00プロローグ 稲妻と令嬢
「おのれ、絶対に許さないわ!」
公爵令嬢フェリシエル・ファンネルは怒りに柳眉を逆立てた。なぜなら伯爵令嬢のメリベル・ベネットが、第一王子に媚を売るからだ。
何度注意しても彼女は聞き入れない。それどころか大きな瞳に涙をためて「誤解です。私はそんなつもりではありません。ただ殿下が……」などと悲劇のヒロインぶる。
「小賢しいっ!」小さく呟き、フェリシエルはかつかつと靴音高く王宮の廊下を歩く。
テラルーシ王国第一王子であるリュカ殿下はフェリシエルの婚約者だというのになぜ分からないのかと憤慨する。
もう一度きつく言い聞かせておかなければならない。豪奢な金髪を振り乱し、自慢の縦ロールも崩れたまま、それに気づかずに廊下を闊歩する。ブルーの瞳から怒りの波動が迸った。
そんな嫉妬に狂った彼女の形相をみて、城の回廊では使用人たちのみならず下位貴族たちもが、慌てて道を開ける。
ファンネル公爵家令嬢の怒りに触れたくないのだ。
外はおりしも雨がふり、ぴかりと雷が落ちる。
これからメリベルとの対決かと思うと気持ちが高揚した。
回廊沿いに見える激しい雨。それに打たれる美しい庭園の花々。
その花びらが散る様は誇り高く美しい。
彼女は荒ぶる気持ちを哄笑に変えた。
「ほーほほほっ!」
雷雲がゴロゴロと不気味な音を立てている。あたりは水気をたっぷりと含んだ不快な空気に包まれた。その瞬間、閃光が迸り、ひと際大きな落雷が庭木に落ちる。そばにいた彼女もうっかり通電してしまった。
しばらく体をぴくぴくさせた後、金髪を焦がし廊下に転がった。
九死に一生を得た彼女は、ひと月の療養後、背中に少し傷を残すこととなる。雷に打たれても生きていた彼女は、その後宮廷で神に愛されし乙女と呼ばれることとなった。