姫魔王はフラグを立てたい訳じゃない。
「ちょっとそいつ貸して」
「いいけど……本当に壊すのはやめてよ?」
『だ、ダメです主! 我をこの危険な女に渡すとは……や、やめて下さい!』
「本当にぶっ壊してやろうかしら……」
「アシュリー」
「分ってるわよ。大丈夫……あんたの部屋に送っておくわ」
そう言ってアシュリーは転送魔法を使いメディファスを私の部屋へ転送した……らしい。
消えていく途中、メディファスが『た、たすけ……』とか言ってたので本当に転送しただけなのか気になったけど、アシュリーが本気でそこまでするとは思えないので大丈夫だと思う。……多分。
「さぁ、邪魔者も居なくなったし、ゆっくりショッピングを楽しみましょうか」
メディファスには可哀想な事しちゃったけどアシュリーが珍しくとてもご機嫌なので今回は大目にみてもらおう。
「まずはどこに行くの? 私は酒屋関連を回れればそれでいいから、アシュリーのいきたい所に付き合うわ」
「そう? じゃあまずは……あそこかしら」
アシュリーは私の手を取ってちょいちょいっと足を弾ませながら路地を進んでいく。
アシュリーがこんなにはしゃぐなんて珍しいなぁ。
少なくとも以前一緒に旅をしていた時には見た事がない。
「今日は随分ご機嫌ね?」
「むっ、そう見える?」
いや、どうみてもご機嫌でしょ……?
「まぁ、結構……たのしい、かな」
「そりゃ何よりで。じゃあお姫様どのお店に御用ですか?」
「姫はあんたでしょうよ……」
「それはそうだけど……って、別に私姫ってわけじゃ……」
「いいのよ。姫はもう姫としてみんなに認識されてるんだし」
そういうもんなのかな? 確かにナーリアとかが姫姫言うからそういう認識になっちゃって魔物の人達まで私の事姫って呼ぶようになっちゃったけど……。
魔物達の中でちゃんと名前で呼んでくれるのはめりにゃんとろぴねぇくらいだもんね。
あ、ライゴスもちゃんと名前で呼んでくれるっけ。
「それにしてもアシュリーとこうして買い物するなんて久しぶりね」
「以前パーティ組んでた時以来かしら? あんたはあの時から全然変わらなくて安心するわ」
どういう意味だろう。
少なくともアシュリーは笑顔なので悪い意味では無いのだろうけれど……。
「アシュリーは変わったよね」
「えっ、自覚は無いんだけれど……何が変わったのかしら?」
「表情が柔らかくなった。ちょっと優しくなった。いい笑顔するようになった。いろいろあるよ?」
アシュリーは「ふんっ!」と言って顔を背ける。聞かれたから答えたのに。
「だから! もし楽しそうに見えてるならそれは今この時が楽しいって事よ! 言わせるな馬鹿!」
「そんなに王都に買い物に来るのが楽しみだったの?」
「あんたって人は……!」
私の手を引いて前を行くアシュリーが急に立ち止まって、手を離したかと思うとこちらに向き直り私の胸元あたりをぽかぽか叩き出した。
「えっ、ちょっと、何? どうしたの?」
「馬鹿! アホ! 唐変木! 甲斐性無し! ヘンタイ! もう知らない!」
突然私にいろんな罵声を浴びせて、とことこと早歩きで目的の店へ向かって行く。
「ちょっと待ってよ! 急にどうしたの?」
「うるさいボケ! 自分の胸に聞いてみろ!」
「わかんないから聞いてるんだよ!」
ピタっとアシュリーの足が止まる。
目的地に着いたのかと思ったけどまだみたいだ。
「ねぇ、いったいどういうつもりなの?」
アシュリーが再び私に向き直って、少し真剣な声でそんな事を言う。
「な、泣いてるの?」
「泣いてない! ちゃんと答えろ!」
「どういうつもりって言われても……なんの事だか……」
私何かしちゃったかな?
楽しそうにしてた買い物を邪魔しちゃった?
「はぁ……あんたって本当に朴念仁なのね」
「朴念仁って……いったいアシュリーは何に怒ってるの?」
「そういう所よ。私がなんで楽しんでたのかなんて理解してないんでしょ?」
なんで楽しいか?
「久しぶりの買い物だったから?」
「違う」
即否定された。
「えっと……て、天気がいいから?」
「馬鹿なの?」
むしろ哀れまれた。
「その、ごめん……よく分からない」
「はぁ……こりゃあの子達がやきもきする訳だわ……」
あの子達って……めりにゃんとかろぴねぇの事を言ってるのかな?
……えっ、それって。
「私はね、あんたと一緒に買い物に行けるのが楽しくて嬉しかったの。こんな事も言わなきゃ分からないほどの馬鹿だとは思わなかったわ……。舞い上がってた自分が情けない」
じゃあもしかして、誰にでもこうじゃない、私にだけっていう話は勘違いじゃなかったんだろうか。
「なんて言うかその……ごめん。でもアシュリーが私と一緒って事を楽しんでくれてたなら嬉しいよ」
「そういうとこもムカつくのよね……私だって分ってるのよ。どうせあの時の事はメディファスが変なふうに解釈して中途半端に言葉にしたからあんな言い方になっただけで、どうせ私の勘違いなんだろうなって。あんたが私の事なんてなんとも思って無い事くらい知ってるし」
馬鹿だ。こっちがあの時、すぐに誤解をとこうとしなかったから。
だからちゃんとした気持ちまで嘘にされてしまう。
だからこんなふうに悲しい顔をさせてしまう。
「だけどさ、意識し始めたらなんだかんだ一緒に行動するのも楽しくなっちゃってさ、ガラにもなく舞い上がっちゃってさ、私馬鹿みたい。もういいわ……困らせてごめんなさい、今日の事は忘れてちょうだい」
「待てよアシュリー。これは俺の思い上がりかもしれない……嫌ならいつもみたいに見下しながら笑ってくれ。だから……今日一日、俺と一緒に……その、買い物に付き合ってくれないか?」
そう言って彼女の前に掌を差し出す。
「こっちは最初からそのつもりなのよ。……ばか」
そう呟き、俺の手を握り返す彼女の手は、少しだけ震えていた。





