと移動して、拗ねたように丸まってしまった。(何なのこの生き物……可愛すぎる!)月夜の湖に浮かぶサテンシルバーのまぁるいマシュマロ。呼んでもこちらに来そうにないので、諦めて再び船をこぎ始めた。
オールで両手の皮が擦り剝ける頃、岸についた。結構な重労働だったが、王子もとい王族ハムスターの手前弱音を吐くことはしなかった。
ハムスターがとんと舳先から岸に降りた。フェリシエルは船から降りようとして固まった。乗るときは王子が手伝ってくれた。降りるときは……。下手に重心をかければボートが転覆しそうだった。
それに足腰が痛い。体が悲鳴を上げているようだ。その時すっと手が差し出された。いつの間にかハムスターが王子に戻ってしまっていた。残念に思いつつもフェリシエルは王子の腕につかまり引き上げてもらった。彼は微笑んでいるが、目は笑っていない。青紫色の瞳が凍てつくようだった。
岸に降り立つとフェリシエルは開口一番いった。
「殿下。変な呪いみたいなの解いてください」
「何の話だ?」
どうやらとぼける気らしい。そんな気はしていた。多分、彼は相当怒っている。フェリシエルは王子に連行されるように湖のほとりに建つ屋敷へ向かった。
(大丈夫、私にはミイシャがいるから)
フェリシエルはほくそ笑む。王子の弱みは握った……つもりだった。
タイトル回収ですが、最終回ではありません。心の広い方、お付き合い頂けると嬉しいです。




