序章 第二話 乙女の仕事。
さて、改めて名乗ろう。
俺の『今の』名前は三日月・ユースティティア・飛鳥。
常都王国における最下級貴族である男爵家の長女として生まれたが、世界最強の剣士を目指すべく冒険者になった、体感年齢四十一歳のピッチピチの十八歳だ。
冒険者とは、平たく言えば常都王国の何でも屋だ。
主に魔物の討伐を生業にしていることが多いために、その行動を差して結局はただの『狩猟者』と揶揄されることが多いが、実際には依頼されれば危険地帯の護衛を始め、運搬、探索、斥候、発掘、その他諸々の様々な仕事をこなす。
とは言え。
基本的には平和で、騎士団や正兵隊を始めとする軍事組織が発達し、訓練された魔術士や剣士を存分に派遣できるこの国では、冒険者の仕事というのは魔物の狩りに限定されてしまうことが多く、基本的には冒険者=狩猟者という認識は間違いではない。
ちなみに、この国では魔物や魔獣が普通に生息し、魔術も広く普及しているが、基本的には電子機械や科学技術が発達し、普通にスマホやテレビがある。
その為、連絡には電話やメール・SNSを使い、運搬には飛行機や自動車などの機械を使うので、尚更に冒険者が働くことの意味は薄くなっている。
ていうか、日本にいた時よりも科学技術は発達してるな。普通にアンドロイドがコンビニやスーパーで働いているし、パワードスーツやサイボーグ何か珍しくないし、搭乗型の巨大ロボットだって農家には一家に一台あるくらいだからな。
そんな中、冒険者の数少ない、且つ、最大の収入源となる仕事が、魔物と魔獣の討伐だ。
常都王国においては魔物とは、『魔力を大量に体内に蓄積した生物』の総称の事であり、魔獣とは、その中でも特に魔力の多く、凶暴化した『特殊個体』の事である。
実はこの国の魔物発生率の高さは異常であり、月に一度の頻度で魔物の大量発生、所謂スタンピードが起こるのは序の口。
春分・秋分、夏至・冬至の季節の中でも最も重要な日に合わせて巨大魔獣が暴走したり、凶悪な魔物が大量増殖したりする。
また、特定の魔物は梅雨と秋雨に合わせて増殖する性質を持っている為、この国は二か月に一遍は巨大な魔獣と戦う日々だ。
凄いぜ。古龍渡りみたいなことが一か月に一回は起こるし、二か月に一回はゴジ○見たい奴が首都を襲ってるんだぜ?おかげでこの国には特撮映画が無い。
見ようと思えば本物が見れるからな。ドキュメンタリーになっちまう。
こんなことが一か月に一遍、下手をすれば週に一度の頻度で起こるわけだ。
日本だったら自衛隊やら警察やらの出番であり、一般人なら出る幕も無いんだろうし、一応この国でもその考え方は基本となっているのだが、何分、大量発生の頻度が多い。
しかも、相手が強力な魔物である以上、当然のことながら炎は吐くわ、ビームは出すわと何でもありの攻撃を繰り出し、人里に甚大な被害をもたらしながら出動した警官たちに襲い掛かるのである。
出動の度に警察やら何やらが傷つくのは自明であり、殉職者だって珍しくはない。
そこで、常都王国の政府は一般人であっても特殊な訓練を積み、許可を得た場合に限って魔物と戦う許可した職業である冒険者を創設し、その冒険者の集まりを冒険者ギルドとして、政府公認の武装組織とした。
そして『金剛心』は、常都王国に多数存在するそんな冒険者ギルドの一つである。
長々と説明したが、結局のところ何が言いたいのかというと。
「なあ?本当にあれを倒すの?てか、倒せるのアレ?」
「ははは。普通にやったらむりだろーなー」
俺が双眼鏡を覗き込んだ先には、咆哮を上げて巨大な火炎を吐き出す一匹の獣がおり、その足元には優に自重の十倍は、軽く人間の五十倍はありそうな巨大なドラゴンが、首を噛みちぎらられて力なく倒れ伏していた。
シンシアが運転するスポーツカーの中から谷底にいるそれを眺めた俺は、唇の端を上げてニヒルな笑みを浮かべる。
「でも。あれを狩るのが、私たちの仕事だ」
俺たちの仕事は命がけってことだ。
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時間は三日前。
つまりは、俺が仙水から喫茶店で依頼を受けた日にまで遡る。
「実はねユー。つい一週間前から僕の騎士団が辺境警備を担当してる武巍市の山中で、魔獣が現れるようになったんだ」
アステアちゃんに頼んだ珈琲を待ちながら、仙水は腕に装着された情報端末である『リスト・コンピューター』通称『リスコン』を弄って一枚の空中画面を空中に映し出した。
空中にホログラフィック式のコンピューター画面が浮かんでいる様子はいつ見ても近未来的だが、流石に十数年間も見続けていると慣れてくるものだ。
つーか、この世界って本当に何でもありだよなー。ファンタジーだけでなくSFまで入っちまったら、これ以上は何をこの世界にぶち込む気なんだろーな。
まあ、それはさておき仕事の話だ。
空中に映し出されたホロ・モニターには一枚の地図が映し出され、その地図に描かれた道の一つに赤い光点が点滅し、光点の下には『武巍市』と言う字が浮かんだ。
その地図を眺めながらカウンターに据え置かれていたお冷を飲んでいたシンシアは、渋い顔をしながら俺越しに仙水に文句をつける。
「嫌だなー。仙水ちゃんの持って来た仕事って、やたらと難易度高いし、無駄に危ないし。何つーか、割に合わない感じしない?仕事って言うより、私らに無理難題を押し付けてイジメて楽しんでるみたいでサー」
「酷いなシンシアさん。いじめだなんて、ただ僕はユーがピンチになった時に颯爽と現れ出れる様に、わざと難易度の高い依頼を選んで持ってきているだけだよ?」
「いやいやいやいや。それっていじめだからな。何さらっととんでもないことを暴露してんの?つーか、別に魔獣なんて珍しくもなんともないだろう?騎士団ならなおさらの話しだ。出て来た魔獣が予想よりも強かったからって、わざわざ冒険者を雇うほどの事かよ?」
シンシアからの質問にさらりと外道な返答をする仙水にツッコミを入れつつ、俺はホロ・モニターの地図を見ながらカウンターに頬杖を突いた。
難易度云々はともかく、普通、騎士団に回った魔獣討伐の仕事が冒険者に回って来ることはない。
色々と事情はあるが、単純に騎士団の力だけで倒してしまえるのでわざわざ冒険者に依頼を下ろすということは、相当なコネか、よっぽどの汚れ仕事のどちらかだ。
どちらも禄でもないが、仙水の態度を見ていると、何となく今回は前者の気がする。
そう言うのって大体、手負いの魔獣だとかそもそも騎士団が出るレベルの魔獣じゃなかったりが相手だから、こういう形で魔獣を狩っても大して評価に繋がんないどころか、業界の人間に嫌われるだけだからあんまりやりたくないんだけどなー。
まあ、しゃあない。今のところ、俺のギルドには仕事らしい仕事が来ないんだ。
仙水はお金のことはしっかりしてる。身内だからって甘くしてくれるわけでもないが、だからって厳しくしてくれるわけでもない。
やれるところまではしっかりとやるか。
「やることなくて政治家になるバカって訳でもないのに、何でこういつもいつも無意味な箔付をするよう仕事しか回ってこないのかねえ?私は別に、伊達や酔狂で冒険者をやってるわけじゃねーんだけどなー」
俺は自分に言い聞かせるように気合い入れながらも、やっぱり何となく削がれたやる気は戻ってくれなかったようで、思わずイヤミったらしい言い方になってしまった独り言に、仙水は苦笑気味に答えた。
「相変わらず手厳しいなあ。一応僕も、ユーの実力自体は喧伝してはいるんだけどね。どうにも広まりが悪くてね。どうも僕が宣伝をしても逆効果みたいで、ゴメンね」
「悪い。色々と気遣ってもらいながらあのいい方は無かったわ。仕事回してくれたのは助かってるよ。それと、最後の奴はないだろう。お前みたいな実力と実績のある奴が宣伝して効果が無いはずないじゃん。それこそネガティブキャンペーンでもしない限りは」
「あ?気づいちゃった?いつもユーの写真を見せる度に、可愛くて繊細な女の子だから戦闘は全くできませんって言っちゃってるから、毎日モデルの仕事は来るんだよ。どう?引き受けて見ない?」
「おーい!テメエふざけんなよ!」
底意地の悪い事を言って俺をからかって来る幼馴染に、俺は半分マジでキレながら突っかかると、厨房に引っ込んでいたアステアちゃんがアイスの珈琲二つと紅茶一つをお盆の上に乗せてやってきた。
そんなアステアちゃんに、俺達は思い思いの言葉で礼を言いながら飲み物を受け取ると、仙水は珈琲に牛乳と砂糖を混ぜながら苦笑した。
「ま、今言った事は半分冗談だよ。ただ少しばかり厄介な事情があって、ちょっと手をこまねいている状況なんだ。下手に僕や僕の騎士団が手を出すと、問題が大きくなるかもしれない」
「半分?え?じゃあ半分はマジなの?」
「これを見てくれる?ユー?」
「え?おい、無視してんじゃねえ」
俺の言葉を無視しながら仙水は『リスコン』を弄ると、ホロ・モニターに映った地図を色分けした。
すると、『武巍市』と書かれた文字を挟んで東側の方に赤に色分けされた地図には『陸陰道』と言う文字が浮かび、その隣に、つまりは西側にある青の地図には『海陰道』と言う文字が浮かんだ。
その画面を見ながら仙水は珈琲を啜ると、今までとは違って少し眉間に皺を寄せながら、難しそうに口を開いた。
「今画面を色分けした通り、第一に、武巍市って言うのがそもそも地理的に微妙な立ち位置にあってね。陸陰道と海陰道の境界に丁度またがって存在しているんだ。
その所為で、どちらかが方面部隊を派遣しなければいけないんだけど、今は軍縮の時代だからね。どこの地方もできるだけ軍費は節約したがってる。
特に二つの地方とも最近は財政赤字が続いていてね、軍費は出来るだけ削減したいんだ」
「要は、金をケチりたいってだけだろ?ンなもん、この国が出来てからずっと言われてる事じゃねーか。そんなん、どっかの政治家に脅しをかけて終わりの話だろう?わたしが巻き込まれる理由にはならねーんじゃねーか?」
「確かにね。ただ問題は単純に武巍市に出現した魔獣が強い。って、事だよ。一度僕達の騎士団もこの魔獣と戦ったんだけど、惨敗を喫する羽目になったよ」
「大袈裟だろ。何を魔獣一匹にそこまで騎士団が振り回されるんだっつーの」
俺が呆れた様に溜息を吐くと、仙水は再び『リスコン』を弄り出し、今度は一枚の写真を空中に浮かべた。
「それが、今回出た魔獣だよ」
そこには、一匹の巨大な獣が写っている。
否、獣というには少し以上に奇妙な存在だ。
全体的に見ればそれは獅子の形をしていたが、その全身は爬虫類独特の硬質な皮膚と鱗に被われており、その背中には巨大な羽毛に被われた鷲の翼が生えている。
そしてその顔は、猛禽特有の嘴と爬虫類の顔が入り混じった様な精悍な顔つきをしている。
「恐鳥型魔物『龍鷲王』の幼体だな。嘴がまだ曲がっていない。その割には、異常に発育がいい。……『変異個体』か?」
「……一目でわかるなんて、流石だね。やっぱり龍鬼仙人様の直弟子ってのは伊達じゃない。ウチの騎士団員達は実地で確かめてみるまで分らなかったよ?」
俺の言葉に、仙水は一瞬驚いた様に目を見開くと、今までのどこかからかうような口調を改めたが、俺はそれに対して軽く肩を竦めただけだった。
「大袈裟言うな。別にんなモン、みりゃわかんだろう?つーかウチの師匠がこんなん分かるわけねえじゃん。あの人だったら『ただの雑魚だろ?』としか言わねえよ」
「ふふ。確かに。龍鬼仙人様だったら、そうとしか言わないだろうね。ていうか、あの人って『雑魚だろ』以外の言葉を話すのかな?」
「あ、今の聞いたぞ?後で師匠にチクってやろー」
「やめてゴメン。僕が騎士団を首にされちゃう」
他愛のない会話を交わしながらも、俺は眼の前に浮かぶ写真から一切視線を動かすことなく空中を睨みつけると、頭の中に自然とこの魔獣の特性と地図上の地形が思い浮かぶ。
写真に写っただけの情報でもわかるものはある。この異様に禍々しい外見は、恐らく毒を持っている。
この辺りの地形からは颪風が吹き荒れる筈だから、それを利用すれば足止めや攻撃にも転用できるはず。
――――――――って、ああ、ダメだな。やっぱ、仕事が入ると脳が一気に切り替わる。
面倒くさいことがどうとか関係ない。
狩りてえな。
俺のそんな心境を見透かしたように、不意に仙水が声をかけた。
「それで?どうする?」
こうして――――――――――――――――――――――――――――――――
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「こうして私たちは、幼馴染からの依頼を引き受ける事になったのだった」
「いきなり説明口調になって独り言をつぶやくのはヤバくない?てか、この仕事自体やっぱりヤバくない?」
回想を終えると共に、俺に突っ込むシンシアの言葉に俺は笑い声を上げつつも、再び双眼鏡を覗き込んで件の魔獣をその視界にとらえる。
「ま、兎に角アレを、狩り殺す。気合いを入れなよ市民諸君」
「全く、御貴族様は気楽でいいよね」
助手席で叩いた俺の軽口にシンシアは軽く肩を竦めると、ハンドルを握りしめてアクセルをふかした。
さあ、此処からは俺とお前の戦争だぜ、魔獣くん。