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4.交流

「光司さんの大学はこの近くなんですか。」

「ああ、だからここの喫茶店を待ち合わせ場所として思いついたんだ。

同級生と来るには落ち着いているが、悪くないだろう?」

「ええ。」

実際の所、ここの喫茶店は静かな雰囲気で気に入った。

もっと騒がしい所が好きと言うイメージがあったので意外だった。


光司さんは淡々といた声で喋る。

話し方は砕けているがその声を聞いていたら落ち着いた。


「これから、空いているか?」

「夜からはピアノの稽古があるので…。それまでなら大丈夫です。」

「なら、夕方までなら大丈夫だな。ちょっと付き合ってくれるか。」

「いいですけど、何処へ?」

「あんた次第だな。」

「はい?」


               「遊園地と映画と美術館、何処に行きたい?」


そう言う訳で光司さんと私は遊園地に来ていた。

あれよあれよという間に連れて来られてしまったのだ。

ある程度親密そうに見えた方が都合がいいと言うのが彼の意見だった。


「しかし、意外だな。」

ジェットコースターの待ち時間に光司さんはぽつりと呟いた。

スーツ姿の彼はややこの場所には浮いていたが、異質と言うほどではない。

むしろ光司さんの毛並みの良さを表していて、さっき擦れ違った女の子が彼の事を見ていたぐらいだ。


「何がですか。」

カップルが多い場所で偽装婚約者と来ていた虚しさを噛み締めていた私はやや雑に答えた。


「絶叫系が好きなんだな、あんた。」

「メリーゴーランドとかが好きな大人しい女の子に見えますか?」

私はやや口をつりあげて、上目遣いで尋ねると光司さんは沈黙を返した。

それが答えでよほど第一印象で風に晒されてた事のない箱入りのお姫様に見えたんだろうなと考えて苦笑した。


「私、こういうの好きなんです。光司さんは苦手ですか?」

「いいや、大好物だね。ここは、迫力があるって有名だから楽しみだ。」

そう言ってニヤリと笑う彼は、出会ってまだ間もない私が言うのもなんだが凄くらしかった。


結果と言うと、このアトラクションは大当たりだった。

ゆっくりと上昇して行く緊張感から一気に下がる時のスピード感まで充分楽しめた。

それは光司さんも同じだったらしく、上機嫌なのが伝わってくる。


「他に絶叫系のアトラクションは後二つあるらしいぜ。どうせなら制覇しよう。」

「いいですね。思いっきり叫びましょう。」

思わず私がそう返すと、彼は薄く微笑んだ。

どうせならこの時間を光司さんも楽しんでもらえればいい、そんな事を考えた。


2つ目のアトラクションが終了した所で、一時休憩と言う事になった。

待ち時間に彼の友人のこと等を少し聞かせてもらった。

分かったのは、交友範囲がとても広いと言うことだ。

如何にも社交的なタイプだが、その通りだったらしい。


「お待たせ。ほら、飲み物。」

「ありがとうございます。あのお金は…。」

入園料は光司さんが無料チケットを持っていたというがどうにも嘘くさい。

おごられっぱなしと言うのもどうにも癪だ。


「いいだろ別に。小銭だし。」

「じゃあ、ご馳走になります。」

渡されたのは紙コップに入っていたアイスのブラックコーヒーだった。

彼も同じもので、甘い物はそれほど好きじゃない私にとっては有り難かった。


「そう言えば、ピアノをやっているんだって?凄いじゃないか。」

「趣味の範囲内ですよ。結局、父に言われて習っているだけです。」

正直な所、ピアノを弾く事が楽しいと思った事は一度もなかった。

一緒に稽古をした子の中にはピアノを好きで好きでたまらないのに、

家庭の都合で止めざるを得なくなった子も居て、子供ながらに随分不平等だと思ったものだ。


「何時からやっているわけ?」

「子供の時からずっとですね。もう長いな…。」

そう、小さい時はよく祖父の前でピアノを弾いていた。

祖父は褒めてくれて、それがとても嬉しかった事を思い出した。

私が感傷に浸っていると、光司さんが言葉を続けた。


「それでも偉いだろ。俺は投げ出したから。」

私はそれに感謝の言葉を述べながらも内心呟いた。

彼には家からの押し付けを断るだけの強さがあって私にはなかった、それだけの話だと。


最後のアトラクションに向かったが待ち時間が長すぎて断念する事になった。

これに乗るのに挑戦したら、稽古に間に合わなくなってしまうだろう。

これからどうするとなった時にゲームセンターがあり、取り敢えずそこにはいる事になった。


「それ、欲しいの?」

「ええ、ちょっと可愛いかなと思って。」

それはチープなクレーンゲームの片隅にあった、クマのぬいぐるみだ。

目付きが悪いのが妙に愛らしい。

だが、残念な事に私はこういうのは苦手なのだ。


「取ってやろうか。こういうのは得意なんだ。」

「いいんですか?」

「婚約者だし。」

光司さんは明らかに面白がっている様な顔をしていて、遠慮をしているのが馬鹿馬鹿しくなった。

彼は状況を楽しむのが得意だ、ふとそんな事を思った。


「ありがとうございます。」

私がぬいぐるみを抱きしめながら言うと、光司さんはやる気のない口調でどういたしましてと言った。

多分、自分は大した事をしていないと主張したいんだろう。

他にも折角だからと言って幾つかのマシンで遊んで、それでお開きとなった。

彼は駅の所まで送ってきてくれて、軽く手を振って別れた。


私は電車の中で今日一日の事を反芻しつつ、

ピアノの稽古の課題へとゆっくりと思考が移って行った。


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