大賢者は破壊してみる。
なんと恐ろしい事だろうか。
私の知らない間にショコラがそんなとんでもない物を二つも所有していたとは。
「とにかくそれをその辺りの魔物の眼前に」
アレクに促され、ハッとした私は出来る限り動揺を悟られぬよう、言われた通り手近な魔物の死骸の前に差し出す。
すると、そこには……。
確かに、元人間だったというのは本当らしい。
ここに映っている姿が、この魔物の本来の姿……。
私が見たのはまだ幼い少女の姿。
魔物は人型をしてはいたが、とても少女とは思えないほどに巨大化していた。
これほどまでに大きな変化を身体に与え、自我を奪い、ただひたすらにその近辺を徘徊、動く者を襲うだけの存在に変えてしまう。
これを、あのメアがやったのだとしたら。
今がどうあれ私はやっぱり簡単に許せるような事ではない。
別に私に関係の無い人達が関係の無い場所で酷い目にあわされていようと、そんな事に激怒するほど人が良くできてはいないが……。
本人の意思を無視して人体改造ししかもそれがこんなお粗末な仕上がりだとするなら……それは禁忌を犯した事への怒りよりも、中途半端なその御業に対しての怒りが先に立つ。
おそらく、この有象無象の実験体を犠牲にして、少しずつ精度を高めていったのだろう。
だったら未完成品や失敗作は自分の手で始末をつけておくべきだろう?
こんな悲しい存在ばかり大量生産しやがって……。
私の中の研究者気質が、このやり方をどうしても許せなかった。
「ナーリアには言わないで。自分が殺したのが人間だって証拠がでちゃうと気にするでしょ」
再び私の耳元で突然ショコラの声がした。
……が、今度は不思議と飛び上がるような思いをする事はなかった。
この子も人の事を心配したりするのか。
普段ナーリアに対して悪態をつくか避けるかしているショコラが、今この時は確実にナーリアの事を気遣っている。
それがどれだけのショックを与えるか分かっているのだ。
「……ありがとう。そうするわ」
当のナーリアと言えば少し離れたところで魔物と魔族の残骸に囲まれたこの状況だというのにメリーときゃっきゃうふふしながら楽しそうにしている。
我が妹ながら頭がおかしい。
とにかく、今はそんな事はどうでもいい。とにかく必要なアーティファクトを調達する事を最優先しよう。
「おいメリー。アーティファクトの反応はどこからだ? 役に立ってみせろ」
「はーい♪」
メリーがナーリアと戯れるのを切り上げてこちらにとてとてと走ってくる。
その尻を追いかけるようにナーリアまでにこにこしながらこちらへやってきた。
「えーっとですねー。うーん。すっごく近いですよー? この下ですね下」
この下? 地下室があるのか?
「なるほど。地下室ですか……そういう事ならどこかに地下へ続く扉があるのではないでしょうか?」
アレクが言う事もごもっともなのだが、できれば私はここにメアが合流する前に必要な物を揃えてしまいたい。
「お前らちょっとここから離れろ!」
他の連中は私がやろうとしてる事を察してか慌てて入り口の方まで退避する。
それでいい。
私は地面へ向けて中規模の攻撃魔法を放つ。
爆発を起こさないように、出来る限り魔力を調整しながら下へのみ衝撃が行くように向け、土系の魔法で石畳を消滅させる。
「お姉ちゃん凄いです!」
「マスターこわっ! こわっ! マスターこわっ!! こわすたー!」
ナーリアとメリーが抱き合いながら騒いでいる。
それにしてもこわすたーってなんだよ。
「大賢者アシュリー。確かにその実力は確かのようですが……もう少し穏便なやり方はなかったのですか? 少々乱暴すぎるのでは……こ、これは……?」
アレクが吹き飛んだ瓦礫を乗り越えながらこちらへ歩いてきたが、私の足元を見て黙る。
石畳は一通り吹き飛んでいるが、その遥か下、地中から現れた黒光りする素材は傷一つなかった。
「メリー。この中か?」
「おー! これまた珍しい物がでてきましたねー♪」
「あら、確かに珍しいですわ。こんな所にどうして?」
瓦礫の向こうからこちらを覗き込んでいるメリーと、シリルが同じように驚く。
「どういう事か説明しろ。これはなんだ? 私は部屋を探り当てるまで地面を掘るつもりだったんだ。でもこれは私の魔法では傷一つついていない」
「宝物壁ですねー」
「宝物壁ですわー」
二人の発言はほぼ同時。
要するに、宝を守るための壁だと思えばいいのだろう。
「これを突破するにはどうすればいい?」
「うーん。難しいですよー? 大抵の場合決まった開錠方法が設定されていますしー。例えば特定の呪文、特定の人物の声、または特定の道具。それが揃わなければ開く事は無いですねー」
ちっ。それじゃあこの中身を手に入れる事は不可能って事じゃないか。
当時生きてた人間の声や、そいつらが決めた呪文なんてどうしろってんだ。
逆に言えばここは放っておいても安全って事か……?
いや、それは違う。
魔族は明らかにこれを目当てに来ていた筈だ。
だとしたらこれを開ける方法があるという事だろう。
放置はまずい。
「いえ、これなら開けられますわね。お姉様ぁー? どこですの??」
シリルには開け方が分かるらしい。
が、どうしてそれにショコラが必要なんだ?
「呼んだ?」
私の耳に息を吹きかけながらショコラが現れて、私は飛び上がった。





