11DEAD OR ALIVE1
気が強いフェリシエルは王子に無視されようがなんでもない。構わず話しかけ続ける。そのうち根負けして答えるだろう。エスターは気をもんでいるようだ。彼は護衛なのに空気になり切れていない。
「なぜ私を連れて行ったのですか?メリベル様ではなく」
この問いには反応した。
「当たり前だ。婚約者は君なのだから。嫉妬しているわけではないよな? だいたい、なぜ私がメリベルに思いをよせているなどという誤解が生まれるのだ」
王子はすこぶる不機嫌だ。フェリシエルは言葉に詰まった。
「なんとなく。お似合いなのです」
言いながらも、これではまるで恋人に嫉妬しているようだと、苦い笑みを浮かべた。
「そんな理由か?賢い君らしくもない」
王子はフェリシエルを賢いなどと思っていない。本当に嫌味な方だ。
森に差し掛かった頃、馬車が急停止した。フェリシエルの華奢な体は、椅子から投げ出された。不覚にもまた王子に抱きとめられ、無事だった。
外が騒がしい。どうやら馬車が襲撃されたようだ。どうあってもフェリシエルは運命から免れない。不安にかられ窓の外をうかがう。怒号と、剣がぶつかり合う固い音が聞こえてきた。恐怖に身がすくむ。
「エスター、後は頼んだぞ」
王子はいつの間に帯刀していた。言うが早いか、馬車の扉に手をかける。
「殿下、今外に出ては危険です」
エスターが警告する。
「私は平気だ。例の屋敷で落ち合おう」
「お一人で逃げるおつもりですか?」
フェリシエルはあきれ、幾分侮蔑を帯びた目で彼をみた。
「まさか」
そういうと王子はフェリシエルをひょいと抱き上げた。
「え?」
「お前も一緒だ。私の婚約者なのだから」
冗談ではない。絶対護衛のそばにいた方が安全だ。フェリシエルはもがいたが、彼の腕はピクリとも動かなかった。細身の王子からは想像できないほどの力だった。
彼はフェリシエルを抱いたまま剣戟繰り広げられるなかを器用に駆け抜けていった。もうこうなったら、王子に命を預けるしかなかった。しっかりと彼にしがみついた。
王子はフェリシエルを抱いたまま、森を走り抜ける、ばらばらと追っ手が来た。馬車の襲撃と二手に分かれたようだ。
「向こうは、私が影武者か本物か判別しかねているんだよ」
と不敵に笑った。なぜこの人はこの状況で笑っているの? 敵に追いかけられて、恐怖のあまりおかしくなったのだろうか。王子はフェリシエルをおろすと剣を抜いた。
「少し、ここで待て。奴らを片付けてくる」
そういうと敵に向かっていった。やたら見目とセリフはカッコいいが、馬鹿かと思った。あっという間に王子は10人ほどに囲まれた。敵が多すぎる。勝ち目があると思えない。フェリシエルはこの隙に逃げようとしたが、自分の足で暴漢から逃げ切れる自信はない。
仕方がないので、久しぶりに呪文を詠唱し始めた。彼女はお妃教育メインで魔導の知識は、ほとんどない。たが、魔力はあり余っていた。
得意の広範囲雷撃魔法を放つ。バチバチと光を放ち稲妻が炸裂した。場所的に王子も巻き込むかもしれないがやむを得ない。彼も死ぬより、雷撃に痺れるほうが、ましだろう。背に腹は変えられない。
しかし、倒れたのは王子以外の襲撃者たちだった。他の者は地面に転がりピクピクしている。王子は怒りの形相でくるりと振り返った。
「この痴れ者が!」
フェリシエルは王族が本気で怒るととても怖いことを初めて知り、ひれ伏して謝った。彼は運よく攻撃魔法を受けなかったようだ。別になんともなかったのだからいいじゃないと頭の片隅で考えた。
今回はたまたま上手く魔法が発動しただけで、まぐれといってもいい出来だった。そして相変わらず彼女は王子の腕の中だ。彼はずっと走り続けている。いったいどういう体力をしているのだろう。もしかしたら、王族は人ではないのかもしれない。
「私は護衛より強い」などと言っていたが戯言ではなく、本当なのかもしれない。本人に確認したいところだが、先ほど放ったフェリシエルの雷撃魔法は、彼の高いプライドをいたく傷つけたらしく、話しかけづらい状況だ。
伝説では王族は獅子になぞらえられる。そういえば王家の紋章は優美ではあるが、実は鋭い爪をモチーフにしたものと聞く。フェリシエルは空恐ろしくなった。猫なら大歓迎だが、獅子はごめんだ。
そうこうするうちに湖のほとりについた。あたりはもう暗い。船着き場が月明かりに照らされボートが止まっているのが窺える。
向こう岸に屋敷が見え、その先に王都が蹲っている。
「フェリシエル。これから向こう岸に渡るが、お前も来たいか?」
「はい?」
「ボートは一人乗りなのだ」
「まさか。私をこの森に置き去りにするつもりですか」
フェリシエルまなじりを上げた。ここで王子は彼女を見捨てる気なのだろうか。
「お前こそ、一国の王子である私を差し置いて、一人向こう岸に渡るつもりか?」
やはり王子はくずだった。
別に婚約破棄しなくともフェリシエルが不慮の事故や暴漢もしくは森の獣に襲われて亡くなれば、ファンネル家と摩擦は起きない。婚約者を守ろうと死力をつくしたが救えなかったと、涙の一つも流せば、皆王子に同情する。
立ち回りが上手く見目も良い王子、いったいどれだけの人が彼の地を知っているというのか。おそらく片手にも満たないはずだ。彼の行動は襲撃に乗じての計算ずくだったのだろうか。