魔王様とうっかり大失敗。
私は再び転移魔法でリナリーの家まで帰ってきた。
「お主いったいどこへ行っておったのじゃ……?」
「ちょっと少女の涙を止める為に出来る事をしに行ってきたんだよ!」
ヒルダさんの問いに少し乱暴に答えて、すぐにやるべき事へ取り掛かる。
ここをこうして……こう、ここはこうして……こうして……よし、後は……。
やるべき事を終えた私はもうなんだかヘトヘトになってしまって気が付いたら足に力が入らなくなっていた。
それをヒルダさんが支えてくれる。
「……お主は……たいしたものじゃ。本当に以前のメアとは違うんじゃな。そんな優しい所も、必死になる所も本当にセスティを思い出してしまうよ。今どこでどうしておるんじゃろうな……」
私をその人と重ねられても困るけど、不思議と嫌な気はしない。
ライゴスさんはもうあれから泣き崩れてしまって言葉にならないうめき声ばっかりあげてるし、アシュリーは我関せずって感じで呆れたようにこちらを眺めていた。
私は少しだけ休ませてもらって、皆と一緒にリナリーを寝かせた寝室へ向かう。
「おねえちゃん……らいごす君……」
リナリーは、もう目覚めていた。
上半身を起こして、いろいろ考え事をしていたのか頬には新しい涙の痕が見えた。
私は優しく微笑みかける。
「リナリーちゃん、また仲良くしてあげてね」
「?」
何のことか分からず困惑するリナリーに向かって私達の背後から走って来るソレの足音。
私の横を通り過ぎてリナリーに飛び掛かる。
「えっ!? えっ、なに!? どういう事なの??」
必死にリナリーの顔を舐めまわす白い子犬。
「……えっ、この子は……? 私、悲しいけれど……私が好きだったのは……シロだよ?」
「わんっ!」
「えっ……?」
「わふわふっ!」
その子犬はベッドから飛び降りライゴス君を咥えると、再びベッドに上がろうとして……失敗して落ちる。
「お、おい! その身体では我を咥えて運ぶのは無理である! 諦めるのだシロ!」
「……シ……ロ?」
「ちょっと姿は変わっちゃったけどね、間違いなくこの子はシロだよ。だから、これからもこの子をよろしくね?」
「シロ……? 本当にシロなの?」
「わんっ!」
「これっ! いきなり我を落とすでない!」
「シロ! シロぉ……!!」
シロをぎゅっと抱きしめて再びリナリーが号泣してしまい、当のシロもどうしていいか分からずそのほっぺたを舐め続けた。
「おい魔王様。少女の涙を止める、んじゃなかったのか?」
アシュリーがこっち見てニヤニヤ笑ってる。
ほんとに意地が悪いハーフエルフだよこの子は。
「別に、この涙は流してもいい涙でしょ?」
私はあの時、まだシロの息がある事を確認した上で、脳が乗っ取られた訳ではない事も確認した。
あの巨体に変質した身体でも、不思議な事に内臓類は元の大きさのままだったのだ。
あの状態で蟲を取り出すと死んでしまう可能性があったのでそのままにして王都へ行き、犬の散歩をしている人を見つけ、なんとかお願いしてじっくり身体の内部構造を見せてもらった。勾玉様々である。
そこで見た子犬の内部構造記憶を引き出しに収納して、再びここに帰ってきた。
それから私は外見は元気だった頃のシロの物をベースにして内臓を作っていくのだが、子犬の物だったためにサイズ感が合わずやむを得ず外見を子犬の物に変更。
そして巨大化しているシロの中から一切汚染の無い無事な脳を取り出し、新たな身体に移植した。
子犬の身体に成犬の脳みそなので、それが入るように微調整した所、若干頭でっかちな子犬になってしまったが……これはシロだ。
身体も、心臓を含む内臓、筋肉、血液に至るまで作り物だとしても、それを動かし、生きていくのは紛れもなくシロなのだ。
臓器移植などをすると若干性格に変化が出る事があるというのは人間でもたまに聞く話だが、この場合は何か変化が出てしまうのか見当がつかない。
少なくともあの時見た子犬の物を再現した身体なのでちょっとした変化はあるかもしれない。
でもシロの命を繋いだって事である程度の問題にはご容赦願いたいものである。
とにかく私は疲れたけれど、既に涙は止まり、頭が少し大きな白い子犬を抱きしめ満面の笑みをした少女を見たら……頑張った甲斐があったってもんだよね。
私達は改めてリナリーに挨拶し、今更起きてきたパパさんにもシロの事を説明して……実はこれが一番面倒だったんだけどね。全然理解してくれなかったから。
とにかく私達はリナリーの家を後にした。
今度こそ。
次はクワッカーを探し出してとっちめてやる。
しかし、私は一つ大事な事を見落としていた。
思っていた以上にシロの新しい身体には問題があったらしい。
立ち去る私達の背後、家の中からリナリーの大声が聞こえた。
「シロが女の子になっちゃったー!!」
私は逃げた。





