ぼっち姫、襲い来る現実。
「……ありがとう。じゃあローゼリアに転移するわ」
私には、いろいろ確かめなきゃいけない事がある。
ショコラを連れて転移魔法を発動。
今までみたいに見える範囲にしか飛べないなんて事はない。
ちゃんと目を開けると、ローゼリアの風景が広がった。
ローゼリアだった物、の風景が。
「……酷い」
「ここはこんなもんでしょ。ローゼリアになんの用なの?」
用、用……か。
私はいったいローゼリアに何の用があって来たんだろう。
どこにも行けなくて、誰にも顔を合わせられなくて。
逃げるようにここに来てしまっただけ……?
見渡す限り瓦礫の山。
まさに廃墟という言葉がしっくりくる。
ここは廃都ローゼリア……。
私が……この身体が生まれ育った場所。
まだ少し記憶が混乱している。
全てが元通りになった訳じゃない。
私の中は今いろんな情報がごちゃ混ぜになっていて正しい認識を持てているのかすら危うい。
だけど、私はここを見ておかなければならない。
「ねぇショコラ。少し散歩しましょ」
「……散歩? 何を考えてる」
「何も。ただ私はこの国を見て回りたいの」
ショコラは未だに私を睨むような目で見ながら、「……そ」と一言だけ呟いて私の後ろを歩き出す。
「ショコラは私が城の中であの神と戦ってる時に近くに居たんでしょ?」
「そう」
「この国はどう? いろいろ見て回ったのかな?」
その質問にはなかなか答えてくれなかった。
しばらくその辺を歩いて瓦礫に混じった魔物の死骸が見え始めると、
「この国は終わってる。多分人間は魔物にされて徘徊を繰り返し……その魔物も魔族によって殺された」
「そっか。……確かに、死体ばっかり」
元々はここの住民だった筈の人達。
その成れの果ての魔物……の、さらに成れの果て。
この人達は生前どんな人間だったのだろう。
どんな顔をしていたのだろう。
そんな事を知ってどうする?
そんな事を知りたいとどうして思った?
分からない。
分からないけれど……私は知りたかった。
この国の全てを知りたい。
全ては今更だ。
私にはこの人達がどんな人達だったのかを知る術はない。
「はいこれ」
「……? これ、は?」
ショコラが私に向かって小さな短剣を投げてよこした。
「それでそこの人映して」
……?
よく分からないけれど私は言われた通りに倒れている人、腐りかけた魔物の死骸を短剣の刀身に映してみる。
すると……。
安らかな顔をした妙齢の男性の姿が映る。
「これは……」
「それがその人の本当の姿。真実を映す短剣だってさ」
なんだそれは。
そんな不思議な物をなんでこの子が持ってるんだろう……。
とにかく、ありがたく借りる事にして、歩きながら見かけた遺体を一人ひとり映し出していく。
そして、二十人くらいは見て回った頃、ある軽鎧を纏った遺体に目が留まる。
「……」
「その人がどうかした?」
短剣に映ったその人は……。
知った顔だった。
私が覚えている顔だった。
なんと言ったか。
名前も知っている。
そうだ。確か、
「……フリッタ」
「フリッタ? その人の名前?」
「そう。フリッタって言ってね。何かと喧しい奴だった」
……正直、知っている顔を見つけたからどうという訳じゃない。
ただ、この国がこんな事になってしまっている事を私は受け止めなければならない。
その為にも、彼を見つける事が出来たのは良かった。
私の心を抉る事が出来るから。
「ちょっと止まって。何か居る」
倒れている遺体の方ばかり見ている私に、ショコラが警告をしてきた。
私達の少し先にある崩れた建物から音がする。
そして、ガラガラと瓦礫が崩れて中から人が這い出てきた。
「う……うぁ……あ……」
生き残り……?
「人が生き残ってるなんて不自然」
ショコラのいう事はもっともだと思う。
思うけれど……私はその人の元へ駆け寄っていた。
見覚えが、ある。
あの綺麗な髪の毛は。
そんな馬鹿な。
当時の姿のまま居るなんて事がある筈ない。
私は夢でも見ているのか……?
私が目の前まで行って、手を貸そうとすると、彼女はそこで初めて私に気付いたように目を見開いて私を見つめた。
「う……うぁ……」
彼女は私を見て口をだらしなく開け、涎を垂れ流しながら泣いた。
その大きくて綺麗な瞳から涙が溢れ続ける。
「あ、……あぁ……ろざ、ろざりあ……」
そう言って彼女は私を抱きしめた。
温かい。
とても懐かしい感覚。
私は確かにこの人にこうして貰った事があった。
「ロザリア……あいた、かった……」
「わたくしもですわガーベラお姉様……」
そう返事をし、強く彼女を抱きしめる。
忘れていた温もり。
当時、気付く事が出来なかった温もり。
彼女は誇り塗れの髪飾りを手に握りしめていた。どうやら這いつくばってこれを探していたらしい。
「わたくしがプレゼントした髪飾り、大事にしてくれていたんですのね」
「あ……ろざ、りあ……」
彼女は私の髪に、蝶の形をした髪飾りを付けた。
そして、にっこりと私に笑いかけて。
満足したように崩れ落ち、二度と立ち上がらなかった。
「……これを、私に?」
私は受け取る資格なんて無いけれど……。
彼女の思いをきちんと受け止めてあげなければ。
私はガーベラを抱えて少しだけ移動し、地面に魔法で穴を開けて彼女の遺体を埋めた。
岩を上に置き、文字を削る。
第一王女 ガーベラ・アルフェリア・エルディ・ローゼリア ここに眠る。
簡素ではあるが、これはせめてもの償いだ。
「……終わった?」
「ええ。待たせてごめんなさい」
ショコラは、私をもう睨んではいなかった。
ただ、とても哀れむような、それでいて困っているような……そんな目で私を見つめ、厳しい事を言ってくる。
「……この詐欺師」
詐欺師。
今の私にはその言葉がお似合いかもしれない。
自分が自分である事を証明する事が出来ない。
皆が思っている自分だと、証明してあげる事ができない。
つまり、私は……。
プリン・セスティではなかった。
お読み下さりありがとうございます。
第二部最大の秘密がここで暴露されました。
彼女がどういうつもりで言っているのか、そして本当は……。
この二部自体がまったく違う意味を持ってくると思うのでこの先の展開もどうか見守って下さい。
今回の話に名前が出て来たフリッタは外伝の方にちょろりと出ているキャラです。
ガーベラとロザリアの関係、ローゼリアで何があったのかなどなど、本編では具体的に語られる事の無い部分なので、もしよろしければ下部のリンク、あるいは目次上部の作品まとめから覗いてもらえると嬉しいです☆





