聖女様は本当に危険な物に気付く。
「はい、あそこに見えるのが魔物フレンズ王国よ。正門から行けば普通に入れてくれるから、魔王様にお話があってきました、と言いなさい」
あっさりと到着してしまった。
転移魔法で送ってくれるんだから当然なんだけど、覚悟はできたつもりだったのにここまで来ると緊張する。
「じゃあ私はあそこの木の影で休んでるから。余程の事が無い限り私は行かないからね? 用が済んだら迎えに来てちょうだい」
そう言ってメアさんは私に「頑張ってね」と手を振って見送る。
とぼとぼと、王国をぐるりと囲む大きな城壁を目指して歩き出す。
近付くにつれ、その城壁がとてつもない高さだと知る事になった。
「凄い……」
その時、城門の上から何かが飛んだような気がした。
……気のせい、かな?
どすん!!
「そこのお嬢ちゃん、止まりな」
「ひゃっ、ひゃいっ!!」
突然背後から声をかけられ、私は本能的に両手を上にあげて降参のポーズを取る。
「お嬢ちゃん……もしかして人間か?」
さっき、城門から誰かが私の背後に飛び降りてきたんだ。魔物怖い!!
「に、人間ですっ!! ま、魔王様にお話があって参りました!! 殺さないでーっ!」
「ああ、魔王様になぁ……よし、案内してやろう」
私の背後から声をかけて来た魔物が私の匂いをくんくん嗅いだ後、前に出て笑いかけてきた。
こっ、怖い……。
「俺の名前はホーシアってんだ。お嬢ちゃんは?」
「わ、私はヒールニントって言います!」
その魔物さんは「ヒールニントか、いい名前だな!」と笑う。結構いい人なのかもしれない。
改めてその姿を見てみると、二足歩行しているお馬さん。白い毛並みが綺麗で、ところどころ黒いラインが入っている。
たてがみがフサフサしていてとっても立派だけど、やっぱり武闘派の魔物さんなのか身体にはあちこち傷があった。
私ならその傷痕も消せるだろうけれど、余計な事をするのは辞めた。
このタイプの戦士の人って、自分の身体の傷を誇りに思っている人も多いって聞くし、よく確認もせずに治しちゃったら怒るかもしれない。
今は余計な波風を立てたくない。早く魔王様に会って、セスティ様に会ってハーミット様の事を聞かなくっちゃ。
「おー? なんやホーシア……おまえ人間さらってきたんか? セスっちに怒られるで?」
「ちっげーよバカ! 魔王様にお客さんだ。今案内しようと思ってだな」
城門をくぐったところでホーシアさんに話しかけてきたのは大きな一つ目の魔物……じゃない。
「あの、もしかしてキュクロの方ですか?」
「あん? 珍しいなぁ? キュクロなんて知ってる人間おったんやな。お嬢ちゃんの言う通りうちはキュクロのロピアっちゅーんや。よろしゅうな♪」
「は、はい! 私はヒールニントと申します。よろしくお願いします!」
なんだかこのロピアっていうキュクロの人、すっごく明るくって、普通の人間と話してるみたい。
元々キュクロは魔物じゃないって何かの文献で読んだけど、この人だけじゃなくてホーシアさんも話してると姿以外は人間と変わらないなぁ。
「で、そのヒールっちはこんなとこに何しにきたん?」
ひ、ひーるっち??
「なぁなぁ、何しに来たん? セスっちの愛人希望者なんやったらうちがとりなしてやってもええで?」
「バカかお前は。この子は魔王様に話があってきたってだけだよ。なぁ?」
「えっ、えっと……はい。ちょっと大事なお話がありまして……」
「まぁええわ。セスっちに話があるってんならうちが連れてってやる方がええやろ。ホーシア、交代や」
「なに勝手な事言ってんだ俺が最初にこの子見つけて案内してたんだぞ!?」
「あーホーシアってば可愛い女の子が来たから色目使ってやんのきっもー♪」
「ばっ、ちげーし! ってか、ヒールニントちゃん? そんな目で見ないでくれっ! 俺は本当にただ純粋な気持ちでだな!」
「ぷっ、あはははっ♪ おかしっ、あははっ♪」
二人のやり取りがあまりに面白かったから我慢できなくなっちゃった。
この国は平和だ。
この国の住人が皆こんな人達ばかりならば、本当に人間と魔物はうまくやっていけるだろう。
「じゃあロピアさん、お願いできますか?」
「ええで♪」
「そんなぁ~」
「ホーシアさん♪ 私、魔物の人達ってもっと怖いのかと思ってました。ホーシアさんとっても優しくて、嬉しかったです」
「そ、そうか? なら……その、よかった」
「なに顔真っ赤にしとんねんアホらし」
「うっせーぞ! お前ちゃんと案内してこいよな!?」
「へいへい。まかしときー。じゃあいこっかヒールっち♪」
私はロピアさんに連れられて王城を目指しつつ、王国内にあるいろんな施設の説明を受けていた。
「てめぇ今日という今日はぶっ殺してやる!!」
「貴女は何故いつも私を目の敵にするのですか!? 気に入らないなら自分で作りなさい!」
「うるせぇあたしの分だけ薄味にして量も少なくしやがったな!?」
「言いがかりです! 酒ばかり飲んでいるから舌が馬鹿になったんでしょう!?」
「殺す!」
「返り討ちにして差し上げましょう!」
どう見ても人間の男女が大喧嘩をしながら本気で切りあっていた。
「ロピアさん、あれは……?」
「あぁ、サクラコとアレクなぁ……あいつらはいつもあんなんやから気にせんとき」
……この国では魔物よりも人間の方がよっぽど物騒なのかもしれない。





