皇女様の満足のいく終わり。
身体中に駆け巡る激痛に耐えながら私は使える筈のない転移魔法を発動する。
これは最後の最後、奥の手として用意していた物で、魔術の知識を流用している。
もともと魔法など使えない私は魔術に頼るしかなかった。
魔術に関する知識も元々持っていなかったが、姉の残した資料の中に魔術に関する記述があり、そこから辿って独自に習得した。
魔法と違って準備と犠牲さえ支払えば誰にでも使えるという所に好感が持てる。
私のような人間でもやり方次第で戦える。
鬼神セスティや元魔王のメアリー・ルーナを足止めするくらいは出来る。
予定よりもかなり早く目覚められてしまった事でディレクシアを滅ぼすのが間に合わなかったが、それはまだ予想の範疇だった。
巨大魔導兵装を駆使し、二人を倒す事が出来ずともこちらが倒されなければ、王都を潰す事くらいは出来るかもしれない。
そう甘い考えがあった事も確かだが、やはりあの二人には勝てなかったし城を落とす事も出来なかった。
だが、これで終わる訳にはいかない。
体は激痛が駆け巡り、顔は苦痛に歪んでいるだろう。
しかし、私はこの痛みに心地良さを感じていた。
そう、メアの優しい言葉に比べれば余程心地良い。
私はもう、一人で生きて死ぬと決めたのだからあの優しさは辛いだけだ。
耳に入れたくもない。
心を研ぎ澄ませ。感情に身を委ねろ。
私は私の誓いを果たすため、ディレクシア王を討つ。
殺意を押さえろ。
気配を殺せ。
私は今、玉座の裏に居る。
王が据わる玉座の真後ろに。
誰も私には気付いていない。我ながら完璧な転移だ。
自分の身体がぐにゃりと引き延ばされるような感覚に吐き気を覚えたが、なんとかうまくいった。
そしてこの混乱、私が暴れに暴れた成果が出ている。
私は静かに、本人にも気付かれぬよう背後から王の身体にそっと触れ、もう一度転移魔法を発動させた。
セスティの仲間の賢者などは、私が転移を発動した瞬間魔力の動きに気付いたのか皆に警戒を促していたがそうではない。私は既に内部に潜んでいたのだから。
魔導兵装の爆発に乗じて城の中へ転移する際に気付かれなかったのは僥倖である。
「……驚いた。リンロン……どうして、何がお前をそこまで駆り立てる?」
曇り空の下、柔らかな風が吹き抜ける草原に私とディレクシア王は立っていた。
「以前相まみえた時、言った筈だ。必ず貴様とこの国を地獄へ落としてやるとな。忘れたとは言わせない」
「覚えているとも。……そうか、あの日からずっとお前は時間が止まったままなのだな」
……何をふざけた事を。
「時間ハ止まってなどいないネ……まったく、本当ニ余計な足枷ばかりが増えて行くヨ」
「……。ここらで止まった方がお前自身の為だろう。この国は甚大な被害を被った。お前一人にだ。これ以上何を望む?」
「……お前の死だ」
「……決意は変わらぬか。やむを得まい。ならば……かかってくるがいい。といっても既に満身創痍に見えるがな」
「余計な……ゲボッ……がはっ……はぁ、はぁ……余計な心配は無用。後はどちらかが死ねばこの戦争は終わる。これ以上の言葉は不要!」
命を削りに削って無茶な転移を立て続けに二度も行ったせいで私はもう長くないかもしれない。
体の中が熱い。今にも内臓が口から飛び出してしまいそうな気分だ。
視界が赤くぼやける。
口だけでなく目からも血が噴き出しているのだろう。
それでも、私は負ける訳にはいかない。
王が腰の剣を抜き、身構える。
まずは様子見で服の中に隠し持っている暗器の中から短刀を七つ同時に放つ。
「ハァーッ!!」
王が剣を振り下ろすと、風が巻き起こり短刀は全て地に落ちた。
「やっかいな相手ね」
「こちらも老い先短い身なんでね……出来る限り手短に頼むよ」
「安心しろ。死への道のりを短縮してやる!」
私は再び暗器を投げつけつつ青龍刀で切りかかる。
今度は直接剣技で暗器を叩き落したのでその隙を狙って、高く飛び上がり小さな体でも十分威力を出せるように空中で拘束回転し、回転する刃となって襲いかかった。
「そんな刀、いったいどこに隠し持っていたんだ!?」
それでも威力が足りなかったのか王は剣で私の青龍刀をがっちり受け止め、それどころかまたあの風を巻き起こし私毎吹き飛ばした。
これは魔法だ。剣技と共に魔法で風を起こしていたのだろう。
つくづく魔法の才がある人間が恨めしい。
地面に転がりながら、私は再び自らの命を削る。
私自身に、ではなく青龍刀のみを転移させた。
物体を正確な座標に送るというのは精密な計算が必要で、私は心臓を狙ったというのに青龍刀が現れたのは王の太ももら辺だった。
「ぐあっ……刀のみを転移させただと……!?」
激しく地面に身体を打ち付けながらも、私は王の苦しそうな言葉を聞けただけで全身に力がみなぎってきた。
すぐさま飛び起き暗器を三つ投げる。その一つに煙幕弾を忍ばせて。
王は痛みに耐えながらも確実に暗器を弾き飛ばし、そして目論見通り煙幕弾が弾け、あたりを煙が包む。
「ハァーッ!!」
思っていた通り、魔法で風を吹き飛ばしに来たが、もう遅い。
「うぐっ……がはッ!! ……み、見事……」
私はもう一本青龍刀を取り出し、王の胸に突き立てていた。
「生きる為に戦う者が、死ぬ覚悟が出来てる人間相手に勝てると、ぐぼっ……お、思う……なよ」
ずぶりという生々しい感覚が指に伝わる。
刀身を伝ってきた血液が私の手を赤く染めた。
再度転移にて背後に移動した事による反動か、私ももう限界が近い。
短期間に無理をしたツケだろう。
手足が震え、酷くむせ返り大量の血を吐く。視界もほぼ真っ赤だった。
私はきっとこのまま死んでしまうだろう。
でも構わない。王が死ねばディレクシアは終わりだ。
姉上、私はディレクシアを滅ぼしました!
私は、私達は勝ちました!
ロンシャンがディレクシアを滅ぼしたのです!
見ていますか、姉上……!
「これで、もう……思い残す事は……無い」
ふいに真っ赤だった視界が少し明るくなる。
曇天の空、雲の隙間から光が射しこんできたのだろう。
ほんのりと陽のぬくもりを感じる。
私は地面に膝をつき、空を見上げた。
赤くぼやけた視界でもかろうじて陽の光を感じ取る事くらいはできた。
これは私の歩んできた道そのものだ。
血液越しの光。
赤く滲む陽の光。
あぁ。私の人生はまさにこれだ。視界を埋め尽くす赤い光。
だけど、目に映る物全てが真っ赤でも……いや、真っ赤だからかもしれない。
だからこう感じてしまうのだろうか?
世界ハ、こんなにも美シイ。
お読み下さりありがとうございます。
この章も後2話となりました。
ここまで読んでくださった方にいうのもなんですが、続きが気になると思って頂けましたらぜひブクマや、下の方にある☆を黒くしていって頂けると嬉しいです。
なかなかに書いていて辛い話でしたが、この先も更新して行きますので応援よろしくお願いします。





