魔王様と本当にどうかしている妹。
「万事屋まではまだ遠いのか?」
「いや、あと少しで町が見えてくるから。そこまで行っちまえばすぐだよ」
「しっかしそんなに前でもねぇのに随分と懐かしい気がしやすねぇ?」
話を聞けばこの蛙、ゲッコウ・フロザエモンは昔の魔王軍に在籍していた魔物で、その時の魔王が代替わりする際に魔王軍を離れ、放浪の度に出た末にニポポンにたどり着き、こちらで暮らしていたらしい。
なぜ再びユーフォリア大陸へ渡ったのかは知らないが、当時のメアに半ば強制的に手先として使われたようだ。
しかしあの時こいつはあの首輪をしていなかった。無理矢理、とは言えど歯向かう意思は無かったという事だろうか?
仮にそうだったとして、メアが首輪をつけずに信用するなんて事があるとは思えない。
あの時のメアは大分腐ってたからな……。
「おい蛙、お前なんでエルフの里で戦った時メアに首輪つけられてなかったんだ?」
「蛙に首輪か、そりゃぁいい。つけて魔王のペットにでもなりゃ良かったんだ」
「うへぇ……勘弁してくだせぇ姐さん。それにあっしはちゃんと首輪つけられましたぜ」
どういう事? 確かにあの時してなかったと思うが……。
「その、恥ずかしながらあっし、脱皮をしやしてね?」
「……あまり想像はしたくない絵面だな」
ショコラとサクラコも蛙を見ながら「うぇ……」とか言ってる。可哀そうに。
「皆さんそりゃねぇですぜ。あっしだってこんな蛙の姿の魔物ですから脱皮くらいしやす。……そして、脱皮する時ってのは体が柔らかいんでさぁ」
……いやいや、その理屈はおかしい。
「どう考えてもその頭が首輪をすり抜ける事は無いだろ。骨とか脳みそとかいろいろあるだろうがよ」
想像したくない絵面が更に恐ろしい絵面に代わってしまった。
「そんな事言われても知らねぇでさ。脱皮は自然現象ですしね、こうむずむずっと来て皮を脱ぎ棄てた時そのまま首輪もにゅるっと抜けちまったんでさぁ」
「アレは無理やり外そうとしたら首を切断するとか聞いてたんだが……」
その言葉に蛙の顔が青くなる。いや、もともと緑だから青くって言ってもよく分からんけど、ショックを受けたような表情になったのは確かだ。
「そ、そんな危険な物だったんですかい? ……だとしたら、恐らく首の皮膚ごと外しちまったからじゃねぇでしょうかね?」
首輪は首の皮膚に吸い付くように取り付けられていたのだとしたら、確かに脱皮しちまえば皮から引きはがされていない事になる。
「……なるほど、理解はしたぞ。お前の頭については全く納得できてないが」
蛙ってそんなに頭ふにゃふにゃなのか? それともこいつの頭の中身は全部液体でも詰まってるのか?
「ショコラ、一度こいつの頭の中をその鏡で見てみろよ」
「……やだ。ぐろい。きもい。きたない」
「魔王の旦那そりゃねぇですよ……でもあっし、妹君の遠慮のない発言、最近ちょっと癖になって来やした」
「……無理。爬虫類は山へ帰れ」
「あっし両生類ですぜ」
「……池に帰れ。それか土に帰れ」
「土に帰ったら死んじまってるじゃねぇですかい妹君さんは面白いですなぁ」
ショコラが懐からクナイを取り出したのが見えて慌ててその手を止める。
「どいておにぃちゃん、そいつ殺せない」
「殺すな殺すなっ! お前はどうしてこう……お前のキレるスイッチが俺にはよく分からんよ」
「ふん、命拾いしたな両生類」
その様子にサクラコは腹を抱えてゲラゲラと笑い、当の蛙はゲコッと、少しだけ震えた声をあげた。
「妹君は……やっぱりおっかねぇですぜ……切り刻まれて焼いて食われるかと」
「喰わない! 両生類食べる趣味ない! むしろ木の枝に刺して鳥類のはやにえにしてやる!」
珍しくショコラが感情的になった。それはそうとはやにえってなんだ?
「お前ら意外といいコンビなんじゃねぇか? ひひひっ、これ以上あたしを、わ、笑わせないでくれ」
「姐さん、笑い事じゃねぇですぜ。こっちからしたら命の危機でさぁ」
「師匠、前からこいつ気に入らなかったけどいろいろ話してよく分かった。こいつ私を怒らせる才能に満ち溢れてる」
「そ、そんな事言わずに仲良くしやしょうや。今は仲間なんですぜ?」
「ぬめぬめした奴は土に帰す。絶対」
「いつの間にか完全に殺害予告になっちまってるじゃねぇですかい……魔王の旦那からも言ってやってくだせぇよ」
……ショコラが感情を表に出して怒るなんて珍しいな。いつもは静かにムスっと怒ってるのに。
これは割といい兆候なのでは?
解決策がすぐ殺害に向かうのは困ったものだが……。
「うん……もう少し、様子見かな」
「そ、そんな! 魔王の旦那そりゃあんまりだ!」
俺の発言を何か勘違いしたらしく蛙が騒ぎ出した。
そうか、俺から何か言ってやれって言われたんだった。
「ショコラ、殺すのはダメだ。でも、未遂くらいならおにぃちゃんが許してやるからな」
「ちょっと旦那っ!?」
「おにぃちゃん……すき」
そう言ってショコラが俺の腕に絡みついてきた。
「おお可愛いやつめ」
なんだかんだ言ってこいつは俺の妹なのだから可愛くないはずが……。
「ってちょっと待て、ショコラ、何をした」
「おにぃちゃんの優しさにきゅんと来たから我慢できなくなった。おにぃちゃんのせい」
俺の身体が突然ぴくりとも動かなくなり、ショコラの手が俺の身体を這い回り出す。
「ちょっ、やめっ……か、蛙が見てるからっ! なんかこの状況はいやーっ!!」
「まったく何やってんだか……お前ら本当に仲いいな」
サクラコ、違うぞ。それは、絶対的に、何かが……違う。
……あっ。





