絶望戦士は理解されたい。
……なんて夢だ。
俺の中にまだ、弱い心が残っていたのかもしれない。
だからあんな……姫に優しい言葉を言わせてしまったのだろう。
実際に姫が生きていたとしても同じ事を言ったかもしれないけれど。
姫はそういう人だった。
「大丈夫ですか……? うなされていたみたいでしたが……」
目が覚めた事に気付いたヒールニントが俺の顔を覗き込んできた。
「……俺は大丈夫だ。それよりなんで俺より早く起きてるんだよ。少しでも休んでおかないとダメだろうが」
「わ、私の事を心配してくださるんですか……? 嬉しい……。 大丈夫です! あの二人はまだ寝てますけど、すぐに起こしますから! 出発の準備をします!」
……。こいつ、こんな顔をしていたんだっけ。
まだ寝転んだままヒールニントの顔を見上げると、彼女は今にも涙の粒を俺の顔に落としてきそうなくらい涙をその大きな瞳いっぱいに溜めていた。
俺の顔にわずかに触れる彼女の毛先がやけにくすぐったい。
「いや、もう少し寝かせておいてやれ。二人とも大分疲れてるだろうからな。傷はお前が治してくれるが疲れまではどうしようもないし……お前ももう少し休めよ。俺は村で食料をわけてもらってくる」
ちょっとだけ気だるい身体を起こし、服についた藁のカスを払い落とすと、未だに眠ろうとしないヒールニントに声をかけられた。
「あの、私も行っていいですか?」
「ん……? いや、飯を分けてもらうだけだぞ?」
「それでも、です。一緒に行きたいのです」
この女はいったい何がしたいのだろう?
別に断る理由もないので同行を許可する事にした。
「好きにしろ」
「はいっ♪」
彼女がやたらと嬉しそうに立ち上がって服を払う。
未だにいびきをかいている二人を残し、外へ出ると、まだ早朝だからか村の中はとても静かだった。
「こんな朝早かったら誰も起きてないか……まいったな」
「ふふっ……ハーミット様でもそんな失敗するんですね」
「俺を何だと思ってるんだよ。俺だってちっぽけな一人の人間だ。今までに失敗なんか山ほどしてきたさ」
「少しだけ、安心しました。……村の人が起きてくるまで、少しだけ散歩しませんか?」
ヒールニントはそう言って少しだけ前かがみになり、俺の顔を覗き込んできた。
こいつはなんで事あるごとに俺の顔を覗き込もうとするんだ。大勢の前に立つ事はあっても、こう特定の人物に見つめられるというのは慣れてないから気恥しい。
「散歩は構わないがあまり人の顔をジロジロ見るんじゃねぇよ」
「もしかして……照れてらっしゃるんですか?」
「うるせぇ」
どうも調子が狂う。
自分だけじゃない、というのがこんなにもペースを乱される物だっただろうか?
以前はあんなに大勢で行動していたというのに。
いや、あの頃は本当に大勢の中の下っ端みたいなもんだったから気が楽だったんだろう。
俺はそのポジションに居心地のよさすら感じていた筈だ。
勿論、いつか姫のように強くなって、皆を、姫を守れるような男になりたかったけれど。
今の俺はどうなんだろうか?
魔族も沢山殺してきた。
以前よりよほど強くなったと思う。
それでも……誰かを守れる男になれたという実感は無かった。
あの頃よりも、その感覚は強い。
きっと誰かを守るために手に入れた力じゃないからなんだろう。
あくまでも自分の為に、エゴを振りかざして自暴自棄になった末に手に入れた強さだから。
「また難しい事考えてますか?」
「……いや、別に……いい、天気だなと思ってな」
「ハーミット様は嘘がへたくそすぎます」
そう言ってヒールニントが笑う。
俺達は特に目指す場所もなく村の隅に流れる川縁に座りこんで流れる水面を見つめた。
「キラキラして綺麗ですよね。朝日が反射して……。こういう平和を守らなきゃなぁってつくづく思うんです」
「そうか。俺は……そんな事の為に戦ってはいなかったな……」
「そうなんですか……? ではハーミット様は何の為に?」
何のために?
「はははっ。何のため、なんだろうな。俺は自分の為だけに戦ってたんだと思うぜ。過去の失敗の尻ぬぐいをする為だけに生きてるのさ」
「それは、あの大戦の事……ですか? ……わ、私ったら……ごめんなさいっ!」
俺は余程怖い顔をしていたらしい。相変わらず俺の顔を覗き込んでいた彼女を怖がらせてしまった。
「謝らなくていい。俺は弱かった。そのせいで大切な人を失った……んだと思う」
「……? 思う、というのは……?」
俺はなんだか、抱えている物を少しでも吐き出したくなってしまって……姫の事、仲間の事。そしてあの戦いで何が起きたのか……気が付いたらそれを全部ぶちまけていた。
「……そう、だったんですか……。これは、勝てないなぁ……」
力なく寂しそうに笑う彼女の真意が見えなかった。
「お前の言う通りだよ。俺は勝てなかった。だからその罪滅ぼしをしたいだけなんだ」
「あっ、いえ……そういう意味じゃ……ふふっ。ハーミット様ってば鈍感ですね♪」
「な、なんだよ……訳がわからん」
「でも……貴方はそれでいいと思います。それに……」
……?
「私も……その姫が……セスティ様が生きていると信じる事にしますわ。聖女の祈りは叶うんですよ?」
……なんだよ……それ。
気が付けば俺は久しぶりに笑って、
そして泣いた。





