version 1.4.1 『異界の仲間』
大扉から踏み出し、最初に見えたのは青い空と巨大な城壁だった。街をすっぽりと取り囲んでいるらしく、視界に写る城壁には切れ目というものが無い。どうやら俺たちプレイヤーがログインしたのは街でもかなり高いところ・・・・・・というか街中に存在する背の低い山に造られた神殿らしく、ここから街の様子を一望出来る。
眼下に見えるのは、なんというか昔に映像作品で見たフィレンチェを彷彿とさせる家々が密集した町並みだ。視点を巡らせていくと、教会っぽい施設や街の権力者が住んでいそうな豪邸なんかと馬鹿でかい恐らくは魔書都市の由縁たる図書館などがちらほらと確認出来た。この分だとこの街の人口だけで10万人程度はいそうだなと思う。その証左というか、街中を移動する恐らく現地人の姿は多い。非常に活気のある街のようだ。ちなみに神殿付近に人影は無い。
俺たちプレイヤーの存在を現地の人は知っているはずだし、歓迎されるとは聞いているが・・・・・・まぁ、いきなり空港で有名人が受けるような歓待を受けても困惑するだけだろうが、若干寂しい気がするな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・あと、外に出て他にも気づいたことがある。あまりにも重要なことだが浮かれていた為か疑問すら意識に昇らずリーマン天使に質問出来なかった。そう、ファンタジーの世界観のテンプレートである中世的町並みであれば当然あるであろう"アレ"を避ける為に必須の"装備"が足らないのだ。
いや、ここで具体名を避けても救いは無い。何が言いたいかというとつまり・・・・・・汚い話で申し訳ないが"靴"が無いから中世風の街に溢れかえっているであろう"糞"を踏まなければならないのだ。
がっでむ!
version 1.4.1 『異界の仲間』
まぁ、靴を買うにしても街に入る必要があるので諦めよう。初手からなかなか辛いがこの仮想世界で生きていくのであればそういった"現実的な不快感"には慣れておく必要があるのも事実。一種の入信儀式だと思って割り切ろう。
一応、親切にも神殿から住宅街へときれいな階段が設置されているので、とりあえず階段の終わりまでの移動については問題なさそうだ。俺は周りを見ると、俺と一緒に扉をくぐったダイチとカーピャが眼下に広がる光景に圧倒されていた。
「凄いな」
「・・・・・・あぁ」
俺の賞賛の言葉にダイチは短く同意し、カーピャは素直に頷いた。つい今し方あったばかりの両人ではあるが、この縁を逃す手は無いだろう。
俺は二人に向き直り提案した。
「なぁ、とりあえず最初は俺たちでチームを組まないか?」
「ほう」
「・・・・・・・・・」
「現状、情報が足りなすぎる。一人で行動するよりも複数人で行動した方がメリットはでかいだろ」
情報、この世界の常識と言っても良い。そういったもの知らずに行動することは無謀を通り越して自殺行為だ。複数人で行動することによってえられる情報量も増えるし、多角的な視点で情報の精度も上がるだろう。兎に角、この世界でのソロ活動はリターンが少ないことは明白だ。
「返答の前に一つ確認したい」
「おう、何でも聞いてくれ」
「最初の目標を聞かせてくれるか?」
うん、やっぱりダイチは馬鹿じゃ無いな。人の集まりが目標を持って行動することの有意義さを理解し、場合によっては馴れ合いよりも目的を優先する。
リーマン天使の説明である程度の基準点を得ていたので、俺は若干大きめな声で具体的に目標を説明する。
「個人でオークを撃退出来る程度の戦闘能力の獲得、もしくは全員の『サイン』の画数が10を超えるってのはどうだ?」
「ほうほう」
ダイチが顎をさすりながら頷く姿は少しだけ満足そうなので興味を持って貰えたようだ。
「撃退対象にオークを選んだ理由は多くのファンタジー作品において"オークを倒せれば冒険者として一人前"という風潮があるから、『サイン』の画数が10ってのは画数をレベルとして考えて10レベルぐらいまでレベルアップしていれば選択肢が一気に増えるからだ」
「其れは俺に合わせてくれたのか」
ダイチが自己紹介の際に言っていた"武芸者として生きたかった"という目的に合わせた目標なのか聞いているのだろう。答えはノーだ。
「それも無いとは言わないが、理由は別にある。剣と魔法の世界観において"弱い"というのは正に弱点だ」
この世界が厳格な法によって律されているなんて期待は持っていない。神様のいる世界だから一類の望みにかけても良かったかもしれないが、リーマン天使に質問して"盗賊"や"暗殺者"という非合法な職業の存在について確証を得ているのだから望みは絶たれている。法が守ってくれない世界では自己責任が大きくなるのは説明するまでも無い。つまり、自分を護るのは自分しかいないつもりでいなければいけないのだ。
俺はカーピャに視線を移しつつ、言葉を続けた。
「この世界で生きていくのなら最低限の強さは必要だと思う。そしてこのチームでずっとやっていくつもりも無い。全員が目標をクリア出来れば解散する」
「なるほど、一時的な同盟だな」
「・・・・・・・・・」
カーピャも話の趣旨は理解出来たようで、ふむふむと頷いている。
「もちろん、この世界の情報を集めてから目標を上下させるかもしれないが、基本的なところはそんな感じだ。どうだ」
俺とチームを組んでくれるかとダイチにさしだした手は、すぐさま握り返された。
「是非も無い。改めて宜しく頼むぞ」
おれは力強く握り返した。
「こちらこそよろしく」
次いでカーピャに向きなおる。
「お前はどうだ」
カーピャは俺がさしだした手を見ながらボソボソと呟いた。
「私、足手まとい。お前達、迷惑感じる」
「だからどうした」
俺は笑いながらカーピャの弱音を切って捨てた。そんな俺をカーピャが眉間にしわを寄せて睨むが、俺は無視して続けた。
「お前がどうしたいか、それを聞いている」
これ以上の言葉はただの押しつけだ。俺はたださしだした手をずいっとカーピャの眼前に寄せた。
「・・・・・・・・・・・・」
答えは案外あっさりと返された。
「・・・・・・・・・・・・よろしく」
俺の手とカーピャの手が結ばれる。どうやらチーム結成交渉は成功したらしい。
――――――――と感慨にふける暇も無く、横合いから声がかけられた。
「あのー」
声の主を見ると、先ほどエルフ女に掴まれていた長髪男だった。改めて容姿を観察すると日本人的な特徴が見受けられる。もしかしたら現実の容姿そのままもしくは微修正という人は俺が思っているより多いのかもしれない。長髪は黒色で黄色人種っぽいな身長は160前後ぐらいだろうが細マッチョ的な肉付をしている。なんとなく後で髪を縛ったら若侍みたいになりそうと思う。
併せてとなりでやっぱり長髪男を掴んでいるエルフ女を確認するが、こちらは完全に白人種の顔立ちなのでこちらは現実の容姿を大分弄っていると思われる。金髪碧眼、髪こそ短いが古き良きファンタジー世界のエルフといった趣だ。なお、長髪男よりも背が高い。
そんな奴らが何の用かと話を促す。
「ほいほい。暫定リームリーダーのアリババ、こっちのドワーフがカーピャ、そっちの上半身裸なのがダイチだ」
紹介された二人は新たに加わった二人に黙礼した。
「あ、僕はシンジっていいます。それと・・・・・・」
「私はエリカと読んでください。ちなみにエリーと呼んで良いのはシンジだけなのでご承知ください」
おう。なんか面倒臭いのが釣れたぞ。さっきチームの目標を他の人にも聞こえるように言ったのは他にもチームメンバーが欲しかったからだが、外道(目的外の魚の意)が釣れてしまったらしい。なんとも面白いな。
「先ほどのチームを組むというお話ですけど、良ければ僕たちも仲間に加えてくれませんか?」
案の定の申し出だったが、本当に良いのだろうか?
「先に聞いておきたいんだが、それは二人の意思って事で良いのか?」
シンジ君はまぁ問題なさそうだが、エリカちゃんは明らかにヤバい感じがする。先のリーマン天使への質問が天然によるものか故意によるものか判別出来ないが、シンジに対する病的な執着心だけは理解出来る。・・・・・・あまりの地雷臭に俺の話に興味を持ってこちらを伺っていた他の奴らがスッと方向転換したほどだ。
「はい。二人の意見で決めました」
「・・・・・・・・・」
ちょっと信じ切れなくてチラっとエリカちゃんの様子を伺うと、その意味を察したのかエリカちゃんはこくんと頷いてから賛成理由を明らかにした。
「私も初期効率を考えればチームを組むのが妥当だと考えますし、先ほどのお話を聞いた限りでは理想的なチームだと判断しました」
「ほー。ちなみに判断基準を聞いても?」
「構いません。一つは後に解散が決まっていること。もう一つは女性がいない点ですね。ふふ」
普通であれば、自分以外チームメンバーに女性がいないってのは女性プレイヤーにとってデメリットらしいが妖しく笑う彼女は違うらしい。なんとも狂った方向に筋が通っている。
「確認したいことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「エリカちゃん一人が女性ということであまり特別扱いは出来ない。これは紳士的な扱いはしないということでは無く、チームの資産から君だけ優遇出来ないという意味だ」
女性特有の清潔感や生理現象を理由に金銭を消費されるのは不和の素だと思う。そういった部分については早めに処理しておこう。
「それは、私個人の資産からなら問題ないと聞こえますが?」
「あぁ、冒険者の設定によくある儲けを人数頭プラス1で分割して各人に分配し、残りの儲けをチーム資産にするつもりだ。もっとも、最初の冒険準備にかかるチーム費用は今持ってるチュートリアル報酬の半分を出してもらうつもりだが・・・・・・とりあえず個人資産は有るものと考えてくれ。それをどう使うかは自由だ」
「・・・・・・なるほど」
俺の話を理解したのかこめかみに指を当てふんふんと頷くエリカちゃん。しかし、片時もシンジ君を離さないな。シンジ君はもう諦めているのか無抵抗で顔には諦観だけしか無い。やはりリアルでもそれなりの親交が・・・・・・いや、この惨状をみるに親交なんて言葉では表現出来ない何かがあるのだろう、そのあたりは後で聞けば良い。そこで俺はついつい悪戯心が疼いてしまい、からかうつもりでエリカちゃんに条件を追加した。
「ちなみに俺をリーダーと認めてくれるなら・・・・・・」
「くれるなら?」
「チーム内の恋愛自由とエリカちゃんとシンジ君を一つのユニットとしての扱う事を約束しよう」
「よろしくお願いしますリーダー」
惚れ惚れするぐらいの即決だった。
なお、シンジ君は膝から崩れ落ちた。
(´・〒・`) 月一くらいで校正したい。したいかも。出来たら良いな。