5.電話
あれから光司さんとはよく連絡を取り合う事になった。
意味もなく、電話やメールをすることで少しづつお互いの情報を得て行った。
実際の所、彼は趣味が広く話し上手だったので私も楽しんでいた。
それは光司さんも同じだったようで、時折いい気晴らしになると言っていた。
ただ、彼が忙しいと言うこともあって中々顔を合わせる機会はなかった。
仮面婚約者としては普通の事かも知れない。
そう思っていた私に、また絶叫マシンに乗りに行かないかと言う誘いがきたのは最近の事だった。
その時、私は一日分のやらなくてはいけない事は終了した後で自宅で寛いでいたように思う。
そこに光司さんが携帯に電話をかけて来て、遊びに行かないかと言ったのだ。
私も彼の事は嫌いじゃない。
光司さんは澄ました所を見せないだけに話しやすい。
良い所のお嬢様を演じる必要もないので、私も気楽だった。
「あの、光司さん。」
「うん?」
彼が片眉を上げたのを何となく想像した。
さっきまで盛り上がったのに急に静かになったのを疑問に思っているのだろう。
「えっと、一緒に行くのは私でいいんでしょうか。」
「どういうこと?」
「つまり、恋人がいたら困るんじゃないかなと。」
「恋人!?」
光司さんは驚いたような声を上げた。
彼の年代で恋人の一人二人がいる事はおかしくないと思うが。
「恋人がいたら女の子と二人で出掛けないだろ、普通。」
「そうですね…。」
そうなのか?
高校の時はよく二人で遊んだ男の子がいたが、別に付き合っていると言う訳でもなかった。
ただ、単純に彼が変人と言うだけだったかもしれないが…。
今から考えれば、よく噂にならなかった物である。
「一度相談するべきだと思ったんですけど、付き合いたい人が出来たらどうします?」
「少なくとも俺は当面まともな恋人を作るつもりもないし、
あんたと婚約している間は遊びもするつもりもない。」
「誠実ですね。」
「意外だろ?こっちから言い出した事だから、それぐらいはしようと思う。
どうせ家の方にある程度交遊関係は把握されていると思うしな。」
「ああ、だから私と…。」
「そう、あんたは妙な探りを入れないで遊べる珍しい女の子ってとこ。
男友達と遊ぶのもいいが、それだけだと味気ないからな。」
それだけ言うと、一呼吸落ち着かせるように光司さんは黙った。
多分、何かしら考えているのだろう。
私は彼が話し始めるのを待った。
「それであんたはどうしたい?」
「そうですね。恋人を作りたいと言う気持ちはなくもないですが…。」
「まあ、普通の事だな。」
「じゃあ、お互いに好きな方が出来たら報告して話し合いましょう。その方と付き合いたい場合は特に。」
「家に知られたら、面倒な事になるのはお互い様か。」
「ええ、ただ協力し合えば露見しないようにするのも可能です。」
「分かった。しかし、あんた何ていうか…。」
光司さんがくつくつ笑っている声がする。
何なんだろうか?
「妙にしっかりしていると言うか、理性的と言うか…。変わっているよな。」
「どうせ、可愛げがありませんよ。」
「そうは言ってないだろう?」
光司さんの声が震えていて笑いの余韻の残っている事が分かり、
私は一人部屋でむくれる事になった。
それから、都内の何処の絶叫マシーンがおすすめかと言うのに話は流れて行ったのだが。
こうして、私と光司さんはよく遊ぶようになって行った。
そうする内に日頃の窮屈な生活で溜まったストレスを発散する為の方法の一つになった。
そうして、私はと言うと中学生向けの家庭教師をやり始めていた。
父には婚約者とも話し合った上で決めた事だと言うと、
英会話の稽古を一つ減らしてアルバイトをすることを了承してくれた。
女の子だが懐いてくれているので妹がいたらこんな感じかとも思った。
仕事は思いの外にスムーズに進んでいるので、
ひょっとしたら教えるのに向いているかもしれないと思った。
一応、教職課程も取っているので将来家から離れられたら、教師として働く事もいいかも知れない。
光司さんとの婚約は私が社会に出て金銭を稼げるようになる為の準備期間を保つための物でもあった。
本当は文学を研究したいが、大学院に行けるかは微妙な所だった。
父には反対されることが見えていて、私自身早く独り立ちしたい気持ちが大きかった。
光司さんは既に事業を行っていると言っていたけれど、将来は何になりたいんだろう。
どのようになりたいんだろう。
私に対しては面倒見の良い彼が結婚したがらないと言うのも不思議だった。
しかし、これは仮面婚約者の立場で聞くのは微妙な話題だろう。
この関係はどこまで踏み込んでいいのか難しい物がある。
表面だけで済ますにはお互いの事を気に入っていて、友達と言うには会ったばかりだ。
そして、多分私と彼は簡単に人に気を許す人種ではないだろう。
私達が完全に打ち解ける事があっても、
それはきっと先の話で、その頃には既に婚約は解消して別の人間が横に居るのかもしれない。
きっと、光司さんの横に居るとしたら綺麗な女の人なんだろうなと考えながら、退屈な午後の授業を受けていた。