元魔王が死魚の目になる日。
「ヒルダ様。早く起きて下さい。いつまで寝ているのですか?」
平坦でぶっきらぼうな声に起こされ目を開ければ相変わらずの仏頂面。
昨日の夕食時のアレクはどこへ行ったのじゃ。
そして儂自身の消化能力の高さに驚かされる。
腹がパンパンになって身動き取れなくなるくらい食べて寝たのに、今は既に腹がすいているとは……我ながら情けないのじゃ。
「朝食は自生していた穀類を潰して粉にし、練って焼き上げた簡易的なパンと昨日のスープの残りです。簡単な物ですがこれで我慢して下さい」
……簡単なものか。野営でなんの準備も無しにここまで出来る奴が他に居るとは思えぬ。
「お主は本当にどこかの街で食堂でも開いた方が人生楽しく過ごせると思うのじゃが……」
「本当ですか? それは嬉しいご意見ですね……。世界からあらゆる脅威が無くなったらそういう生き方をするのも悪くないかもしれませんね」
そんな日が来るかのう。
儂の目的は世界平和では無く、現状の情報を得る事と自分の力を取り戻す事、そして魔王メアリーをどうにかして可能ならセスティを取り戻す事。魔族問題を解決する事。
これだけなのじゃが……もしそれが世界平和に繋がるのならば儂も努力しよう。
こやつが店を開くならそれはそれで興味があるしな。
「しかし見つけるのはすぐじゃと言っておったが場所に心当たりでもあるのかのう?」
「心当たりという訳ではないのですが、私の使える数少ない魔法の中にエリアサーチというのがありまして。魔力を検知する物なのですが、生き物が多少なりとも体内に持っている魔力も検知できるんです。なので、一際大きい反応を手繰れば……」
「そこに聖竜が居るという訳じゃな」
その通りだと言わんばかりにアレクはモノクルをくいっと持ち上げながら頷く。
食事を終えた儂たちは早速アレクの魔法を使ってみたのじゃが、やはりドラゴンともなると体内に蓄えている魔力量はかなり大きかったらしくすぐに場所が判明した。
山頂にでも住んでいるかと思いきやそんな事はなく、山の向こう側の麓に反応があるとの事で、山を一周ぐるりと回って反対側へ行ってみるとそこには大きな洞窟があった。
「なるほど……こちら側はすぐに別の山があり谷間になっていますからね。人がここまで来る事はまずないでしょうし隠れ家としては最適ですね」
そういう物なのか。確かにわざわざ山に入ってくるような奴は食材を探しに来る一部の連中のみじゃろう。あとは無駄に山を登るのが好きな奴等じゃな。
しかし登って帰るだけなら反対側に来る意味もない……そういう事じゃ。
「ドラゴンはある程度の知性も持ち合わせているでしょうから突然攻撃されるような事はないかと思いますが……一応注意をしていて下さい。常に私の後ろに隠れているように」
「お、おう。分かったのじゃ」
アレクはいつでも抜けるようにその二本の剣に手をかけつつもためらう事なく進む。
「……普通こういう洞窟ってもっと奥が深いものではありませんかね……?」
儂もそういう物だと思う。
でもその洞窟はせいぜい五十メートル程度じゃった。
山の中をくり抜いたようなその空間に、聖竜は居た。
「私はアレクセイ・バンドリアと申します。貴方をご高名な聖竜とお見受けしました。何卒我々の話を聞いて頂けないでしょうか?」
聖竜は全身真っ白で、長い首、大きな翼、そして首と同じくらい長い尻尾をそれぞれ一度震わせてからこちらをその金色の眼で見据える。
『このような所に人間がなんの用だ。我を討伐に、というのなら受けて立つがそういう訳でもなさそうだな。話だけは聞いてやる。言ってみろ』
口から声が出ているのではなく、大気が震え、その振動が耳に直接言葉を届けているような感じがする。儂はこの感じにちょっとした懐かしさを覚えた。
「感謝いたします。実は……」
アレクは我々が急ぎローゼリアに行きたい事、そして片道だけでもなんとか力を貸してもらえないかというのを告げ、頭を下げる。
『ほう、事情は分からぬが我の背中に乗ろうという厚かましさが気に入らん。帰れ』
「そ、それを何とか。お願い致します。なんでしたら我々をその足にぶら下げてでも構いません!」
『くどい。我はお主の事情など興味はない失せろ』
「申し訳ありませんがこちらも手段を選んではいられないのです。力尽くでも……」
『ほう。人の身で我を力でねじ伏せようとほざくか。愚かな……』
なんじゃなんじゃこの態度でかい竜は!
「黙って聞いておればお主は何様なんじゃ! 聖なる竜だかなんだか知らぬがこれだけ頼んでいるのに問答無用で失せろはないじゃろうが!」
聖竜とアレクが目を丸くして儂を見つめる。
『この小娘が……言いおる。よかろう、その男の愚かさを呪うがよい。まずは貴様から……ん、いや待て……その姿、どこかで……』
「ヒルダ様。下がっていて下さい。どうやら戦わずして結果は得られないようです」
『ヒルダ!? もしかして魔王んとこのヒルダちゃん!? うわー久しぶり!! 忘れちゃった? せいちゃんだよー! 思ったより背伸びてないけどどうしたの? 魔力も全然感じないし……何かあったの!? せいちゃん心配だよ詳しく教えてくれるかな!?』
……な、なんじゃぁ??
アレクは哀れな物を見るような目でせいちゃんと儂を交互に見た。
「や、やはり儂は昔お主に会った事があるんじゃな。なんとなく覚えておるぞ」
『ほんとに!? やっだー覚えててくれて嬉しいっ♪』
儂は軽くドン引きしながら、儂の今の状況を説明してやった。
「で、どうじゃろう? 力を貸しては……」
『貸す貸す貸しちゃう! せいちゃんに任しといてっ☆ あの可愛かったヒルダちゃんが頼って訪ねてくれるなんて……あぁ嬉しいなぁ。……おいそこの人間。貴様も特別に背中に乗る事を了承してやろう』
「……えっ、あ、はい。ありがとう、ございます」
珍しくアレクが困惑しておる。
とにかく、これで儂らは心強い……かどうかはともかく仲間を得て、無事ローゼリアへ向かい空を舞う。
『じゃあローゼリアまで行っちゃうよー♪』
「……」
『もう! 元気ないなぁ。せいちゃん悲しい!! ほら、元気よく! ローゼリアに行っちゃうよー?』
「「おー」」
儂ら、この時ばかりは死んだ魚のような目をしていたに違いない。
お読み下さり有り難うございます。
評価、感想、レビューなど頂けると非常に励みになりますので応援よろしくお願いします。
以下作品紹介
ぼっち姫は目立ちたくない!の前日譚
【滅国の魔女 〜姫が王国を滅ぼした理由〜】
https://ncode.syosetu.com/n9934fl/
作中登場のあの人達が主役の物語。ぼっち姫と合わせてお読みいただけるといろいろ分かるようになっています。
★新作★
【とある魔王の日記帳。】
https://ncode.syosetu.com/n5782fo/
毎日1話更新。2〜3分で読める日記コメディです☆
どちらも上記URLか作者の作品一覧よりご覧ください☆
下部にある広告下にもリンクがありますのでそちらからもどうぞ♪





