泣き虫の神さま
まただ。
また増えた。
泣くなよ。
頼むから泣かないでくれ。
「まま、ままぁ。やだぁ。」
手を伸ばすが、振り払われる。
そりゃそうだ、目が覚めたら、知らない奴が目の前にいるんだもんな。泣かないわけがない。こんな小さい子供なのだから。
まったく、何人目なんだよ。
「仕方ない、少し辛いが、我慢しろ。必ず俺が、拾いにくるから。」
そうして俺は、大きな鎌を一振りする。
☆☆☆
「ミカン!お前またやっただろ!!」
「知らんな。」
「あの子の寿命は後半年ある!」
「半年くらい、誤差の範囲内だろ。後は任せた、リンゴちゃん。」
「そんなわけあるか!あ、こら、逃げるなぁあああ!!」
書類を、同僚に押し付けると、俺はそのまま広場へと向かった。
日本で言うところの神社のような雰囲気の場所で、色々な出店がある。
俺は、必死に焼きそばを頬張る女の子と、その横でキツネのお面をつけた女に抱かれている赤ん坊のところへ行った。
「よう、元気そうだな!」
「にーちゃ、だれ?ママはどこ?」
舌ったらずな女の子は、もぐもぐと口を動かしながらも器用に喋る。
「んー。ママは、後でくるよ。今は、弟と一緒に楽しみな。」
「うん、焼きそば美味しいの。ママの焼きそばみたい。
早くママに会いたいの。」
「ぱーい。まーまー」
一歳になって無いであろう赤ん坊は、抱いているキツネ仮面の胸のあたりに手を伸ばした。
すると、キツネ仮面は俺に会釈し、近くにあった小屋の方へと姿を消した。すると、どこからともなく先ほどとは別のキツネ仮面があらわれ、女の子のそばにそっと立った。
本当に、子供にとっての母親は大きい。
「さてと。まだお前が生まれ変わるまで一年近くある。それまでに希望を聞こうと思ってな。」
「希望?」
「このあと、お前たちは生まれ変わるんだが、こんなに苦しい思いをして死んだんだ。来世は思い通りに幸せになれるぞ。」
汚れたオムツのまま、身体中爛れて餓死した赤ん坊と、その子の死体とともに一週間過ごした女の子。
身体中には、火傷と青アザ、骨折も。
それでも、思い出したように現れ、コンビニのおにぎりを玄関から投げ込む母親を、待ち続けた。
愛された記憶が何処かにあるのだろうか、それとも、優しい母親は夢の中にいたのだろうか。
まま、まま、と、なん度も繰り返す。
本当はそのまま、餓死をするまで半年かかるはずだった。
たまたま見つけた生米と、小麦粉、そしてトイレの水で、半年もの間、母を待ち続けて、地獄を過ごしてしまう。
だから俺は、その命を刈り取った。
きっと、来世は幸せにしてやろうと。
「らいせ?」
「うーん、これから先、どんな所で、どんな人と過ごしたいかなって。」
「うーんとね、優しいママと、弟と、いっぱいご飯食べるの。」
飢えを満たしたいんだろうな。弟も、来世は同じところに連れて行くか。まだ希望も話せないだろうし。
「優しいママな。」
「ぎゅってしてくれてね、ままが作るご飯はね、とっても温かくて、美味しいの。夜に泣くとね、ナデナデしてくれてね、あんまり泣くと鬼が来ちゃうよって。」
「料理の上手い母親の元に転生させてやるからな。あと、鬼のいる世界か。えーっと、大鬼でいいのか?」
「おーが?分からないけど、格好いいお父さんがね、やっつけるの!」
オーガを倒すお父さん!?冒険者のいる世界でないとダメだな。
「ママはね、何でも出来るんだ。ぴってやればお湯やお水が出て、ささってやるとご飯ができて、魔法のポケットからは、おやつがいっぱい出てきてね。ママは、魔法使いだからね!」
「魔術師の母親か。しかも、高位の魔術師だな。分かった。手配しよう。」
どこでそんな知識を得たか分からないが、最近の子供は、ファンタジーの世界への転生を望むものが多いな。
「早く、ママに会いたいなぁ。」
「いい子にしてれば、会わせてやるからな。」
「うん!」
優しい母親の元に生まれ変わったあと、あの鬼畜も、その世界に転生させれば良いか。
狐面とともに戻ってきた弟にも、一応声をかける。
「お前は、何か希望はあるか?」
「まーま。」
手を伸ばしてニコニコ笑う。
そうだな。その手を絶対に離さない母親にしてやろうな。
☆☆☆☆☆
「エミリー!ハルト!ご飯よー!」
「はーい。」
久しぶりに会った女の子は、すくすくと育っていた。
もう、少女というよりは女性といっても良いくらいだ。
「あ、ハルト。ご飯の後は、お父さんが狩に行こうっていってたわよ。」
「やったー!」
「あー!ずるい、私も行きたい!」
「貴方は、もう花嫁修行する年でしょ?いつまでも剣の修行ばっかりじゃ、行き遅れるからね。」
「大丈夫だったら!」
そう言いながら、2人は美味しそうに昼飯を平らげた。
そうして、2人は競うように、先に準備をしている父親の元へと駆けていった。
☆☆☆☆☆
キャバの帰り。
友達とクラブでも行こうかと思ってお金を下ろした。
そのお金を適当にカバンに突っ込むと、夜道を歩く。
ふと目に入ったファミレス。
娘が小さい頃、離婚した旦那といったことがあったな。うまく食べられないで泣いて大変だった。
ああ、そろそろ一週間くらい帰ってないか。後でおにぎりでも買って帰るか。
「おい。」
「な、なに!?」
腕を掴まれ、慌てて振り返る。汚い男だった。
「誰!」
「誰とは、失礼だな。お前が、結婚してくれるって。貴方しかいないっていうから、借金してまでお前に……!!」
「ふん、騙される方が悪いのよ!」
「……そういうと思ったよ。」
男が手を振ると、3人ほど別の男が現れ、私を車に押し込んだ。そこから先は痛みと恐怖の記憶しかないが、そんなにかからずに死んだ。
なんて短い人生。
子供なんて産まなきゃよかったな。ま、あの子達もう死んでるだろうけど。
もっと遊びたかった。
次に目が覚めたのは、よく分からない森の中だった。両親らしき生き物がいたが、緑色の体に、大きなツノが生えており、人間というよりは、物語に出てくる鬼のようだ。
私は、鬼に生まれ変わったのか?
なにそれ、笑えない。
数日後、血まみれになった親らしき鬼は、動かなくなり、冷たくなった。
私は、食べ物を探すために、森を歩く。
すると、人間の声がした。
「こっちだ!先日取り逃がしたオーガの生き残りだ!」
がっしりとした男と、若そうな娘、そして息子。少し離れたところには、母親らしき女性も見えた。
『助けて。親が死んでしまって、食べるものがないの。』
私はそう訴えかけたが、どうやら言葉は通じないらしい。
声は、うなり声となって人間に浴びせかけられた。
「エミリー、ハルト!子供だからと油断はするな!」
『や、やめて、私は、なにもしないから!』
振り払った手が、近くの木をなぎ倒す。
「キャ!」
「エミリー!」
その木の枝が当たったらしい女の子が、頭を抑える。
「たーいっ!」
『たーい…』
三歳の娘が。痛いときに言ってた。
叩いたり、蹴ったり、タバコの火を押し当てると、泣き叫びながら、ターイ、ターイ!と。
それがまたうるさくて、癇に障って、床に叩きつけた。
「よくもお姉ちゃんを!」
男の子が、剣を持って駆けてくる。
一閃。
私の体は、切り裂かれる。
痛い、痛いよ!
「トドメをさせ!油断するなよ!」
「えええい!」
次は、女の子の方が、少し大きな剣を振りかぶった。
払おうとした手ごと、ざっくりと切られた。
ああ、ここでもまた私は死ぬのか。
子供たちを、あんな目に合わせた罰とかなのかな。悪趣味。
『……恵美、春太』
なんとなく、似たような名前で、似たような面影。あの子たちも、ちゃんと育てば、こんな感じになったのかなぁ。
伸ばした手は、地面の砂をつかみ、2人の子供たちは一瞬こっちを見たのち、母親の元へと駆けて行った。
「ママ!私、オーガにだって勝てるのよ!」
「あ!ママ!最初に攻撃したのは僕なんだからね!」
「はいはい、ちゃんと見てましたよ。」
そこに父親も歩み寄り、眩しいほどの笑顔が目に焼き付いた。
私も、そんな中にいたはずだったのになぁ。
どこから、おかしくなったんだろう。
意識は遠のき、視界は暗転する。
小さなオーガは、そこで息絶えた。
これで、鬼畜に会いたいと言った彼女たちの願いも叶ったはずだ。
☆☆☆
「ミカン!うちの担当の魂まで持って行っただろ!」
「ん?パインか。いやー、うちの担当のと混ざっちゃったみたいだなー。ごめんねー。」
「嘘つけ!混ざるかよ!お前の担当の子供の親だったんだろうが、勝手に連れて行った分の罰は受けてもらうからな!」
「えー……。もういいよ、返すし。」
「返せばいいってもんじゃない!あれは、地獄行きの魂だ。地獄で苦しみ抜いたのち、転生させるはずだったんだからな。」
そう言って、俺の手から魂を一つ引ったくる。
あの母親の魂だ。一度オーガになったせいで、魂の外見が多少いびつになったが。ま、いいか。
「じゃ、厳罰をよろしくー。」
「言われなくても、子供殺しは大罪だ!」
そう言って、パインは地獄へと向かって歩き出した。
あ、また泣き声がする。
ほんと、イヤになるなぁ。
俺は、また、鎌を持つと歩き出す。
苦しんでいる子供たちが、少しでも楽になれるように。
母親の愛を、手に入れられるように。