乙女ゲームに転生しましたが、完全に人選ミスだと思うんです。
衝動で・・・。
私は走った。視界に待ち望んだ人物が乗った馬車を見つけて、大慌てで駆け込む。屋敷に入る前になんとか追い付き、私は恥も外聞もなく叫んだ。
「お願いします!助けてくださいっ!!」
婚約者に婚約破棄されて、意気消沈のまま数日が過ぎた。既にその話は社交界を駆け巡り、やってないのに、公爵令嬢にあるまじき程度の低いイジメの主犯として家の中でも外でも冷たく嗤われて針の筵だ。
と、屋敷に入る直前の馬車がガタンと止まった。外からよく通る少女の声が聞こえる。
「お願いします!助けてくださいっ!!」
何事だろうと軽く窓にかかるカーテンをずらしてそっと外を窺う。少女が一人、従者と揉み合っている。というより少女は必死の形相でこっちに向かって叫んでいた。
「お願いします!話だけでも!」
「いい加減にしろ!貴様のせいでお嬢様が不幸になったんだぞっ!」
従者の怒号に、相手の少女が誰なのか分かった。
婚約者を奪った、男爵令嬢。
多くの男を従えて、まんまと私の婚約者だった第一王子の婚約者になったふしだらな女。先日の婚約破棄のときにはいなかったが、今は王妃教育を受けている最中のはずだ。
確かに従者の言う通りだ。今の不幸は彼女のせいだ。
「お願いします!もう、僕には頼れる人がいないんです!助けてください、お願いします・・・!」
ボロボロ泣きながら縋る男爵令嬢に、私は婚約破棄されて泣く自分を重ねてしまった。元凶はあの女なのに。
無視するのは、さすがに可哀相だし、下位の者に施すのも上位の者の勤め。私は窓を開けて顔を出した。
「手短に話ぐらいなら、いいですわ」
「お嬢様!」
「但し、下らないと思ったら即下がりなさい」
「あ、ありがとうございます!!」
勢いよく頭を下げて泣きながら礼を言う男爵令嬢は、令嬢らしくない。こんな女のどこが良かったのかとやはり憤りがわくが、放った言葉は翻せない。早くしろと促せば、男爵令嬢は顔を上げた。
「いつの間にか王子と婚約してることになってるんです!絶対に嫌なんです、なんとかなりませんか!?」
ざっくりしすぎた。
神様のミスで死んでしまったらしい。謝罪と共に記憶そのままの転生を提案されて、一も二もなく『剣と魔法のファンタジー世界』へと希望を出したまでは良かった。
が。
なんで、『剣と魔法のファンタジー世界』を舞台にした『乙女ゲーム』のヒロインになんなきゃなんねーんだよっ!?と、三才でようやく女の子になっていると気付いて神を呪った。
いや、姉と妹のゲーム講義で内容は知ってるし、一応はプレイしたけどさ。けど、なんで僕。姉や妹なら、嬉々としただろうヒロイン転生も、僕じゃ萎える一方だよ。それならあのゲームやそのゲームや、何ならあのマンガの世界の方が喜んだのに。
が、しかし。身体はヒロインの女の子と分かっても僕は僕。
男とイチャイチャしても全く嬉しくないし、寧ろ可愛くカッコイイライバル令嬢とお近づきになりたいし、恋愛に現を抜かしている暇があれば、剣術と魔法を頑張りたい。せっかく剣と魔法の世界に来たんだし。
というわけで、女子力磨きはそっちのけで剣と魔法にのめり込み、本編開始前に『天才』ともてはやされたが、令嬢としては落第点をいただいていた。髪は短くしたかったが母親が泣いて止めるので適当にくくり、男装したかったが父親が縋って頼むので簡素ながら女子の格好をしている。
一応茶会にも行ったよ?そこで、運命と出会ったんだ!
相手はライバル令嬢の取り巻きの一人で、地味目で控えめで大人の余裕を感じさせる黒髪の伯爵令嬢だ。いつもは落ち着いてライバル令嬢の我儘を諫めてるんだけど、僕と一緒だと甘えん坊になってでも照れ屋でちょー可愛い!しかも次女だし、おうちは安定してて政略結婚の必要がないときた!誰も僕らの愛を邪魔する者はいなかったね!彼女、|女の子としか恋愛できない(生粋のレズっ子)性質だったらしく、この時ばかりは女の子に転生ありがとう!だった。学園入学前に体を重ねて身も心も一つになって、僕らの愛は永遠だとお揃いのピアスをしたんだよ?
なのに。
友達付き合いしていたはずの男が、いつの間にか恋人ってことになって、高位貴族の男どもを誑し込んで侍らしている男好きとか言われなきゃならんのさ!?
学園で僕と剣や魔法で同じぐらいか上の人っていったら、あのメンツだったんだ!そういう実力の近い人と切磋琢磨するために学園に来たんだから、仲良くつるんでただけなんだ!向こうだって普通に気安く接してたから、お互いの間にあるのは友情だと信じて疑ってなかったよ。
「婚約者とうまくいってないんだ」と言われれば、こんな気のいい奴らなんだから、今だけは気を抜いて後日ガンバ☆って軽く言ってたわ!スキンシップが多いような気がしてたが、肩を組んだり頭撫でたりといった男同士でも普通にやる程度しかなかったから気にも留めてなかった。ただ、常にそばにいるなーとは流石に思ってたけど。
まぁ、女子とは元よりあまり交流がなかったから、無視されてても気付かなかったし(後日恋人に聞いて知った)、嫌がらせも些細過ぎてスルーしてた(後日恋人に以下略)。
で。風邪をひいて数日寝込んでた間に、状況は一変していた。
いつの間にか僕は王子を略奪して婚約者の座に収まりつつも、変わらず男たちを侍らせている悪女になってて、恋人には本当は男が好きなのに同情で無理して付き合っていたのだと誤解されて、別れ話を切り出された。慌てて引き留めて状況を聞いて、ようやく事態を飲み込んだのだ。そして青ざめた。
男と、結婚とか、あり得ない!!!
王妃なんてもっとあり得ない!!!
どうしよう!!??
「というわけです」
目の前の、第一王子の婚約者(元、だなんて認めない)である公爵令嬢に話し終える。彼女は、非常に難しい顔をしていた。
「つまり」
「はい」
ようやく口を開いた彼女の言葉に。居住まいを正して返事する。僕のこれからは、彼女にかかっている。
「あなたは第一王子殿下と、真実の愛で結ばれた相思相愛の恋人で、公爵令嬢たるわたくしにイジメられて傷つき悲しんで屋敷に引きこもってしまったか弱い少女ではないの?」
「誰ですか、それ・・・僕の真実の愛は伯爵令嬢である恋人に捧げられているし、相思相愛なのも彼女一人。イジメなんて気付きもしなかったし、犯人の目星もついてます。学校休んだのは本気でひどめの風邪をひいただけです。か弱いとかあいつら僕の事そんなふうに思ってやがったのか!」
剣も魔法も十回競えば勝率半々のくせに!憤る僕に深々と公爵令嬢は溜息をついた。
「自分にそういう噂がある、と気付かなかったの?」
「全く・・・女子の噂話に疎くてすみません・・・」
「女子どころか、多分あなたたち以外全員、その噂を真実と思っていたわ」
「嘘だぁ・・・」
僕が突っ伏して嘆くと、ふっと気付いたように公爵令嬢は顔を上げた。
「あなた。王子がああ宣言した以上、今王妃教育の真っ最中ではなくて?」
「くっ。そのせいで軟禁されてまともな弁解をする機会もなく・・・今日だって、隙をついて逃・・・」
「なんですって?」
慌てたように令嬢が立ち上がると同時に、えらく狼狽している彼女の従者が無作法も気にせず駆け込んで来る。
「お嬢様!騎士達がそこな男爵令嬢を誘拐した咎で、お嬢様を拘束すると!」
「はぁ?ふざけんなよ、わけわかんない!」
全く訳のわからない状況に、全く弁解どころか口を開く機会も与えられずに拘束された。
一応建前上被害者であるところの僕と従者君が目一杯抵抗したせいで全員殆ど簀巻きだ。猿轡まで噛まされて魔法も使えない。マジふざけてる!
「全く。悪女は何考えてるかわかんねぇな」
ふざけたこと吐かしたお前!顔を覚えたからな!
そのまま数日多くの侍女と侍従に囲まれて部屋から一歩も出ることが構わず、詰め込むように王妃教育をされた。勿論、ものにはならない。全くやる気がないからね。無駄に失望する侍女達にめげず、ひたすら我慢した。
「婚約、式?いつ?誰と誰が?」
聞くと、何を当たり前の事を言うんだこの馬鹿は、と書いてある顔で溜息をつかれた。僕の教育係兼筆頭侍女に宛がわれた中年侍女は遠慮しない。
「勿論、貴女と殿下のです。良かったですね、明日には正式な婚約者ですよ」
略奪愛は燃えるでしょう、と皮肉たっぷりに言い放ち、ついでとばかりに報告を続けた。
「そうそう。同時に貴女を誘拐した咎の公爵令嬢様も裁くためにその場に居合わせるようです。殿下たっての希望で、彼女に自分達の幸せな姿を見せ付けて、彼女が貴女を害する気をなくさせるためだとか」
僕の表情は凍っていただろうに、中年侍女は気にも留めずに続ける。彼女は第一王子の乳母だったらしいから、僕に対して皮肉が酷いのだ。
「その場には伯爵以上の貴族も殆ど招待されております。多くの貴族が、貴女と殿下の婚約を祝福するそうですわ」
侍女は僕が返事しないとそのまま婚約式のドレスと宝飾品を合わせはじめた。全て第一王子の贈り物だとか。
そんなこと気にせず、僕は半ば自暴自棄に何もかもをぶち壊す決意をした。
翌日。予定時刻より少々遅れて婚約式の会場に突撃した。
そこは多くの高位貴族と王族一同が勢揃いし、場違いに縮こまる僕の両親とその中央に立たされた公爵閣下とその娘。
「・・・遅参失礼いたします。そして不躾ではございますが、状況をご教授いただきたく」
感情を抑えて周囲に視線を巡らせて聞く。そこに恋人の姿を見つけて泣きそうになるが必死に堪えた。僕の問いには、いち早く驚きから復帰した公爵令嬢が答えた。
「今、遅れていた貴女のために余興としてわたくしが断罪されている所ですわ。罪は学園でのイジメからこの度の誘拐まで。殿下は監督不行き届きの父共々お家取り潰しと国外追放が妥当と訴えておられるところですわ」
正装した第一王子が咎めるように彼女を睨むが、僕は構わず笑顔で礼を言う。
「ありがとうございます、レディ。おかげで最初の言葉が決まりました」
言って、会場内に歩き出す。第一王子が僕の所に踏み出してきた。
「どうしたんだ?そんな恰好で。折角門出なのだから、綺麗にしてくればよかったのに」
僕はそれを無視し、国王陛下の前に立って着ていた黒いローブを剥いだ。そこには、騎士の恰好をした僕がいる。
「国王陛下に、奏上申し上げる!!この度の一件において、私は全面的に異議を申し立てます!!」
だが、陛下は嫌そうに顔をしかめて首を振った。
「何を今更・・・息子と婚約して公爵令嬢を罪に問うのは、そなたの望み通りなのだろう。それを今更覆すことなどできるはずがなかろう?それとも、息子と共倒れは御免とでも思ったか?耳がいいな」
皮肉げに言う陛下に、さすがの僕もカッとなった。
「恐れながら陛下。陛下はいつ、私の望みを聞いたのですか?」
「何?」
「私はこの件の当事者であるにも関わらず、この件を裁かれる陛下と言葉を交わしたことはございません。片方の言葉だけを聞き、片方の言葉は聞きもしない。そんな不公平な裁きがありましょうか」
「っ・・・王子からそなたの望みは聞いている。それでは不十分と?」
「勿論、不十分でございます。それは陛下は自らの息子の言葉のみを聞いて、私の言葉を無視するおつもりとしか思えません。そのような不条理、臣下としてご注進申し上げます」
しっかりと目を見て言い放つと、陛下はキョトンとして、それから大笑いした。
笑いをおさめると、陛下は大きく頷いた。
「確かに、不条理で不公平であった。詫びよう、すまなかった」
「陛下!」
頭を下げる陛下に、流石に方々から咎めるような声が飛ぶ。僕も流石にびっくりした。が、陛下はそういう声を無視して真面目な顔で僕を見据えた。
「では、聞こう。この場で、そなたの望みを。異議を申し立てるからには、何か違うのだろう?」
「っ有り難き幸せ!であれば、申し上げます!」
僕は歓喜し、一旦深呼吸してはっきりと宣言する。
「私は第一王子殿下と恋人同士ではなく、ましてや婚約など以っての外!公爵令嬢様にもイジメなど受けておりませんし、誘拐もされていません!全くの事実無根であるから、どうか公爵閣下方を解放し、この婚約は中止して相思相愛の私と恋人と結婚させてください!」
「なっ!?」
第一王子はめちゃくちゃ驚いているが、僕は君とそういう話はしたことがないぞ。
「ほぉ?」
「私には相思相愛の恋人がいます。好きでもない王子との婚約だけはどうしてもやめていただきたい!」
「そんな・・・」
第一王子はショックを受けているが、勿論無視。近衛騎士が陛下の指示でそっと王子の側にいった。暴れそうにみえたのだろう。
「だが、学園ではそなたは息子と親しかったようではないか?」
「私は学園に剣と魔法を強くなるために来たのです。実力伯仲の相手と切磋琢磨し、良き好敵手として、分かり合える良き友として彼等と仲良くしていただけです!」
「スキンシップが激しいとは思わなかったのか?話によると、抱き合ったりキスしたり、夜を共にしたりしていたとか?」
「誰だそのデマ流したヤツ!けほん、失礼。事実無根です!精々、肩を組んだり頭撫でたりする程度です。周りの男同士の友人だとよくやる程度だから、そんなものだろうと気にも留めてませんでした」
咳ばらいで下らないじゃれ合いを色恋に結び付けて流すアホに湧いた怒りを抑えて、言う。
だんだんと騒ぎそうな第一王子が押さえ付けられていた。
「男女であるならば、十分色恋に思うかもしれんな」
「そうなのですか?私は、彼等は私の事を女とは思わず男同士と同じく良き好敵手と認めてくれたのだと嬉しくて馴れ馴れしいと怒る事はしませんでした」
「か弱い令嬢と聞いたがな?」
陛下がちらりと己の息子を見る。それが何か言う前に腹立たしくこっちが口を挟む。
「学園での彼らとの模擬戦の勝率は、五分五分でした。魔法でも剣でも」
「か弱くないなぁ」
陛下の口調が崩れているが、誰も指摘しないし、気にも留めない。
「公爵令嬢が私を誘拐したという話も、事実無根。不敬を承知で申し上げれば、私が王子との結婚など真っ平御免と逃亡し、助けて欲しくて公爵令嬢様を頼りました。私が頼ったばかりにこのような謂れのない罪を被せてしまい、公爵閣下にもお嬢様にも、大変申し訳なく思います」
「いや。あれはさすがに分かってるから大丈夫だ」
心の広い方で良かった。公爵閣下に深々と一礼し、陛下に視線を向ける。
そろそろ、結論に持っていこう。陛下もそう思ったのか、頷いて口を開く。
「では、そなたは第一王子の婚約者になることを望まず、相思相愛の恋人と結ばれる事を望み、公爵と公爵令嬢を罪に問うことも良しとしない、と?」
僕は力一杯頷いた。
「ないと分かり切った罪を問うなどという愚行、行わないのが正道でございましょう。私が第一王子殿下と結ばれても、彼の自己満足以外何も得るものがございません。私が殿下を愛することはないし、殿下とて何も持たないただの小娘一人を縛るためだけに何もかも失うなどということは望まないでしょう」
敢えて断定して言うと、王子は何か言いたげにしている。
勿論、シカトしときました。
「では、息子が勘違いで迷惑をかけた。詫びとして、相手がいかな身分であれ相思相愛だという恋人とそなたの婚姻を認めよう。これは、王の名において出す許可である」
「「はあ!?」」
国王様の望外の幸せに、僕は思わずその場に跪いて平伏した。
「有難き幸せ!!」
望みが全面的に叶う僕はとびっきりの笑顔を恋人に向けると、彼女も感極まって泣きそうになりながら僕の腕の中に飛び込んできた。
「ごめんなさい!疑ってごめんなさい!愛してるわ」
「僕こそ、気付かなくてごめんね!愛してるよ、ずっと一緒にいよう」
王の前で、抱き合って喜ぶ僕たちに周囲は唖然としている。まぁ、同性愛に理解なんかないよね。
でも、王の許可があるから、晴れて結婚できるんだ!
その後、僕と彼女は結婚した。母親たちの希望で二人ともドレス姿で、教会で身内と僅かな友人たちだけのシンプルで小ぢんまりした結婚式だったけど、諦めかけていた結婚が出来て最高に幸せだ。
そうそう、結婚のお祝いに国王陛下から僕に、近衛騎士隊の制服が贈られ、結婚の翌日から近衛騎士隊で働くことになった。僕の剣と魔法の腕前なら、と見習いから始めている。陛下のそばの侍る事もあるけど、陛下は随分と気さくな方だった。今では実父、義父に次いで三人目のお父さんみたいに個人的に仲良くさせていただいている。
公爵令嬢様は廃嫡された第一王子の代わりに立太子した第二王子殿下の伴侶に決定した。
今はまだ義務、って感じでギクシャクしてるけど、お互いに歩み寄る姿勢があるからきっとそのうち穏やかに着地するだろう。
僕の取り巻きと言われていた男たちは、跡取りの座から降ろされ、それぞれの家で再教育を施されて、新たな跡取りを支えていくことになるらしい。ちょっと思い込みが激しい以外は優秀な奴らだから、良かったと思う。
僕の事を恋人だと思い込んでいた取り巻き達は、仲間内で傷の舐め合いをした結果。
・・・・・ものの見事に、仲間内で結婚しました。
同性だが僕という前例があるし、既に跡取りではないため認められたらしい。良かったね。
一応誰も不幸にならなかったんだから、ハッピーエンドだよね!!