変態弓士は爆発を止められない。
しばらく悶々とした日々が続いた。
「あ、あの……私、今日はこれで……」
「あっ、ステラ! ちょっと待って下さい!」
私の言葉を待たずにスタタタと部屋を出て行ってしまう。
あの日からステラがよそよそしい。
目が合うとすぐに逸らしてしまうし、話しかけてもそっけない返事が返ってくるだけ。
あの時のステラの言葉はいったいどういう意味だったのだろう。
あれは、私に対する好意……じゃなかったのかなぁ……。
うぬぼれだったんだろうか。
もしそうならめちゃくちゃ恥ずかしい。
もしかして逆に、めちゃくちゃ嫌われてるという可能性はないだろうか?
私に怒られるかもしれないから苦手な家事も我慢して、無理してやってくれている……。
兄であるテロアに恥をかかせないためにやむを得ず……。
うわぁぁぁぁぁぁ。
もしそうだったらどうしようどうしよう?
翌日、この何とも言えない空気感に耐え切れずに私はステラに言ってしまった。
「ステラ、もし……続けるのが嫌ならば誰か他の人に交代して頂いても構いませんよ。むしろ……テロアさんの言う魔族とやらが出る気配もありませんし私が出て行くべきかもしれませんが……聞いてますか? ……ステラ?」
うっ。
私は、何か対応を絶対的に間違えた気がする。
ステラがボロボロと大粒の涙を流しながらこちらを見つめていた。
その様子を見て尚更どうしていいか分からず、私がこの部屋から飛び出してしまいたかった。
「……どう、して……? 私が……満足にお世話も出来ないからですか……? ナーリア様が大好きな姫って人と比べて可愛くないからですか……?」
ステラの涙は止まらない。床にぽたぽたと雫が垂れて小さな水たまりが出来ていく。
姫の話が出た時に分かりやすく動揺してしまい、それを肯定と受け取ったのかステラが泣き崩れ地面に座り込んんでしまった。
「ご、ごめん……なさい……私……私、もう、ここには来ませんから……!」
ダメだ。今、この子を行かしちゃダメだ!
慌てて部屋から出て行こうとするステラを急いで追いかけてその腕を掴む。
「離してっ! 離して下さいっ!」
私の手を振りほどこうとステラは暴れた。
あまりに暴れるので、私はその手を離すまいと、彼女の動きを止める為に引き寄せ、そのまま抱きしめた。
「……っ、なーりあ、様……?」
「ステラ。ごめんなさい。私、てっきり貴女に嫌われてしまったと思って……。だから、嫌ならば変わってもらうか、私が居なくなればいいと……」
「そんな、そんな事ある筈ありません! だって……ナーリア様は、ナーリア様は私の……」
私の……。
その先は声が小さすぎて聞こえなかった。
「私の、何? 教えて」
「ナーリア様は意地悪です。とても、とっても意地悪です」
「……うん。知ってる。私は意地悪で性格悪くて家事も全然できなくって女らしくなくて自分じゃ何も決められない。何もできない。……そんな女です」
「そんな事ありません! ナーリア様は……ナーリア様は、とても素敵な方です!」
……きっとこの子は私が姫と一緒に魔物の大群を相手に戦ったっていう話を聞いて、変な幻想を抱いてしまっているんだ。
それがいい事か悪い事かは置いといて、話に聞いて憧れを持ってしまったっていうのはセスティ様に憧れたあの頃の私に似ている。
「私は大事な姫一人守れなかった役立たずですよ」
「違います! 少なくとも……少なくとも私はナーリア様に命を助けられました!」
……どういう事?
ステラは再びその綺麗な瞳を涙で溢れさせながら、「あれはもう何年も前です……」と語り始める。
私と、ステラの初めて会った時の話を。
私がまるで覚えていなかった話を。
それは、私が冒険者になりたてで経験も浅く、弱い魔物一匹倒すのにも苦労していた時代。
ディレクシアから少し離れた街道で、大通りにしては珍しく魔物が現れた事があった。
勿論群れからはぐれた小さな、弱い魔物一匹。
普通の冒険者ならすぐにでも倒せるような相手。
それでも、か弱い少女には脅威だった。
私はちょうど魔物討伐依頼を受けて、失敗して王都に帰る道中だった。
あれは蝶のような鱗粉をまき散らすタイプの魔物で、それにやられて少女は呼吸困難になっていた。
私は必死の想いでその魔物に矢を放ち、なんとか倒してその少女を王都の医療施設へ運び込んだ。
私は、あの時の少女が誰だったのか、その後どうなったのかも知らない。
命に別状はないとの事だったので安心した事だけは覚えていたが。
あの一件で私は初めて一人で魔物を討伐した。
きっとあれだけ必死になったからこそ得た結果だろう。
その後調べたら私はほぼ必中のスキルを発現させていた。おそらくなんとしても少女を助けなくてはという思いがあればこそだった。
だから、私はあの時の少女に感謝していた。
私と出会ってくれた事、そして私に助けさせてくれた事。そして、その命が助かってくれた事。
「あの時の少女は……ステラ、貴女だったんですね」
優しく、彼女を抱きしめて頭を撫でる。
そういえば姫にもこうして頭を撫でてもらった事があったなぁ。
「……はい。兄からナーリア様の話を聞いて、特徴的にもしかしてって思ってました。そして、やっぱり貴女は私の命の恩人。ずっと言いたかったんです。ありがとうって……。そして、なんでもいいから役に立ちたかった。……だから、だから……私をお傍に置いて下さい。変わってもいいなんて言わないで……」
私は馬鹿だ。
本当に自分の事ばかりで人の気持ちを理解できない。
弱弱しい声で涙ながらに訴える彼女の身体は、震えていた。
期待と、不安が入り混じっているんだろう。
ここ数日、彼女には辛い思いをさせてしまった。
「ステラ。じゃあ、もう一度改めてお願いさせて下さい。私の身の回りの事、お願いできますか?」
「……はいっ♪」
そう言って笑う彼女の笑顔がとても眩しくて。
私の心の中の暗い部分まで全部光で照らしてくれているような気がして。
ちょっとくすぐったいけれど、幸福ってこういう事を言うんだろうかって。そんなふうに思えた。
「ナーリア様。……あの、私……」
「どうしたの? ステラ。言いたい事があるなら言って」
ステラは私に抱き着いたまま、私の胸に顔をうずめて小さな可愛らしい声で言った。
「……私、今日……帰りたく……ない」
えっ。
えっ? えっ!?
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
わたしののうないはばくはつした。





