聖女様はもうついていけない。
セスティ様が言うには、かなり細かく切り刻まれているのに傷口がかなりの確率で焼かれている。意図的に出血を抑えながら殺した可能性がある……との事。
つまり、ハーミット様はこの人達をじっくりと、少しずつ身体を削り取るように、まるで拷問のような殺し方をしたという事だ。
あの人が何を考えているのか私には分からないし、どうしてこんな惨い殺し方をしたのかも理解できないけれど……これがもし私のせいなのだとしたら。
「あ、あの……少しだけ待ってもらっていいですか?」
さっさと次の目的地へ行こうとする二人にお願いして、細切れにされた二人に祈りを捧げた。
勿論私の力は既に息絶えた人には役に立たないし、既に祈る神など居ないのだけれど……。
それでも私は、死者の冥福を祈らずにはいられなかった。
神に祈るのではなく、彼等の魂が救われるように。
そして私の心からもやもやが消えて救われるように。
どちらかというとそちらの方が理由としては大きかったかもしれない。
迷いたくない。悩みたくない。救われたい。
そんな甘えを、神ではなく、ほかの誰かではなく、ただただ祈った。
私は弱い。それが分かっているからこそ、一度へし折れたら立ち直れないかもしれない。
折れる訳にはいかない。もう一度、あの人の困った顔を見るまでは。
「そろそろいいか? こっちも問題が発生してるんだ」
「はい、お時間取らせてすいませんでした」
どうやらセスティ様が言うには、レオナさんは既に王都には居ないらしい。
私達と入れ違いでどこかへ、それもかなりの速さで移動しているとの事。
「馬車とかですか? でも移動先は分かるんですよね?」
「それがなぁ……こんなに早い馬車はねぇと思う。それに向かってる場所がよく分かんないんだよな……こっちに町や村とかは無いと思うんだけど……」
何もない場所へ向かって物凄い速さで移動している……?
「何で移動してるかなんて関係ないし目的地がどこだっていいわよ。先回りしてぶちのめしましょう?」
メアさんはさもめんどくさそうに顔の前で手をヒラヒラと振りながら言い放った。
「確かに行って本人確保したらひとまず安心だからな。じゃあ俺に掴まれ。行くぞ」
「あの、ここの方々はこのままにしていくんですか?」
さすがにこのままっていうのは可哀想な気がする。
「あんたね……自分を酷い目に合わせた連中の事まで気にするなんてどうかしてるわよ」
……それでも、私は人の命には敬意を払いたい。
「大丈夫だ。既にディレクシア王にはここの事も連絡入れておいた。すぐに騎士団の連中が来る。むしろ俺達が居ない方がいいさ」
「そ、そうでしたか。それなら……では、改めてよろしくお願いします」
でもいつの間に連絡入れたんだろう?
……あ、私が気を失っている間か。
そんな事を考えながらセスティ様の手を掴む。
とても華奢で、細くて綺麗な指。
とてもあの鬼神セスティ様とは思えないし、ましてや魔王と言われてもしっくりこない。
「よっし行くぞ!」
セスティ様がアーティファクトでレオナさんの居場所を確認しながら転移魔法を使った。
そして、私達は草原のど真ん中に居た。
「……で、どこに居るって?」
メアさんが冷たい視線をセスティ様に送り、セスティ様は苦笑い。
「あっれー。おかしいな。確かに俺は転移あまり得意じゃないから座標がズレる事もあるけどさ、見渡す限りどこにもいる気配がないっていうのは流石におかしいぞ」
「ちょっとアーティファクト見せなさい。レオナの居場所はどこ?」
セスティ様はもう一度スクリーンのような物を表示し、それをメアさんが覗き込む。
「……おかしいわね。確かにこのあたりに……」
その時、私の上空を雲が通り、日を遮った。
一瞬だけ。
「えっ?」
違和感を感じる。雲が通り過ぎるにしては早すぎるし、鳥とかにしては影が大きすぎた。
「ふ、二人とも!! あれを見て下さい!!」
私の合図で二人が空を見る。
空を飛ぶ、なんだか大きな布切れを。
「な、何よアレ」
「知らん! でもこれではっきりしたな。レオナはあの上に居るって事だろ?」
「ま、待って下さい! あれスピードが落ちて来てます! どこかに着陸するつもりかもしれませんよ」
もしそうなら、その先に……。
「どうやらあの山の山頂に降りるみたいよ」
「山頂……? 小屋とかも特に見えないが……降りた先にアジトが?」
「もしそこにアジトがあるなら一網打尽にできるし面倒がなくていいわね」
うわぁ……この人達と一緒に行って私って何か役に立てるのかな……。
もしかしてここに居た方が……。
「ほら、何してるの? ヒールニントも行くわよ!」
そう言って私に手を差し出してくるメアさんの悪そうな笑顔に見とれて、ついその手を握り返してしまった。
そして身体が宙に浮く。
これは、よくないやつだ。
「ちょっ、メアさん! これダメだって!」
「ほら二人ともちゃんと掴まりなさいよ? あいつらのアジトへ乗り込むわ!」
ぎゅおぉぉぉぉぉっ!!
メアさんが私とセスティ様の腕を掴んで空中を急加速する。
私は風圧と高さが怖いのとでもう何も言えなかった。
目からは涙が溢れ、口は風を受けてだらしなくびろびろしてる。
ちらっと視界んい入ったセスティ様は何事もないかのように平然としていて、わたしだけが普通の人間なんだと思い知らされた。
「くっくっく! この先に居るのはどうせ極悪人共よね? 悪い奴よね? 殺しても、いいのよね!?」
「おい、レオナの安全確保が優先だぞ! あとは一応悪人かどうかくらいは確認してからやれよな!」
「悪人かどうか分からない奴は半殺しにしていい?」
「許す!」
「おっけー♪」
暴走するメアさんにセスティ様が釘を刺すけれど、殺すな、とは言わない辺りこの人ももう立派な魔王なんだと思う。
私本当に魔女にでもならなきゃ精神的についていけない気がしてきた。





