姫魔王が置き忘れてきたもの。
あの後……彼とリーシャを地下水路から助け出すと、もうあらかた騒ぎは沈静化していた。
瓦礫と化した家の前に皆集まっていて、ライゴスはぬいぐるみに戻ってたし、ろぴねぇも人の姿をしていた。
普段水路の入り口は丸い鉄板のような物で塞がれている為、内側からその蓋を押し上げて外に出る。
「あぁ、二人とも……無事で良かった……有難うございます!」
イルナさんに深々と頭を下げられてしまい、穴から這い出すのも忘れてしまった。
リーシャは自分で歩けるようだったので先に出てもらって、俺は彼を担いで梯子を上り、イルナに気を失ったままの彼を渡す。
その日はそれからナランにロザリアを呼び出してクリエイトで彼の家を修復……というか作り直してもらった。
急に呼び出されたロザリアは執拗に俺に対して小言を言っていたが、以前よりも立派な家を建ててくれたので俺達も安心してその晩は泊まる事ができた。
ロザリアは用が済むとさっさと帰ってしまったが。
イルナさんが作ってくれた夕食はとてもおいしく、彼がここまで太った理由がなんとなく分かった気がした。
「それにしても魔族は何故ナランを急に襲いにきたんじゃろうか?」
口の中をぱんぱんにさせためりにゃんがその状態のまま器用に喋る。
「それは分かんねぇな……何か目的があったのか、ただ暴れたいだけだったのか……。それとも、奴等も古都の民の情報を仕入れていたのか……」
「それって、あのザラってにいちゃんの研究が目当てだったっちゅうことかいな?」
「まぁその可能性もあるって事だよ。そもそも古都の民が居るって分かったとしてもそれがあんな研究オタクだったかまではなかなか掴めないだろうし。そっちの線は薄いんじゃないかなぁ」
「とにかくだ、みんなのおかげでこの街は平和を取り戻した。住民に変わって俺が礼を言うよ。ありがとう」
彼は食事の手を止めて、立ち上がると深々と頭を下げた。
「やめろやめろ。せっかくのイルナさんの飯がまずくなる」
「いや、しかし……」
「その糞真面目な性格をもう少しどうにかしろ。これからもここで生きてくんだろ? だったらなんでもかんでもしょい込もうとするなよ。そうじゃねぇといつか一気に爆発して逃げ出したくなっちまうぞ」
「そう、だな。すまない……。君には、いろいろと迷惑を……」
「だからやめろって。俺はもう気にしてない。何度も言わせるなよ飯がまずくなるだろうが」
「す、すまん」
まったく。何度も言わせんな。……しかしこれ美味いな……。
とりあえずこれで大体の街を回り終えた形になる。
しかし、あちこちでいろんな問題が生じていたし、これからも起きるのかもしれない。
国に戻ったら会議だな……。
早々に各主要な街などに俺達の施設を配備して、まずは連絡網、そして輸送関連を担う。
しかしそれは表向きだ。
本題は、何かあった時にすぐ王国に連絡が可能になる事、そして人員の配備が可能になる。
各街などでトラブルが発生した際、すぐに動ければかなり被害を抑えられるはずだ。
その辺の事などを、特にアシュリーを交えて話し合う必要があるだろう。
それぞれの業務も勿論ボランティアではないので最低限の金をとらなければいけない。
戦いに発展した場合こちらもリスクを背負う訳だから人員選抜と連絡網さえしっかりしていけば人々からの信頼も勝ち取る事が出来るだろう。
「もう、いくのか?」
「ああ、昨日は飯も美味かったしな。イルナさんにも宜しく言ってくれよ」
俺達は翌朝、皆で王国へ帰る事にしたのだが、
「あの、イムライさん」
ナーリアが真面目な顔で彼に声をかけた。
要件はおそらく……。
「その……リーシャの事なのですが……」
「安心してほしい。リーシャは既に俺の娘だから。……必ず、俺の一生をかけて守り続ける事を誓うよ」
「そう、ですか……。なら、リーシャの事はよろしくお願いします。私が言うのも筋違いなのかもしれませんが……」
確かに今のリーシャは、オリジナルとは関係のない完全な別個体で、まったく別の人間……。ナーリアがあれこれ言う筋合いではないのだろう。
それでも、やはり口を出したくなる理由はわかる。だってリーシャは、ナーリアにとってそれだけ重要で特別な存在なのだから。
「最後に、挨拶して言ってやってください。きっとあの子も喜びます」
そう言って彼はリーシャを呼んだ。
「もう行っちゃうの……?」
「ええ、少しだけだったけどリーシャちゃんに会えて嬉しかったですよ。パパの言う事をよく聞いて、多くを学び、健康に気を付けて……」
おいおい、お前はいったい何目線なんだよ。
「いいこにするよ♪ あのね、不思議なんだけど私ナーリアちゃんと初めて会った気がしないんだ♪ どこかで会った事があるような……不思議な感じなの。だからもっと仲良くなりたいなって思って。だからまた会いにきてほしいな♪」
オリジナルのリーシャとこの子は全くの別個体……の筈なんだが。
「ナーリアちゃん、泣いてるの……? どこか痛いの?」
「あっ、なんでもありません。気にしないで下さい……必ず、会いに来ますから。だから……私と、今度こそ……」
不思議な事もあるものだ。今のリーシャの元になったオリジナルリーシャの想いが……ほんの少し残っていたのかもしれない。
その後の最後さえなければ本当にいい話だった。
「言っておくけどな、ナーリア様は俺のもんだから! お前には渡さねぇからな!」
「す、ステラっ!」
本当に、騒がしい奴等だ。
そして、その後リーシャが、「ステラちゃんとも仲良くしたいな♪」と言い出して、当のステラがあたふたしてるのがとても面白かったというオチが付く。
今回の一件は、少なからず俺の中で一つ、何かが変わり、一区切りついた気がする。
記憶を失って以降バタバタしていたのもあって、ずっとどこかに置き忘れていた。
そういうのも悪くないさ。
自分で決めたなら貫き通せよ。
「さて、そろそろいくぞ」
「……待ってくれ、話しておきたい事が」
私は口の前に指一本立て、軽くウインクして、その先を言う必要がない事を伝える。
一瞬だけ彼が驚いた顔をしたけれど、すぐに諦めたように微笑んだ。
「また会いましょイムライさん」
「ああ、必ず」
そして……。
「じゃあね」
さよなら……私の勇者様。





