授業参観
ジャンル、恋愛にしてありますが、もしかすると違うかも。
何にもない話といえば、何にもないので、多分恋愛だと思うのですが。
中学の時、僕は同じ学年の数人の女子に良く追いかけられていた。
校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を笑いながら駆け抜ける僕。
後ろからこれも笑いながら追いかけてくる女子達。
だから、虐めではない。
ふざけている、鬼ごっこの様なもの。ちょっとしたゲーム。
背が低く、当時の僕は少し女の子顔だったので、女子達は自分達より弱い生き物と認識して、僕を追い回して遊んでいたのかも知れない。
そしてそれは、僕にとっても決して嫌な出来事ではなかった。
その中には僕の三回目の初恋の人、藤崎由美子がいたからだ。
しかし結局は二人の間には何も起こる事はなく、進学した高校も違かった為、それだけの、いい思い出の人となった。
そんな懐かしい話を思い出したのは、中学生の息子の授業参観で、久し振りに母校を訪れたからかも知れない。
今日は仕事の都合で来れない妻の代わりに、入学式に出られなかった僕が来たのだった。
ひんやりとした懐かしの渡り廊下を歩く。
「吉田君?」
後ろから声をかけられて振り返る。
声や顔を見ても、直ぐには思い出せなかった。
声も、顔も、年相応に変わっていたからだ。
しかしそこにはかつて僕を追いかけた少女が、大人になって立っていたのだ。
一瞬の間の後、思い出した僕は口を開く。
「藤崎さん。また僕を追いかける?」
ちょっとふざけた口調で言う。
「もう追わない。それに今は、宮下なの。宮下由美子」
「あー、そうか。子供の授業参観? 僕もだ。何年何組?」
懐かしさもあり、僕は矢継ぎ早に質問をする。
彼女は面食らった様な顔してから、プッと、笑って言った。
「何にも学校の事知らないのね。駄目なお父さん。吉田君の子供とウチの娘、同じクラスなのよ」
「え、そうなの? じゃあ、一緒に行く? 旦那さんは? ウチは僕一人なんだけど」
「私も一人だから、駄目よ。こういう所って結構みんな見てるから。変に噂になっちゃう」
「そうなの?」
「そう。だから先に行って。私は昔みたいに後ろを追いかけるから」
「覚えてた?」
微笑みながらそういう彼女に、僕は先程まで思い出していた出来事を重ねては嬉しくなった。
「覚えてた。て、言うより忘れられなかった。あの頃は毎日楽しくて」
「僕もそう、楽しかった」
「じゃあ、先行って。ここでこう、立ち話もあんまり長いと、変に思われるから」
「そんな、気にし過ぎじゃないの」
「気にするの。私は気にするの」
そう言う彼女を横目に、だから僕は歩き出しながら小声で囁いた。
「逆に意識してる様に思われるんじゃない?」
「馬鹿」
僕の後ろを数歩遅れて付いて来る彼女の声が微かに聞こえた。
あの頃のままだ。
付き合ってはいなくて、僕の片想いだったけれど、仲の良かった女友達。
その関係が今も続いていると実感すると、僕はあの頃を走馬灯の様に思い出しながら、教室までの道のりを歩いた。
追いかけっこをして、走り回った廊下や教室。
藤崎さん、いや、宮下さんも、こうやって歩きながら、今は懐かしく思い出しているのだろうか。
教室に着くともう後ろには何人か人がいて、入りきらなくなると廊下で見る様になると思ったので、僕は急いで教室の後ろに向かって進んでは空いている場所に立った。
宮下さんも僕を見習い付いて来ては僕の横に並ぶ。
暫くすると教室は満杯になり、入れない父兄は廊下の方から見る事となった。
そういう訳で教室はギュウギュウ詰めで、僕と宮下さんも、否応なく密着する形となった。
二人とも目配せして、照れて笑った。
授業が始まって、暫くすると、僕はどの子が宮下さんの娘さんかは直ぐに気付いた。
先生に指され、立った時に姿だけではなく、顔も一瞬後ろを向いたので、僕は確信する事が出来たのだ。
あの頃の、僕の知っている藤崎由美子と瓜二つだった。
顔も、姿も、寸分たがわず、まるで当時の藤崎由美子が蘇った様だった。今は宮下だけれど。
それから僕は、自分の息子もそっちのけで、彼女を見続けた。
髪の毛、白い首と項、白いブラウスから生えている華奢な腕、そしてうっすらと透けて見えるブラの線。
僕はドキッとした。
あの頃の、自称三度目の初恋の記憶と、感情が、僕の奥底から込み上げて来るのが分かった。
ああ、そうだ、僕は彼女が好きだったんだ。そして、もしかしたら今でも…。
ツンツン
その時だった。
僕の手に何か尖った物が当たっているのを感じて、僕は下を見た。
それは四ツ折リにされた紙の角だった。
こっそりと、宮下由美子が僕に渡そうとしている物だった。
僕も宮下さんも前を向いたまま、僕はそれを受け取った。
そして相変わらず前を向いたまま、紙を広げる。
読む時だけ一瞬下を見る。
『うまくいってないの』
その手紙には、そう書いてあった。
僕はまた、ドキッとした。
この言葉の意味を、どう取るべきか。
相談事の話なのか? それとも浮気の誘いなのか?
僕は宮下由美子の娘を見ながら、宮下由美子の手紙を考える。
かつて好きだった女性は、僕と同じ様に年を取った。
それでもあの時片想いで終った所為なのだろうか。こういう手紙を渡されると、更に思いは募ってしまう。
目の前の彼女の幻影を目で追いながら…。
しかし待てよ。彼女は僕の息子と、自分の娘が同じクラスなのを知っていた。
何れ僕に会えるかも知れないと思っていたのかも知れない。
そして、目の前の瓜二つの娘。
出来過ぎじゃないのか?
僕は何かの罠に掛かりつつあるのを感じながら、それでもその誘惑に勝てそうもない自分を感じつつあった。
おわり
読んで頂いて、有難うございます。
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