元魔王は開き直る。
私は一体何を……。
貴女は一体誰なの?
どうしてこんなひどい事をするの?
「ふふっ、よくそんな事が言えるわね。自分のやった事を忘れてしまったの?」
自分のやった事。
分からない。
「どう? 自分は何も悪くないのに全てを奪われる気分は」
お姉様も、お父様も、お母様も殺されてしまった。
私の身体で私が私の意思に反して殺した。
どうして……?
貴女は誰なの?
「私は貴女。貴女は私……分るでしょう?」
分からない。何も分からない。
「そうやって自分の罪から目を背けて逃げ続けるつもり? だったらいいわ。そこで見てなさい」
そう言うと彼女は再び鏡越しに私に笑いかけ、ゆっくりと城内を歩き回っては魔法を放ち騒ぎを大きくしていく。
何事かと飛び出してきた人々を一人ずつ、魔法ではなく素手で惨たらしく殺していく。
私が何度やめてと訴えてもそれは言葉にならず、勿論彼女はその手を止めてくれない。
私に見せつけるように、苦しそうな表情を引き出してから殺す。
「これが貴女の罪。この国を滅ぼした罪。そして大事な人を奪った罪」
……私の罪、これが?
私が何をしたっていうのよ。
彼女は城を出て街を火の海にしていく。
私の国が私に滅ぼされていく。
ローズマリーはどうしているだろうか?
どさくさに紛れて森へ逃げてくれただろうか?
姿が見えないので逃げてくれたと思いたい。
「貴女がなんて呼ばれているか知ってる? 国を滅ぼした魔女よ。滅国の魔女……それが貴女……」
私が、国を滅ぼした?
何か、理由は分からないけれどその言葉が胸に突き刺さった。
私が、国を滅ぼしたのだと。
「ロザリア様っ!! こんな所にいたんですか……無事で良かった」
「あら、フリッタじゃない」
「ロザリア様……、そ、そのお姿はいったい……」
「ああ、この血の事かしら? それならお父様、お母様、それとお姉様の血ね」
やめて。
「えっ、ど、ど、どういう事ですか!? いったい何があったって言うんです!」
「安心して。フリッタの血も混ぜてあげるから」
やめてっ!!
「よく分かりませんがとにかく早く非難を! 今この城は危険です! 何かよからぬ事が起きてるんですよ!」
「そうね、わざわざありがとうフリッタ」
嫌……、もう、嫌……。
「そしてさようなら」
もう一人の私は少し背伸びをしてフリッタの首に手を回し、何が起きたのかと顔を赤くしているフリッタの首をいとも簡単に捻じ切った。
私が、もう一人の私が私から全てを奪っていく。この国を滅ぼしていく。
「まだそんな事を言っているの?」
こいつが何を言っているのか私には分からない。だけど、だけど……。
私が何か大事な事を忘れているという確かな予感があった。
「貴女に思い出させてあげる。私は自分の為ならなんだってするし誰だって殺すわ」
私はこいつを知っている。誰よりも、良く知っている。
「分かるわよね? だって私は貴女なんだもの……私の名前は……」
「メアリー・ルーナ……」
自然とその名前が口を突いた。
「あら……そう、その通りよ。分かってるじゃない。私の名前はメアリー・ルーナ。奪い、全ての者に悪夢を見せる者」
「あ……がぁぁぁっ!!」
突然凄まじい頭痛に襲われて私の意識は刈り取られる。
同じ身体だというのにもう一人の私はきっと今愉快そうに笑っているのだろう。
「何をアホみたいなツラしてるネ」
「……えっ?」
「どうシタ? ワタシの顔に何カついてるカ?」
「リンシャオ……さん?」
そうだ、私は今やっと自分が何者なのかきちんと思い出した。
私はメアリー・ルーナ。
ロザリアの中に生まれた【何か】だ。
そして、私はロザリアに成り代わり、ローゼリアを滅ぼした。
彼女の姉や大勢の人々を実験台にし、魔物のような姿に変え、非道の限りを尽くした。
魔王軍からメリニャンを追い出し魔王として君臨した。
従わない魔物を沢山殺した。従う魔物にも首輪を付け、歯向かうようなら殺した。
自らを高める為、世界に自分を知らしめるため、ロザリアの中に生まれた【何か】でしか無く何者でも無かった私を認めさせる為に。
世界に復讐する為に。
「おい、聞いてるノカ?」
リンシャオさんが私の肩を掴んで揺すった。
「……っ、リンシャオさん離れてっ! 私……私、きっとリンシャオさんの事も殺してしまうわ」
私の大切な人をあいつが刈り取っていく。
あいつが……。
……あいつ?
あいつって誰?
メアリー・ルーナは私だ。
あれは……私だ。
「何ヲごちゃごちゃ言ってるネ。私を殺してしまう……? 寝言ハ寝てる時ダケにするネ」
「でも……!」
「ワタシはとっくニ死んでるヨ」
ハッとリンシャオさんの顔を見ると、その双眸にはぽっかりと真っ黒な穴が開き、黒い血がだらりと垂れていた。
「リンシャオ……さん」
「フフフ……お前ハもっと自分の本質を知るべきヨ」
「ごめんなさいっ! リンシャオさん……私が、私がもっとしっかりしていれば……!」
「甘ったれるな!」
その言葉に私はビクっと身体を震わせた。
「お前ハ人殺しネ。でもソレはワタシも同じヨ。人殺しニハ人殺しノ生き方がアル。逃げても逃げてモ追いかけてくるネ。自分が変われたなんて幻想は捨てるヨ」
「でも、でも私は……」
変わる事が出来ないなんて認めたくなかった。
「お前は人殺しヨ。それは一生消えないネ。変わる事も無い。だから……」
何故か、リンシャオさんが笑った気がした。
「人殺しがなんぼのもんよ。人殺し上等。お前はお前らしく生きればいい……勝手にいろんな物を背負ってつまらない女になるなよ」
「リンシャオさん……」
急に普通に喋り出すもんだからそっちの方に気を取られてしまった。
「今までこうだったから私は変わらなきゃ、もっと多くの人を助けなきゃ、なんて考える必要ねぇって言ってるんだ。お前はお前らしくお前のやりたいようにやれ。人殺しが人を守ったっていいだろうが。極悪人が気まぐれで少女の命を救ったとしてもその少女が助かる事に変わりはないだろ?」
リンシャオさんは私が考えすぎていると言いたいんだろうか。
「お前の中の誰かさんが騒いでるから仕方なく手伝ってやってるんだ感謝しろよ?」
そう言ってリンシャオさんは笑った。今度こそ間違いなく。
私の中の誰かさんって……もしかしてロザリア……?
「リンシャオさん、私は……」
「あーあー、聞きたくないネ。ワタシの役目は終わったヨ」
そう言って彼女は私に背を向ける。
「じゃあまたな。当分顔見せるんじゃねぇぞ」
ぶっきらぼうに吐き捨ててここを去る彼女に、私は頭を下げ続けた。
謝罪ではなく、感謝を込めて。
次に目を開けた時、そこは本来私が居るべき場所だった。
『まったくいつまで呆けてるつもりなのかしら!?』
「ロザリア……ありがとう」
『なによ気持ち悪いわね……』
それでも、私は感謝の気持ちを伝えたかったのだ。
「私、もっと傍若無人に生きる事にするわ。迷いが晴れたのは貴女のおかげよ」
『えっ、そ、そう……よかったわね……?』
ええ、本当に、ありがとう。





