魔王様も予期せぬ開戦の合図。
「デュクシ……!!」
俺の身体がぞわりと、とてつもない殺気に包まれた。
オロチ……少し押さえろ。まだ早い。
「ハーミット様!!」
『……あぁ、ヒールニントか。今お前に話す事は何もないよ。大人しくしてな』
「私、必ず……必ず……貴方を捕まえて、ぶん殴ってやりますからね!」
『はは……そりゃあいい。楽しみにしてるよ。それはそうと姫、きっと姫の事だからこの座標に飛んで人質を助けようとか思ってるかもしれないけど、もう転移させたし次はそう簡単に場所を突き止められないと思うよ』
そう言ってデュクシは力なく笑った。
「お前は……いったい何がしたいんだ?」
『何って……決まってるじゃないか。俺はアルプトラウムだよ? 楽しければそれでいいのさ』
「その割には……全然楽しそうじゃねぇな」
『姫にはそう見えるかい? どうでもいいさ。頑張って王都を守ってみせなよ。今回はロンシャンの本気が見られるはずだからね』
以前は自分でエンジャードラゴンをけしかけてロンシャンの野望を阻止したくせに。
今は機が熟したという事なのかもしれない。
念の為にもう一度おふくろの位置を確認してみるが、デュクシの言う通りもうその反応はどこにも無かった。妨害されているのだろう。
「ふざけんじゃないわよ! キャンディママをどこにやったの!? それに……リンシャオはどこにいるのよ!」
『……メア、君も随分とそちら側に懐いてしまったものだ。しかしその変化も含めて相変わらず君は面白い。まさか姫の母親をママなんて呼ぶようになるとは思いもしなかった。いやいや愉快愉快』
そう言ってデュクシは口角を吊り上げる。
奴にとっては昔も今も、メアのやる事は面白いらしい。
以前ローゼリアで二人が戦った時からもそれは明らかだ。
「ちっ……見た目が変わってるからあんたがアルプトラウムだって思えなかったけれど……間違いなくあんたはあのアルプトラウムね。性根が腐ってるもの。それで? リンシャオはどうしたのか答えてないわよ!?」
『どうして俺が教えてやらなきゃならないんだ? しかし、そうだな……これはロンシャン帝国の悲願だ、とだけ言っておこうか。ちなみに私が技術提供をした魔導兵装や魔導砲、存分に楽しんでくれたまえよ。人間が扱う時点で限界はあるがね、それなりに面白いはずさ』
「いくらロンシャンといえどあの科学力はおかしいと思ってたのよ……やっぱりアンタが裏で糸引いてたのね」
アシュリーはこの可能性も考えていたようで特に驚きもしない。
だったら俺にも一言言ってくれたってよかったんじゃないか?
俺にデュクシの話をすると冷静じゃなくなるとでも思ったのか?
……まぁ、正しい判断だとは思うけど。
『技術自体は以前教えた物だがね、現在は数段階進化しているよ。いやはや面白い見世物だ。俺はここで退場するからね。後はそちらでせいぜい演目を楽しくして見せてくれ』
「ちょっと待ちなさい……!」
メアが更に文句を言いかけたが、その途中で映像は途切れた。
ロンシャンが敵に回ったというのは間違いないらしい。
あとはリンシャオがどういう立ち位置なのか確認しなければ。
やるべき事はシンプルだ。
王都を守り、侵略者を倒す。そして人質を無事に解放する。
「メア、人質を守るためにも……一人で早まるなよ?」
「……っ、分かったわよ……。で? まずは何からどうするの?」
「王、現在の戦況はどうなってるんだ?」
「ふむ……いいとは言えないな。現在その魔導兵装とやらが数百規模で進軍してきている。騎士団が二隊ほど出たがほぼ壊滅のようだ。何せ武器で切りかかっても弾かれるし魔法攻撃にも高い耐性を持っているのだとか。それが数百だ。手も足も出んよ」
本来まとめてぶっ飛ばすのが一番手っ取り早いんだが……人質達が軍勢の中に紛れて運ばれていたらまずい。
そう考えると大規模魔法は使えないので、小~中規模で対応していくしかない。
そんな時、王へ騎士団から通信が入った。
「どうした? 何か進展があったか?」
「そ、それが……! 大変です。この鎧みたいな奴をなんとか一体行動不能にしたんですが、中に一般人が……!」
一般人だと……?
「それは一般人も兵として参加しているという事か?」
「違います! 一般人が中に詰め込まれ動力源とされているのです!!」
「何という事だ……!! 一度作戦を立て直す! 騎士団は一度次の防衛ラインまで下がれ!」
「かしこまりました!!」
ブツっと通信が切れ、聞こえてきた話の内容が俺達の空気をさらに重くさせた。
「おい、まさかとは思うが、あの兵装自走式なのか? 中身の人間を動力にして……?」
「先程の報告を聞く限りそのようだ。ライデンの住民があの中にいるかもしれん。数を見る限りロンシャンの兵も含まれているのだろうが……」
最悪だ。
うちのおふくろだっていつアレの動力にされるか分からない。
なにより、各個撃破すらしにくくなってしまった。
中が罪もない一般人だったとするなら、俺達が火力まかせに破壊すると中の人間まで死ぬだろう。
くそ、よく考えてやがる。
「王! 大変です!!」
そして、謁見の間に大慌てでテロアが飛びこんできた。
久しぶり、なんて挨拶をする間も無い。
「王! 早くここから退避してください!!」
「逃げろだと!? 何があったか知らないがこれだけの人員が居ればその必要は……」
そこから先は爆音で聞き取れなかった。
轟音、爆煙が治まり目を凝らすと、視界には曇天の空が。
城の三分の一ほどが一瞬にして消し飛んでいた。





