魔王様と姫と元魔王。
「ショコラ? どうかしたの?」
なんだかショコラの様子にただならぬものを感じて話しかけてみたんだけれど、彼女はチラっとこっちを見て、もう一度手元を見てから一言だけ「……なんでもない」と言った。
私嫌われてる?
まあ私魔王だし? みんなの大事な人を酷い目に合わせたんだから嫌われて当然なんだけどさ。
だけどこう露骨に避けられると悲しい。
でもでも、私の中に居る筈の人が今外に居るんだったらまた話は別じゃない?
「お姉ちゃん、なんとかならないんですか!?」
「今元魔王が何とかしてるから待ってろ! ……それに、アレが姫とは限らねぇよ」
「どういう事です? ショコラも間違いなく姫の声だと……」
「外の会話聞こえてねぇのか? どう聞いても女の声は神の事を知らないみたいだぞ」
確かに、会話を聞く限りその姫って人は相手が何者なのかも分かってないようだった。
「……確かに、姫なら神の事を知らないはずは……でもこの声は間違いなく姫ですよ……どうなってるんですか……?」
ナーリアちゃんも急に不安になったのか先ほどまでの勢いは消え、アシュリーの服の袖をぎゅっと掴んでいる。
「ここが私の生まれ故郷って事?」
『……まぁ、ある意味では当たっているとも言えるし、違うとも言える』
「今の聞いたか?」
「はい。間違いなく……。ある意味ここが生まれ故郷、という事はやっぱり姫ですよ!」
「いや、早まるな。そうとは限らん。よく考えろ」
私は完全に状況が分からず、この結界を破る事にも役に立てず様子を伺うしか出来ないのだけれど、アシュリーの次の言葉を聞いて更に混乱した。
「たとえそこに居るのが姫の身体だとして、中身がプリン・セスティとは限らないぞ」
……? どこかの姫の身体に入ってるって話だったよね?
だとして、もし中身が違うなら考えられる可能性は何があるんだろう?
元の姫様とか?
「そんな、そこに居るのがローゼリアの姫だって言うんですか!?」
「その可能性もあるって言ってんだよ。騒ぐなうるせぇ」
「もし、もしそうなら姫は、いったいどこに居るって言うんですか!?」
身体が姫様? 中身も姫?
ちょっとややこしくなってきた。ナーリアちゃんが言う姫っていうのは多分セスティって人の事だよね。
その時、急に外が騒がしくなった。
「……おいおい、戦い始めたぞ!」
「やっぱりおかしいですよ。中身がローゼリアの姫なら神相手に戦えるわけないじゃないですか!」
「……確かに。だとしたら……ここのメアと同じように記憶を失っている可能性があるぞ……めんどくせぇ事になってきやがった」
私はちょっと気になった事があって口をはさむ。
「その姫って人なんでそんなに強かったの? それが不思議なんだけど……」
確かに、極悪魔人だった頃の私と引き分けたってくらい強い人なのはなんとなく聞いてたけど、ちょっと人間として異常な気がする。
私は体にアーティファクトを幾つも持っていて、そこから無尽蔵にエネルギー供給もされるし必要な物を使う事も出来る。
それ相手に人間がどうにか出来るものなのかな?
「……姫も半分アーティファクトなんだよ。いろいろあってな」
アシュリーの解説でなんとなく理解した。だったら……。
「そのアーティファクトで強化された身体を、そのローゼリアの姫さんが使ったら記憶なんか無くてもある程度戦えるんじゃないの?」
そう。それが私の気になってた事。
今の私みたいに、何もわかってなくても肉体の方が強ければある程度どうにかなるんじゃないかなって。
「いや、説明しにくいが姫……セスティは魂がアーティファクトと同化してるだけだ。だから肉体だけじゃ意味がない。身体の方は魔力量は桁外れだが肉弾戦は無理だろう……待てよ? だとしたらやっぱり今外にいるのは姫って事か。記憶障害説は濃厚だな……」
「だったらあれはやっぱり姫という事ですよね!? それが分かれば十分です! 記憶を失っていようと、無事でいてくれたなら……! 早く、早く外に出なければ!! めりにゃんまだですか!?」
「わしだって急いでおるわ。もうちょい待ってるのじゃ……。 セスティに早く会いたいのがお主だけだと思うでないぞ!!」
ヒルダさんは結界をどうにかする事に集中しているから口調は冷静だけれど、その表情からは怒りと焦りが見て取れる。
「ごっ、ごめんなさい……。めりにゃんも私と同じ気持ちですものね」
ナーリアちゃんが本当に申し訳なさそうに謝り、それをチラっと見たヒルダさんが笑いかける。
「……わかればよいのじゃ」
なんだかこういう関係って羨ましいな。
同じ大切な人を想って気持ちを共有するってどんな気分だろう。
「……どういう事?」
そして、少し離れた場所でショコラが一人、相変わらず難しい顔をしていた。
あの子は一体何をしてるんだ?





