version 1.2.1 『神々の名前』
スーツ姿の天使・・・・・・いや、リーマン天使でいいや。リーマン天使は扉口から歩を進めると、ゆっくりと俺たちプレイヤーを見回すと手元のバインダー?に何かを書き込み、それから漸く言葉を発した。
「皆様方おはようございます。初めまして、私は世界運営派の最高神『アドミニストレータ』の配下、『プロデューサー』に仕える『ディレクター』の僕、『アシスタント』です」
version 1.2.1 『神々の名前』
空気が止まった。
ファンタジーにあるまじき、非常に現実的な役職名。いや、自己紹介の文脈を考えればその役職名がそのまま神の呼び名として使われていると言うことだろうが、あまりにもシュールすぎて俺たちプレイヤーはどうリアクションをとって良いのか分からず、フリーズしてしまっている。おそらくは運営の遊び心なのだろうが、異世界転移物にありがちなお姫様とか巫女さんとか神官長とかを外して天使。しかも日本人みたいにリクルートスーツをまとった新卒ぽい黒髪男天使が現れたんだ、致し方ないだろう。
プレイヤーの反応が想定していたモノと違ったのか、リーマン天使は視線をキョロキョロして手元のバインダーとプレイヤーに視線をさまよわせている。あーこれは見たことある。既視感を感じずにはいられない。新人に経験を積ませる為にプレゼンさせた時のテンパり具合そっくりだ。何もしないでも良いのだろうが、話が進まないし、俺は共感性羞恥を感じてしまうタイプなので出来れば助けてあげたい。
空気を変える為に俺は手を挙げた。
「あ、えっと。ど、どうぞ」
良かった『質問があります』のジェスチャーは通じるらしい。うむ、であればもしかしたら今から俺がする質問は秘密・・・・・・というか『知らないふりをしておくべき事』かもしれないが・・・・・・まぁ良いや。経験を積み給えリーマン天使。
俺は元社会人として目上の存在と思しき人物にはちゃんと敬語が出来る良い子なので礼を告げてから質問した。
「ありがとうございます。恐れ入りますが、アシスタント様は『あっち』の世界の存在でしょうか? それとも『こっち』の世界の存在でしょうか?」
わかりにくい質問かもしれないが、あまりにも人っぽいリーマン天使にいきなり『お前は人間のロールプレイか? もしくはゲームのNPCか?』と聞けなかったので、若干マイルドになった俺の質問に対してリーマン天使は明らかに緊張を解いた。恐らく想定していた質問だったのだろう。彼は微笑みすら浮かべて答えた。
「私は『こっち』の世界の存在になります。そのことについて証明することは非常に難しいですが、経緯としては魂人の皆様への説明と『チュートリアル』を担当する為に約半年前に『ディレクター』の従者『プログラマー』等によって構築された存在です。ご理解いただけますでしょうか?」
「理解しました。話を遮ってしまい申し訳ありません。続きをお願いします」
リーマン天使の説明から、ほぼ直感に頼るものではあるがリーマン天使が高度なAIであると認識した俺はリーマン天使に自己紹介の続きを促した。大広間の空気も俺が質問したことである程度緩んでくれたみたいだ。
「あ、はい。それでは現時点で気分が優れない方はいらっしゃいませんか? 気分が優れない場合は一度『ログアウト』していただき、医師の診察を受けてください。・・・・・・『チュートリアル』は別途機会を設けますので、ご安心ください」
なんとなく、『ログアウト』と言ったのはプレイヤーの認識に合わせただけで『こっち』の世界では別の呼び方がありそうだなと感じたが、まぁそれよりも確認しておくべき事がある。リーマン天使の言う『気分の優れない人』には明らかに俺の隣で座り込むドワーフ男、カーピャが含まれている。俺から申し出ても良いが、先に本人の意思を確認しておくべきだろう。俺は小声で、しかし聴き取りやすいようにカーピャに呼びかけた。
「どうする? 俺としてはログアウトをオススメするが?」
俺の質問にドワーフは首を横に振って意思を示した。・・・・・・なんとなくは予想していたのでため息は堪えることが出来た。俺は仕方ねぇなと思いつつ、カーピャの後ろ襟を掴んで猫のように持ち上げて立たせてやる。恐らくリアルよりもかなり腕力が増しているはずなのだが本気で持ち上げなければならなかった。このドワーフ、鉛で出来ているのか? ちなみにまた睨まれたが厳かに無視した。
「え~と」
なんとなくカーピャの体調不良を察したのか、リーマン天使が何故か俺に向けて視線を飛ばしてくるが、サムズアップして『問題ない』と伝えるとリーマン天使は納得したのか手元のバインダーに何かを書き込んだ。やり易いなチクショウ。
「はい、それでは皆さん大丈夫そうなので、話を進めさせていただきます。まず、現在位置から説明させていただきますね。ここはモーメン王国に存在する城塞都市マクタバ、その大聖堂の特殊案件用の祭儀場です」
リーマン天使はプレイヤーにちゃんと伝わっているのか確認する為だろう。一呼吸置いて何故か俺を見るリーマン天使。
・・・・・・まぁいいか。軽く頷いて続きを促す。
「城塞都市マクタバはモーメン王国の防備の要たる十大都市の一つに数えられています。また大図書館の存在と魔道具の研究が盛んな為、『魔書都市』とも呼ばれています」
ほう、大図書館。良いじゃ無いか。この世界だったらファンブルが無いから本を燃やしてしまって出禁になることも無い。
「現在の都市長はマゴス・マクタバ・コルドゥーン侯爵です。いずれ皆様方も謁見の機会があるかもしれないですね」
リーマン天使の舌の滑りが大分良くなってきたな。良いんだけど。
「ちなみに、モーメン王国からの『スタート』を希望された方は182名いらっしゃいましたが、それぞれ十大都市に分散して『スタート』していただいています。そして現在の皆様方と同じくそれぞれ担当の『アシスタント』が説明をさせていただいています」
このゲームではアバターの設定の他にスタート地点を選べる選択肢があったのでその事だろう。『王国』の選択肢の他には『都市国家群』と『帝国』と『ランダム』の項目があったはずだ。
『王国』の項目に付随していた説明には"賢王の治める平和な王国からの開始"とあったのでメタい考えだがこの国は当分平和なはずだ。リーマン天使が約180名といっていたが、一次テスターの人数は400人の"はず"なのでほぼ半数が安牌である王国スタートを選んだことになる。
『都市国家群』は"紛争が絶えず興亡が激しい小国家の一つから開始"と記載されていたので恐らく日本の戦国時代みたいな人対人の戦争が体験出来るんだろう。『都市国家群』を選んだプレイヤーは新国家樹立という夢を見た非常にロマン溢れる奴らなのだろうと思う。
そして『帝国』は恐らく一番ハイリスクハイリターンな開始地点だ。説明文は確か"人類生存圏の盾として国境を接する魔国と緊張状態の帝国"だったはずだ。これは完全な予測だが、俺たち一次テスターがログインすることで緊張状態から戦争状態に変異するのだろう。つまりは人対魔の絶滅戦争だ。絶対に勘弁して欲しい。
最後に残った『ランダム』は説明文が無かったが、こうしてチュートリアル用の人員が用意されていたことを考えると恐らく『ランダム』では他の3項目の中からランダムという意味だったのだろう。そんな奴がいたらの話だが、平原あたりに放り出してもらう異世界転生テンプレを狙ってランダムを選び、帝国スタートの奴がいたらさぞ涙目だろうな。
「以上で現在地点の説明を終わりましたので、このまま『チュートリアル』を開始させていただきます。皆様、自身の利き手の甲をご確認ください」
言われて己の右手を確認したところ、手の甲に大きめの黒子のような黒い点が存在していた。・・・・・・このアバターの肌色が褐色なので非常に分かりづらいが。
「それは『サイン』と呼ばれる魂人の皆様しか持ち合わせていない器官です。今はただの黒点ですが皆様の成長に合わせて画数が追加され、一人一人によって同じものの無い唯一の紋様が形成されます。なお、この『サイン』は『コンソール』の『コンフィグ』から表示・非表示が選べますので気になる方は見えなくすることも可能です。・・・・・・では、皆様にはそのまま『サイン』を音声起動にて励起状態にしていただきます。【起動せよ(セットアップ)】と唱えてください」
躊躇いなく【起動せよ(セットアップ)】と呟くと、起動した『サイン』がまるで蛍の光のように淡いが確かに赤く輝いた。同時に右手が熱を持ったかのようにポカポカする。
俺の他にも起動を試したものがいたのか、白い広間に様々な色の光が見て取れた。遅れて起動したカーピャの色は緑色、ダイチは青色の光だった。
「個人によって励起状態の色は違いますが、それは使用出来る属性を表したものではありません。魂人の皆様は"基本的に"全ての魔法を使用出来る可能性を備えています。また、音声起動以外にも感覚的に『サイン』を起動状態にすることも可能です。・・・・・・それでは全員が励起状態にすることが出来たようなので次の段階に進みます」
リーマン天使は目を瞑ると、小さく【抽出】と呟いた。その瞬間、リーマン天使の全身から蛍のような光の粒が湧き出した。現実ではあり得ないような幻想的なエフェクトだが、その中心がサラリーマンというのが非常にシュールだ。
「この光の粒子を『光魄粒子』と呼びます。これらはこの世界に存在する全ての生命体に例外なく備わっているもので、その生命体の死、もしくは魔法儀式などで体外に排出されます。空気中に存在する『光魄粒子』はどんな生命体から排出されるかにもよりますが、魔物の場合は10分と経たずに霧散してしまうので注意してください。ちなみに今、私から『光魄粒子』が排出されているのは魂魄魔法の単純呪文である【抽出】の効果によるものです」
先ほどからこの世界の用語と思しき単語のラッシュで頭痛が痛い。しかし、今は質問出来る雰囲気では無いので後でまとめて質問してやろう。俺は腕を組みながら次のリーマン天使の言葉を待った。
「今から皆様には私から排出されたこの『光魄粒子』を吸収していただきます。私に向けて『サイン』が刻まれた手を伸ばし、音声起動で【取得】と唱えて魔法を使用してください」
言われるがまま、俺はリーマン天使に向けて右手を突き出し【取得】と唱えた。瞬間、リーマン天使から湧き出した『光魄粒子』の一つが意思を持ったかのように俺へ一直線に飛んできて、そのまま『サイン』に吸収された。それと同時に黒点しか無かった『サイン』に新たに一画、『サイン』を囲う三日月のようなマークが追加された。
周りでも「おお」とか「うひゃ」とか【取得】を試したプレイヤー達が現実的では無い奇妙な体験に各々でリアクションをしている。
「【取得】も魂魄魔法の単純呪文ですが、皆様は肉体を持たない魂人ですので体内魔力を消費せずに魂魄魔法を使用することが出来ます」
ん? ということは今、俺は魔法を使ったのか? 魔法初体験をこのリーマン天使で済ませちまったのか? がっでむ。
「魂人は『光魄粒子』を吸収し、蓄積することで成長することが出来ます。今回は私から吸収した『光魄粒子』だけで『サイン』の画数が増加しましたが、通常は魔物などを倒して多くの『光魄粒子』を吸収した場合に増加するものと認識してください。また、魂人の肉体である『外殻』が破壊された場合、蓄積していた『光魄粒子』を消費して『リスポーン』します。今は私から吸収した『光魄粒子』が有るので十回程度であれば『リスポーン』可能ですが、追加された『サイン』が薄れて消え、基本状態になった状態で『外殻』が破壊された場合は『消失』となりますので、ゴブリンなどから積極的に集めて『光魄粒子』の蓄積を心掛けてください」
このゲームはどうやらキャラロストが有るらしい。オンラインものでは珍しい設定だと思うのだが、ゾンビ・アタックを防ぐ為か、この世界の環境的に無限沸きが不可能なのだろうか? あと、やはりいるのかゴブリン。お約束の初心者向け蛮族。昨今では『勇者一行なら雑魚だけど、普通の冒険者にとっては普通に死ねる』って作品が多いが、この世界のゴブリンはどんなものなのか興味があるな。
「以上で『チュートリアル』は終了になります。ここまでで質問などがあるかと思いますが、この世界に初めて『ログイン』する際に皆様の『コンソール』の『ドキュメント』に『ガイドライン』と『世界の歩き方』を追加しているので、そちらをご確認ください」
言われたとおり、コンソールを確認すると確かに2つの項目が存在していた。先ほどまではコンソールの全ての機能を確認した訳では無かったので見落としていたのだろう。試しに『ガイドライン』を選択すると眼前にPDFの様にA4の用紙が表示され、一ページ目には"ガイドライン version 1.1"と記載されていた。いや、これは"ような"なんてもんじゃ無くてPDFそのままだわ。スライド操作で次のページを見ることが出来るし、×ボタンをタップすることで閉じることも出来た。あと、ありがたいことに検索機能もついていたので先ほどのよく分からなかった『魔法用語』を検索してみると、数件ヒットした。これは後でじっくり確認する必要があるな。
(´・〒・`) 設定厨の本気。(長くなったので切りました)