元魔王は面倒がお嫌い。
「ヒルダ様と一緒に戦うのも久しぶりなのである!」
眼前に迫る大量の魔物を見ても臆する事なく、ライオン丸は儂の頭から飛び降り、ぴょこぴょこと跳ねる。
「確かにそういえばそうじゃな。こうやって並び立つ事などほとんどなかったからのう」
セスティと一緒に旅をするようになってからも、ライオン丸とこうして戦う事は無かった。
儂がほとんど力を出す事が出来なかったという事もあるが、メア戦の時も儂は上空、ライオン丸は地上で戦っていた。
「それにしてもお主その体で大丈夫なんじゃろうな? タイムリミットはどのくらいなのじゃ?」
「その言い方はあんまりなのである。我をこんな体にしたのはヒルダ様なのである!」
「そうじゃったか……? あまりに馴染み過ぎていてそんな事は忘れてしもうたわ」
「そんなぁ……でもご安心を! 我はあのロザリア殿にお願いして丸一日くらいは本来の姿で活動できるようになっているのである!」
ロザリア……。
姫様だけど姫ではない。
ややこしい状態になっているようじゃが、儂個人の感想を言うのならば……勝手じゃが、本当にがっかりした。
セスティと再会したと思い込み、記憶が戻る事を楽しみにしていた。
そして、儂に言う言葉の一つ一つ、行動の一つ一つに胸を高鳴らせていた……。
今思えばそれは全部、私に向けられた物であっても……セスティから、ではなかったのじゃ。
それがとてつもなく恥ずかしい。
顔を真っ赤にしたり、勝手に一人でドキドキしたり。
それが全部儂の勘違い。
儂の早とちり。
全ては自らの責任であり、彼女が何も悪くないのは分かり切っている。
じゃがあまりにも惨めではないか。
滑稽すぎて笑えてくるわ。
今頃、記憶を取り戻したロザリアも儂の様子を笑っているじゃろうか。
「ヒルダ様。そろそろくるのである!」
「うむ。これでも儂は元魔王じゃからのう。このような有象無象に負ける事などありはせぬ! 我が実力見せてやろうぞ!!」
そうじゃ。
今はあれこれ考えていても仕方がない。
この恥ずかしさをごまかすために頭の中を真っ白にしてしまいたい。
何か別の事を考えていたい。
じゃから、今は目の前の敵を倒して倒して倒し尽くす事だけに集中するのじゃ。
「儂の八つ当たりは恐ろしいぞ!」
儂は完璧に本来の力を取り戻しておる……。
両手もフリーな事じゃし……あれをやるか!
幸いこちら側はまだ畑も開拓中じゃし、多少大変な事になっても多めにみてくれるじゃろう……多分。
両の掌を合わせ、その中に魔力を注ぎ込む。
丁度手の中に丸い塊を作るように力を練りこんでいくと、やがて両腕で抱えるのがやっとという大きさまで膨れ上がった。
「ライオン丸! これを敵の……そうじゃな、あの辺に打ち込むのじゃっ!」
儂は出来るだけ未開拓方面の奥側を指さしライオン丸へ指示を飛ばす。
「う、打ち込むとはどうしたらいいのであるか!?」
「そのまんまじゃよ。これはぎっちぎちに凝縮した上に周りを障壁で囲っておるからぶん殴っても切りつけても儂が操作しない限り割れはせんから思い切りその斧でばちーんとやるのじゃ!」
「承知! ほ、本当に大丈夫であるか……?」
ライオン丸は恐る恐る斧を構え、儂が「ほいっ」と放り投げると、斧の腹の部分でばちこーんと思い切りかっとばす。
「おおっ! なかなかいい場所に飛んでるのじゃ。ライオン丸は儂に掴まれ!」
「な、なにが起こるのである!?」
「いいから早く掴まるのじゃっ!」
ライオン丸が儂の腕にしがみ付いたのを確認してから、撃ち放った塊の内側のみを起爆する。
どぎゃぎゃぎゃごごごぉぉぉぉん!!
「な、なんである!? 音だけが……!」
儂は周りの障壁はそのままで中身だけを起爆した。
障壁の方はそれに耐えられるだけ強靱な物にする為に八重に重ねておいたが、なんとか耐えきったようじゃ。
そして、一気にその障壁解除する。
すると……。
儂等の方へぞろぞろと向かってくる魔物の群れが轟音に足を止め、音の発信源をちらりと見た。
そして……何が起きたのかは分からずとも、これからどうなるかは身体で理解した筈じゃ。
「既に奴等は引きずり込まれておる」
「……何がどうなっているのである……?」
ライオン丸があの塊を放り込んだあたりに、どんどんと魔物が集まっていく。
密集していく。
そして、消えていく。
「ライオン丸も儂の手を離すなよ。これはあと五分程度は持続するからのう。儂から離れたらお主も引き摺りこまれるぞ」
「な、なんと……我はいつしかヒルダ様の恐ろしさを忘れていたようである……」
ぎゅるぎゅる、みちみち、ぐちゃぐちゃと魔物の群れは一か所に無理矢理吸い込まれ、押し込まれていく。
「うぐぅ……あれは、さすがの我でも引くのである……なんと残虐な……」
「どうせ殺さねばならぬのじゃ。だったら纏めて自動的に数を減らしてくれるこれは最適じゃろう?」
儂が放った魔法は簡易的に時空に穴を開ける魔法であった。
膨大な魔力を一部に集め、その周りを覆い中で大爆発を起こさせる。
するとその中にある空間自体が崩壊を起こす。そして周りの障壁を取っ払う事で、辺りに有る物は一気に失われた空間へと引きずり込まれる。
開けられた穴を補填する為に。
この世界が風船の中だとして、儂はその一部に穴を開けた。
するとどうなるか……。
中に詰められた空気は一気に穴から外へと放出されていく。
つまりはそういう魔法じゃった。
かなり広い空間で、味方が居ない事が大前提の場合にしか使えない限定的な魔法ではあるがこういう場合には適しておるじゃろう。
「吸い込まれた魔物達はいったいどこへ行くのであるか……?」
「知らん。それにあの様子ではどこかにたどり着いた所で既に肉塊じゃろう」
ライオン丸が儂を怯えた目で見てきた。
繊細な奴め。





