元魔王が絶賛した趣味。
「うわぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 止まれ! 止まるのじゃぁぁぁっ!!」
「いいえ止まりません! 動き出した私を止められる者は、この世に誰一人として存在などっ! しないのです!!」
こいつ変なアイテム使ったらテンションがおかしな事になってしもうた!!
儂を担いで走ると言っておったが、現状は儂がなんとか奴の襟元にしがみ付いている状態じゃ。
少しでも油断したら振り落とされてしまうやもしれん。
これを一日中じゃと!?
無理無理無理無理!!
「無駄無駄無駄無駄ァッ!」
「何が無駄なのか説明しろーっ!!」
「……ふぅ。少々お恥ずかしい所をお見せしてしまったようですね」
……儂はもう疲れてしもうた。
結局、アレクは物凄い勢いで一日中風を切り裂きながら走り続け、思ったよりも早い時間でホーリードラン山まで到着してしまう。
もう儂は満身創痍で、所かまわず地面に突っ伏して体を休めた。
というより腕が痺れて力が入らんし立ってるのも億劫な状態じゃった。
「なぜヒルダ様の方が疲労困憊なのか理解に苦しみます」
「……」
ツッコミを入れる事すら面倒で、喋るのにエネルギーを使うのも嫌だった。
「仕方ありませんね。少しそこに転がっていて下さい。食料を確保してきましょう。今夜はここで野営をして、明日本格的に捜索を開始します。……と言ってもすぐに見つかるでしょうけれど」
すぐに見つかるとはどういう事じゃ? と聞こうと思ったのじゃが、やはり口を開くのもしんどくて気が付いたら眠りに落ちていた。
「さぁ、食事が出来ましたよ。今日はきちんと栄養を取って明日に備えて下さい」
「……馬鹿な」
アレクの声といい匂いに起こされた儂の目に飛び込んできたのはとんでもない量の料理。
しかもどれも高級料理のようなしっかりしたものじゃった。
儂は人間が作る料理が好きじゃ。
初めて口にした時は大層驚いた物じゃが、自分で作れるわけでもなくお金を持っていた訳でもないのでセスティと共に行動するようになってから街で食べる食事は儂にとってごちそうばかりじゃった。
ここに並んでいる料理は、そういう店で食べるような料理となんら遜色ない。
むしろとてもいい匂いがする。
木を削って作られた匙でスープを掬い、一口飲んでみると身体の疲れが一気に癒されていくようじゃった。
「この匙や器は自分で削り出したのかのう?」
「ええ。そんな物を持ち歩いてはおりませんでしたからね。山で調達しました」
「このスープはどうやって作ったのじゃ? ここには調理器具など何も……」
「食料に関しては山にいくらでもあります。調味料は少々不足気味でしたのでそれは食材本来の味で勝負するしかありませんでしたが……水自体はすぐそこに川がありましたし、鍋はここに生息している動物の中にとても硬質な皮を持つのが居ましてね。その肉は食事に、皮は広げて鍋代わりに使わせて頂きました」
……めっちゃ喋る。
この男、料理大好きなんじゃろうか? それともこういうサバイバル生活みたいなのが好きなだけじゃろうか……。
……きっとその両方じゃろうな。
辺りを見渡してみると、削りだされた木の残骸は細かく砕かれ薪にされており、食材を捌く時に使ったであろう鉱石を鋭く切り出したナイフなどが置いてあった。
あまりに美味いのでそのまま一気にスープを飲み尽くし、メインである肉料理に手を付ける。
何の肉かは分からぬが柔らかいし臭みもないし焼き加減も絶妙で、味付けに関しては何かの木の実をすり潰したような粉がかかっており、それがとてもスパイシーでいくらでもペロリじゃった。
「……お主、店でも出せる味じゃぞこれは」
「本当ですか? 実は趣味で自分で作るだけで人に食べて頂く事自体は初めてなのです。昔騎士団に所属していた頃は料理などしている余裕は無かったですし非常時にはそのまま虫や蛇などを生で齧るしかないような時もありましたからね。料理は騎士団を辞めてから自炊せざるを得ないので始めたのですがこれがなかなか面白くてついいろいろ独学で勉強しましてね。やっとここまで出来るようになったところなのです。しかしそれをそんなに評価して頂けるとは」
「分った、分かったのじゃ! とにかくおかわり! まだあるじゃろ早く食べさせるのじゃ!」
こやつ人が変わったようにニコニコしながら早口で喋りまくりおって……。
人は見かけによらぬという典型的な例やもしれんのう。
「かしこまりました。まだまだ肉もありますからね。まずはこちらをお食べ下さい。その間に追加で焼いておきましょう。次は少し味付けを変えて」
「分ったのじゃ! とにかく任せるからどんどんもってくるのじゃ!!」
「……! 勿論ですともッ!」
……儂、明日満腹で動けぬやもしれん。





