version 1.3.1 『最初の試練』
「皆様のおかげで無事に『チュートリアル』を終えることができました。それでは『チュートリアル報酬』をお配りしますので、私の前にお並びください」
……どことなく『ソシャゲ』っぽさが漂うプレゼントだが、貰わない手はない。俺たちプレイヤーは目配せなどをしつつおとなしく列を作った。
「…………」
「どうかしましたか?」
素直に並んだプレイヤーたちを見て、リーマン天使がなぜか驚いている様子だったので先頭にいた俺が聞いてみたのだが、リーマン天使は少しだけ狼狽しつつ質問に答えた。
「いえ、『プロデューサー』に『チュートリアル報酬』を配る際の手順を詳しく説明したところ、「並べと言えば勝手に列を作るから案ずるな」とおっしゃられまして。腑に落ちなかったのですが、実際にこうして並ばれるのを見ると……」
すみません。お国柄なもんで。
version 1.3.1 『最初の試練』
『チュートリアル報酬』で貰えるのは好きな武器とお金とネックレスだった。とりあえず、武器については以前から興味のあった『鞭』を選択した。
「鞭ですね。わかりました」
リーマン天使は俺の要望を聞くと、どこからともなく、おそらくは虚空からピンポン球のサイズの宝石のような何かを取り出し、【解凍】と唱えた。その瞬間、宝石のような何かはぐにゃりと形を変えて鞭に変化した。俺は後に並ぶ人に悪いと思いつつも質問してしまった。
「今のは?」
「はい。私の神権『ポーチ』から取り出した鞭の圧縮晶を格納魔法の単純呪文、解凍で元に戻しました」
「・・・・・・わかりました」
聞きたいことはぐっと堪えて鞭を受け取る。親切なことに丸める為の革紐まで付いていたので腰紐に括り付けておく。次に手渡されたのはファンタジーによくある紐で口を閉められる革袋。持ってみたときのチャリっという音から察するに硬貨が入っているのだろう。そして最後に金色の複雑な紋様の刻まれたペンダントを渡された。すぐに装着するように促されたので、鎖の部分を首に回して金具を留める。
「はい。ありがとうございます」
俺がペンダントを着けたのを見ると、リーマン天使はペンダントに指を当て【指定固定】と唱えた。
「このペンダント『徒弟の証』についてはまとめて説明させていただきます」
うん。説明が貰えるのなら否応はない。おれは大人しくリーマン天使の前から辞して、列から離れた。そのまま、俺の後に並んだ人がどんな武器を選択するのかを横目に見つつ、最後尾に並んでいたカーピャの隣に移動する。
「とりあえず、歩けはするみたいだな」
「・・・・・・・・・」
俺に話しかけられても疎ましそうに顔をしかめるだけのカーピャ。俺が歩けるか心配したのは現実とアバターとの身長差で歩くのもおぼつかなくなるのでは無いかと考えた為だが、流石ドワーフ、重心が安定しているので多少のフラつきは何とかなるらしい。
「どうして、私に、かまう?」
「あん?」
暴言や無視で俺が離れないことを理解したのか、カーピャが切れ切れの言葉で問いかけてきた。
「信用出来ない。気持ち悪い、私に構うな」
「特に目的があるわけじゃ無い。野良猫に構いたくなるようなもんかな。いや、ぶっちゃけもう俺にはお前が傷ついた野良のブサ猫にしか見えないから諦めて俺に構われてろよ。独り立ち出来るくらいに逞しくなったら勝手に離れるからよ」
「・・・・・・・・・」
俺の誠意の籠もった回答がお気に召したのか、カーピャはこれ以上無いってくらい顔を歪めた。
はっはっは。善哉善哉。
プレイヤー全員に『チュートリアル報酬』をもらい終わった。ちなみにダイチは山伏が持ってそうな鉄棍、カーピャは片手持ちのハンマーを選んだ。
聞いたところ、ダイチは最初に日本刀を所望したそうだが、手持ちにはサーベルしかないと言われて鉄棍にしたらしい。まぁ、刀って古代日本みたいな特殊な鉄鋼事情でしか産まれえないって聞いたことがあるから、この世界には無いのかもしれないな。いや、存在自体を否定されたわけじゃ無いのか。もしかしたら、かなり初期装備としては不適切な上位の武具として存在してるのかもな。
カーピャの片手ハンマーは、まぁ滅茶苦茶似合ってる。あと、なんかちょっと元気になってる様に見えるのは気のせいだろうか。それと、俺たち以外にも2~3名からなるグループみたいなものが出来ており、それぞれ固まって武器の見せ合い等をして談笑している。
と、リーマン天使がポンと手を打って談笑していた者達の注目を集めた。
「『チュートリアル報酬』の配布が終わりましたので、お渡しした『徒弟の証』について説明します。そのペンダントは魔法によって装着する人以外が外すことも壊すこともできません。逆に装着者であれば簡単に外し、他人に渡すことが出来ます」
試しに、一言断りを入れてからダイチの『徒弟の証』に触れようとしたが、手がすり抜けて触れることが出来なかった。
「魂人の皆様が『ログイン』される前に各地の神官には神託として魂人の皆様に対する歓迎の方法が通達されています。この神託を知らないというのはこの世界の全人類種の中でも1%に満たないでしょう。その『徒弟の証』は通達された事項の一つ、この証を持つものが弟子になりたいと望んだときには『徒弟の証』を受け取る代わりに弟子として認めるように、と教会から各信徒に伝えられています。ここでいう神官とは国教や邪教、辺境の民間信仰を問わず、ありとあらゆる全ての神官のことです。当然、師匠になる側にもメリットは存在します。この証を受け取ったということで同じ信徒から尊敬を得られますし、信仰する神からの加護も増すので断られる方はまずいないでしょう。・・・・・・・・・無論、自身が師匠となるほどの技術を備えていない人の場合は断られるかもしれませんが、それでも適切なその道の匠を紹介して貰えるでしょう」
なるほど、つまりこのペンダントは職業選択用のチケットなのだと理解した。理解すると同時に、俺は手を挙げて質問が有ると意思を示した。
「はい。なんでしょうか?」
もう俺の質問癖には慣れたものとリーマン天使は余裕を持って佇む。他のプレイヤーの皆さんには出しゃばって若干申し訳ないが、みんなにも関係することなので許してもらいたい。
「ありがとうございます。冒険者として弟子入りしたい場合はどのようにすれば良いでしょうか?」
「その際は、冒険者ギルドの窓口にて依頼して師匠を選んでもらうか、自ら適切と思われる冒険者を選んで師匠になってもらえるように依頼する方法がありますね」
「なるほど。もうひとつ質問があります。例えばの話なのですが盗賊や暗殺者等の非合法的な職業の場合でも師匠になってもらえるという認識で大丈夫でしょうか?」
「可能です・・・・・・が、そういった職種の方と接触することは困難であることはご理解ください」
「わかりました。ありがとうございます」
すごいなこのペンダント。いや、凄いのはこの世界における神様の立ち位置かもしれない。今までの話から察するに、ほぼ全ての人が何かしらの神を信仰しているらしい。そして確固たる存在として信仰者に加護を与えているというのだ、加護の内容も含めて後で調べておく必要があるだろう。
「他に質問はありませんか?」
リーマン天使が俺の他にも質問者がいないかプレイヤーを見回したところ、一人の女性が手を挙げた。種族は恐らくエルフ、特徴的な耳が髪の隙間から突き出ている。隣にいる長髪男を残った片手でがっしり掴んでいる。なんだろう、現実でも知り合いだったのかな。
「このペンダントに施した魔法はなんでしたの?」
「はい、使用した魔法は指定固定です。これは契約魔法なのですが詠唱を破棄してしようしました。効果としては指定した人以外がその物品に干渉出来なくなります。多くの教会では神官がこの魔法を使用してアミュレットなどのシンボルを所持者に指定して盗難を防いでいます。」
「私たちも使える魔法なのかしら?」
「はい、魂人の皆様は基本的に全ての魔法が使用出来る可能性があります。」
「その魔法って人に使えますの? 例えばこの人に魔法をかけ、私を指定先にしてこの人には誰も触れないみたいに」
「え?」
「え?」
空気が凍る。エルフ女の隣に居る男は今にも崩れ落ちそうだが、がっしり掴まれた手がそれをユルサナイ。常識的に考えれば、ゲームのバグを利用したチート技が可能か聞いているようにも聞こえるがそんなんじゃねぇ、もっと恐ろしいものの片鱗を見たぜ。
「あ、えっと」
リーマン天使がまたまたこっちを見て助けを求めてくるが、俺はお手上げというジェスチャーで乗り切る。
「・・・・・・その、この魔法はあくまでも魂を持たない物品にのみ効果がある魔法なので、人には効果がありません。」
「そう、とても残念だわ」
リーマン天使の説明に、エルフ女は悲しそうに顔を伏せ、長髪男はこっそりガッツポーズしていた。
「そ、それでは他に質問のある方もいらっしゃらないようですので、最後に『共通クエスト』について説明させていただきます」
何処か緩んでいた勇気がその一言で張り詰めたといっても過言では無いだろう。今までの説明はこっちの世界の基本情報でしか無かったので、チュートリアルが終わった後に何をすれば良いのか目的の無い人は大いに困ったことだろう。その点について運営側から指針が示されるのだ、これを聞き逃す手は無い。
「『王国プレイヤー』の『共通クエスト』は"王都の大聖堂にたどり着く"ことです。これは他の十大都市から『スタート』する魂人の皆様も同じ内容の『クエスト』が説明されています。報酬はたどり着いた順番に応じて変わりますが、例としては最初にたどり着いた方には金貨1000枚とモーメン国王への謁見が許可されることになっています」
なるほどなるほど。スタート地点を王国にしたのに王都から始まらなかったのはこの為か。地図を見たわけでもないから分からないが、ファンタジー世界の移動手段で王都まで移動となると10日から1ヶ月は見ておくべきなのかもしれないな。いや移動時間に加えて移動中の食料を備えたり、自己防衛の手段を模索するなど、しなければいけないことはたくさんあるだろう。確かにそれならば初めての共通クエストとしてはアリかもしれないな。俺がそんな風に思考を巡らせていると、大きな物音と共にリーマン天使が入ってきた大扉が大きく開かれた。どうやらこれで本当にチュートリアルは終わりらしい。
「大変名残惜しいですが、この場での説明は以上になります。それでは、皆様の魂に喜びのあらんこと」
リーマン天使は最後に祈りの文句みたいなものを告げると、ゆっくりと消え失せた。まぁ、最後に俺にウィンクをかましてきたのでサムズアップしておいた。どうせアバターを作り直すときには会わなきゃいけないのだろうし、『アシスタント』というぐらいだからいろいろと神の手先としていろいろと使われて会う機会もあるだろうから別れの言葉はいらんだろう。
とりあえず、俺は漸く目にすることが出来る剣と魔法の世界に心を躍らせて、大扉へと歩み出した。