魔王様と獣達。
自分が自分で無くなっていく感覚。
まさに今私がそれだ。
私は記憶が無い。
だからこそ、今の私にしがみ付いている。
だというのに、その今の私すら偽物だったというんだろうか?
勿論あの魔族王のいう事がただの戯言の可能性もあるだろう。
私が本当のメアであり、あの魔族王が嘘をついている可能性はだってある。
しかし、そんな事をする理由が見当たらない。
やはり私は魔王メアでは無かったのだろうか?
勿論、最初は違えばいい。そう思っていた。
過去の記憶が確かにこの体には記録されていて、それがちらりと頭をよぎるたびに、そんな事が事実でなければいいのに。
そう思っていた。
だけど、今は違う。
私はいろいろな魔物達と交流し、ナーリアちゃんや他の人間達ともいろいろ話をした。
今ではこの国に力を貸してくれる人も大勢増えて、私は今の私を好きになっていた。
私が私である事が誇らしく思えていた。
なのに……。
再び私の身体は切り刻まれ、ところどころに穴が開く。
しかしそれもすぐに修復されて行き大したダメージにはならない。
しかし、治るからと言って痛く無い訳じゃない。
だけど、それでも私は反撃の手が出せずにいた。
この痛みを受け入れていた。
私がこの肉体の主として、この身体に与えられる苦痛を受け入れる事で少しでも私であろうとしているのかもしれない。
バカな事だと思う。
きっとバカなんだろう。
ロザリアは魔族王メアリー・ルーナと戦いながらもこちらをチラリと見てはがっかりしたような表情をする。
期待外れだったと言わんばかりの視線を送ってくる。
それすらも私の勘違いかもしれない。
自分自身に対する疑念が見せる幻……。
そうであったらどれだけいいだろう。
私が、ただの嘘に惑わされて魔族に良いように嬲られているだけのバカだったのならばどれほど気が楽だろうか。
魔族王の言葉に踊らされているだけのバカでありたかった。
そして、その時はやってくる。
ロザリアも注意してくれていた筈だ。
これはただの合成魔族では無いと。
魔族王も言っていた。アーティファクトを混ぜていると。
きっと私は、すべてを甘く見ていたんだと思う。
いくらこの身を削られようと、すぐに治ってしまうから。
負ける事など無いと、そう思い込んでいた。
甘く見ていた。
だけど、今の私にとって負けるという事は、この身が滅ぼされる事や、私の死では無いのだ。
それを忘れていた。
「グルルグゲァァッ!!」
合成魔族が一際苦しそうな咆哮をあげ、その数々の口から光線のような物が吐き出される。
それは私に向かって、ではなく……背後の城に向けられた物だった。
ロザリアが張っていた障壁があるから大丈夫だと、油断していた。
光線が障壁に当たる直前、まるで異空間に吸い込まれるように空に開いた穴に吸い込まれていき、障壁の向こう側から再び光線が現れ城の一部を消し飛ばした。
障壁をすり抜けたのだ。
転移魔法などの応用で似たような事は再現可能だが、まさかこんな理性も無くしたような合成魔族にここまでの芸当が出来るとは思っていなかった。
もしかしたら今の一撃で誰かが死んだかもしれない。
城の中に居る魔物、人間達、その誰かが。
もし死者が出ていなくとも、怖い思いをさせているかもしれない。
私はやはりバカだ。
私が何者なのかなんて事よりも、今重要なのはこの国の危機を乗り切る事だった筈なのに。
だから、悩みは消えずとも、仮に私が魔王メアでなかろうと、戦う事は出来る。
この国を守る事は……出来る!
「すぐに楽にしてあげるって言ったのにうだうだ迷っていてごめんね。ここから本気で相手してあげる」
私はこの拳に全力を込めて、泣き叫ぶ魔族へとぶち込んだ。
一瞬でその身体が消滅してしまう程の魔力を込めて、拳が当たった瞬間に魔力を開放しその体の中へと流し込んで内側から破裂させた。
それを見たロザリアは、うっすらと笑っていたっような……そんな気がした。
「待たせてごめん。私もそっちに……」
「あら、私の子達はまだ遊び足りないみたいよ?」
私がロザリアに合流しようとしたのを見て魔族王は笑っていた。
その言葉の通り、私が振り返るとそこには先ほどまでと変わらぬ合成魔族の姿。
……いや、変わらぬと思ったのは間違いだ。先ほどよりも醜悪に姿が変異している。
「可哀想に……」
これもアーティファクトの効果なのだろうか?
「だったら、再生が出来なくなるまで消し飛ばしてやるわ」
私は再び魔族へ向かい、今度は単純な物理攻撃でその身体を粉々にしていく。
しかし、やはりアーティファクトの効果なのか千切れた身体が自動的に集まり、よりグロテスクになって修復されていく。
やがて、私の拳はその皮膚を打ち破る事が出来なくなっていた。
ガギィィン!!
金属が衝突するような音を響かせ、私の拳が弾かれるようになる。
より強く変異しながら再生されていく身体。
合成魔族の悲鳴は、その身体に比例するように苦しそうになっていった。
「……大丈夫、ちゃんと殺してあげるから」
約束したものね。





