魔王の嫁はおつむよわよわ認定される。
「ナーリア……おそらく、その弓はもう……」
「え、……え、えっ? そ、そんな……これは姫から預かっている大切な物なんです……! どうにかなりませんか!?」
ナーリアが弓の魔力を引き出そうと構えたりしてみるが、まったく反応しないどころか、綺麗に透き通った緑色だった弓は今では見る影もない灰色になってしまった。
「そんな……これは、とても大切な……」
ナーリアの落胆ぶりは凄かった。
儂も話を聞いた事があるが、王都でセスティが物凄い高価だったのに買い与えたのだとか。
ナーリアが高価すぎて受け取れないというと、ならばという事でセスティの持ち物とし、それを預かってもらうという名目で彼女が使う事になったのだそうじや。
ナーリアとしてはこんな事になってしまったのは後ろめたくて辛いじゃろう。
「これはナーリアのせいではない。儂の判断が遅すぎた。……すまない」
「や、やめて下さい。めりにゃんになんの責任もありません!」
「いや、儂の責任じゃ。ここに来た時からナーリアは警戒を促していたというのに……セスティには儂からもきちんと言うから責められるような事は……」
ナーリアは力なく笑い、「そうじゃないんです」と言った。
「姫は……きっと怒らないと思います。それが分かっているからこそ……申し訳なくて。クリスタルツリーはもう枯れ果ててしまったとお姉ちゃんが言っていたので……これに変わる物はもう無いでしょうから」
そうか。確かにアシュリーがそんなような事を言っていた気がする。
二度と手に入らない高級品をダメにしてしまったというのは確かに辛かろう。
流石に空気を呼んでライオン丸もロピアも口を挟んでこない。
「ひぇーっ! なんか出たんやけど!!」
口は挟まないが空気は読めなかったらしい。
「何事じゃロピア……な、なんじゃあ?」
振り向けば、先ほどのテーブルのような物の上に人が浮かび上がっていた。
ロピアが押し込んだボタンは赤く光っている。
やはりクリスタルツリーから魔素を吸い取ったのじゃ。ここの動力は、魔力というよりももっとこの世界の力その物である魔素だったのであろう。
『ハジメマシテ。ワタしは……こほん。少々おマちくダサい…………言語中枢修正完了。初めまして。私はナビゲートシステムインターフェイスverサルヴィア2ndモデル、通称サヴィちゃんです』
一同絶句。
どうやらそこに浮かび上がったサヴィちゃんとやらは実体では無いようじゃが、ほとんど何を言っているか分からない。
「お、お主……何者じゃ」
『ですからぁ、ナビゲートシステムインターフェイスverサルヴィア……』
「そうではない! 一体なぜこんな所に居るのじゃ!?」
実体ではなさそうじゃが、確かにここに存在して儂らと会話をしている。
ナビゲート? システム? バージョン? セカンドモデル? 全く分からん。
『もしかしてお嬢様はおつむがよわよわですかぁ?』
「なっ、貴様……魔王の妻である儂におつむが弱いじゃとぉっ!?」
『……検索。……該当なし。【魔王】というワードでお嬢様に当てはまりそうな物が見つかりません』
「なんじゃとーっ!? ……いや、待て。お主一体何から検索しておるんじゃ?」
『勿論データベース内からの検索ですよぉ? 私のデータベースはイルミレイア中央大図書館クラスの情報が集約されているんですよすごいでしょうえっへん!』
……これはどうした事じゃ。
宙に浮かぶ少女は青い髪をツインテールにしてテカテカした服装に身を包んでいる【ように見える】が、よく見ると人間では無い事が分かる。
「お主……作り物か?」
『? 何を言ってるんです? 決まってるじゃないですか私はただのインターフェイスですよ?』
……虚像に自由な意思を与えている……? どれほどの技術があればこんな事ができるのじゃ?
こやつの言葉は全くわからんし、イルミレイア中央大図書館? 図書館は分かるがイルミレイアなどという地名聞いた事も……。
「お主はもしや神に作られたアーティファクトなのか?」
『はい? お嬢様ってばおつむよわよわなだけではなく妄想癖がおありですか? 神などこの世に存在しませんよ?』
どういう事じゃ。何かが絶対的におかしい。
この世の物と話している気がしない。
「サヴィちゃんサヴィちゃん、あんたユーフォリア大陸って知っとる?」
儂がいろいろ考えておるというのにロピアが呑気に気が抜ける質問を投げかける。
「おいロピア、もう少し考えて喋るのじゃ」
『ユーフォリア大陸は存じ上げませんがユーフォリア地方ならば分かりますよ♪ イルミレイア北東部にあるいくつかの大陸を指してユーフォリア地方と呼びます』
……ユーフォリア、地方……?
「お、お主! ではディレクシアはどうじゃ?」
『……それは記録に有りませんね』
「じゃあロンシャンとかニポポンはどないや?」
王都がダメなのにそっちが有る訳なかろうよ……。
『ロンシャンもニポポンもユーフォリア地方ですよ?』
「なんじゃとーっ!?」
こいつ、まったく別の訳がわからぬ世界の話でもしてるようにさえ思えたが、それにしてはこちらと共通点がありすぎる。
「いったいお主はどこから来たんじゃ……」
『……一つ気になったんですけどぉ、もしかしてここ楽園の内側ですよね? なんで人がいるんです?』
また謎の単語が出て来た……。
楽園じゃと……?
『違いました? マスターはどこに居るんでしょう……?』
なんだか、ひどく胸騒ぎがする。
儂らは今、知らなくていい情報に触れようとしているのではないか、と。





