狗の現在、国の現状
「君はその身を滅ぼしても有り余るほどの罪を犯した。よって君には……」
こんな言葉から読み上げられた刑罰文を俺は今でも憶えている。
今、戦場にいる俺は、そんなどうでもいい昔のことを思い出しながら眼前の敵を斬り続ける。斬るたびに相手から噴き出る濁った紅の血。そんなものはもう見慣れた。でもさすがに、ぐったりするときはある。それでも、軍の命令があれば、その先、その先へと向かわなければならない。なぜ自分がこれほどまでにひたすら戦い続けなくてはならないのか。なぜ己の腕を人を殺めるために使わなければならないのか。俺は、時折自分を見失いそうになる。そんなだから、空を見上げても、視界が荒んでいるのか、どんなに晴れていてもとても美しくは見えない…。
時は20XX年。世界は、壊滅的な状態に陥っていた。各地で大きな戦争から小さな紛争まで、毎日のように勃発していた。この戦場は、「都」の国、マタントスと呼ばれる国にある。戦が起きる前は、世界の中心であり、情報や人が行き交う、田舎者にとっては夢の場所であった。
そんな場所も今は、4割ほどが焼け野原だ。相手国である「砂」の国、ハラサルとの戦争がもう3年は続いている。
この二つの国の間では、たしかに昔から軽い紛争は頻繁に起きていたものの、ここまでの大戦になるようなことはなかった。しかしこの惨劇は、来るべきして来た。
この戦争の引き金は、ハラサルが人体実験に使うための人材を欲したための、マタントスの「拉致被害」である。人体実験のための拉致は、狂ったように行われた。毎日毎日、私の息子が、僕のお父さんが、そんな悲鳴が聞こえてくる惨状に耐えかねた国軍が、この戦いをおっ始めたのだ。
だから俺は、ハラサルの「軍隊」の奴らを、斬ることには、なんとも思わない。奴らが行ったことが悪いんだ、自業自得だ、そんなことを思いながら腕を振り続けたら、自分がやっていることにも少しはやりがいが湧いてくる。ただ今はどうだ?拉致に何ら関係のない、何も悪事を犯していない、そんなか弱い「庶民」まで斬って何になるのだろうか。斬られる直前に、周りが向ける俺への視線は、「天に着いたら、まずはお前を呪ってやる」と言ってるようにしか思えない。そうだ。俺は。一生かかっても呪いきれないような、非道な人間に成り下がってしまったのだ。
変なことを考えてしまった。もう今この時間は、乗り気になって戦に参加することはできない。軍の人間、いや、軍の狗は、自分の存在に意味を問いただしてはならない。俺は今、この戦場にいる資格はない。
そんなことを考えながら小屋で休んでいると、同じ第一部隊(A班)のタルースが、おちゃらけた声で喋りかけてきた。
「やあ、ルーテル君。君が志した、“恐ろしい復讐”ってのは捗ってるかい?」
この人は、まるでデリカシーってのがない。一応先輩だが、無視してしまった。後ろで舌打ちが聞こえたが、面倒なのでスルーした。
“恐ろしい復讐”か…。そうだよな。こんなとこで俺は立ち止まってる場合じゃない。俺はそれを達成するまで、死物狂いで戦い続けなければならない。ここに来た意味を見失うわけにはいかないのだ。
「チュドォォォォォォォォォォォン!!!」
やばい!東のほうから特大の爆発音が聞こえてきた。自分の境遇についてなんかで悩んでる場合じゃない。しかもこの爆発音は…
「あいつら」によるものだ!