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1.お見合い

          彼には私の何十回目か分からない見合いで会った。

        当時の私は心の底から疲れていて随分と投げやりになっていた。           



高級日本料亭の一角で私はその男に引きあわされた。

その人は今時の若者めいていたが同時に滲み出る育ちの良さが鼻についた。

小さい頃からたっぷりと金銭を掛けられて育てられた人間独特の雰囲気が彼にはあった。

私自身の偏見もあると思うが、こう言った人種のプライドの高さも傲慢さも正直苦手だ。


今回のお見合いだけは破談に出来そうになかった。

そう私は数十回目のお見合いで、彼と出会ったのだった。

それはお互いの両親が付き添っての正式な顔合わせと言う、

今時では前世紀の遺物と化している古めかしい様式の事だった。

私は和やかに歓談している彼等を尻目にこうなるまでの道筋を記憶を遡らせて行った。


私がいつもと同じようにお稽古事を終えて、

家で出された課題を片付けていると父から呼び出しが掛った。

使用人からの事づけに一体何事だろうと首を傾げながらも服装を整え、父の私室へと足を運んだ。


「今週の日曜日、宮之瀬のご子息とお見合いをしなさい。

これは私の会社にとってもいい縁組だ。礼儀正しく振舞いなさい。」

壮年になっても衰えない、鋭い眼光を持つ父は命令する様な厳しい口調で言い放った。

内心とうとうこの時が来たかともいつつも、私は動揺を隠せなかった。


「待って下さい。私はまだ…。」

「お前はもう18歳だ。私は祖父の様には甘くない。必ず成功させなさい。」

その言葉は部下に命令する上司その物で、私はまた一つ深い諦めを感じた。

今までは私を溺愛してくれた祖父の縁談だから破談に出来た。

この冷たい家でたった一人可愛がってくれた彼は、

年齢通りの古風な考えの持ち主で結婚が女性の幸せだと思っていたのだろう。

そう、祖父は私の幸せを祈ってくれた。

けど、もう彼は何処にもいない。

私を置いて逝ってしまった。


強い立ち眩みが襲ってきて、全てがどうでもいい気分になった。

そうして、私は父の命令に頷いてしまったのである。


壮年になっても衰えない眼光を持つ父はやがて退室を促した。

廊下を歩きながら、最後に名前を読んでもらったのが何時か考えたが思い出せなった。


私がぼんやりと回想をしていると、

後はお若い人達でと言うお決まりの文句で付き添いは去ってしまった。


沈黙が気まずい。

それを破ったのは彼の方だった。


「確か、まだ大学生ですよね?」

「経済学を学ぶ傍ら、小規模の事業を行っています。可奈子さんも学生でしたよね?」

「ええ、文学を学んでいます。直接的に社会の役に立つ分野ではないですが興味深いです。」


彼はスマートだが何を考えているか分からないタイプで気詰まりだった。

それでも、私はきちんと良家のお嬢さんらしい仮面を被ったまま、宮之瀬さんと談笑をする。

内心はとても空っぽで酷く虚ろだが、それを見抜かれた事は滅多になかった。


合わせてくれたのか彼がこの間読んだ本をするのに相槌を打ちながら、考えを巡らせていた。

宮之瀬さんは中々将来有望そうな若者だし、恋人とかがいるのではないだろうか。



そんな事をぼんやりと考えていると、ここの料亭は庭も見事らしいですよと散歩に誘われた。

仕方なしに、私はそれに淑女らしく頷いた。


多分、腕の良い庭師を雇っているのだろう。

広々とした庭は綺麗に手入れをされていて、池には鯉まで泳いでいた。

私は池を気持ちよさそうに泳ぐ赤い鯉を見ながらも、

自分が何をやっているのだと自問せずにはいられなかった。


厚く塗りたくられた化粧や質の良い着物に、澄ましている自分も全てが窮屈に思えた。

やはり、宮之瀬さんに話してお断りしようとして、振り向いた時に彼と目があった。


それは私を品定めするかの様に、

冷たくて、それと同じぐらいに獰猛な眼差しだった。

先ほどの良家のご子息らしい面影は微塵も残っていなくて、何故かそちらの方が好感を持てた。


私は宮之瀬さんを静かに見返す。

すると彼は口の端だけで微かにに笑った。


「へえ、人形みたいなお嬢さんかと思ったが芯が強いんだな。」

宮之瀬さんは低い声で微かに含む物を感じさせながら、そう言った。

私は内心何故か納得しながら、聞き返していた。


「猫を被っていたんですか?」

「聞き耳を立てている人間がいたからな。」

ストレートな言い様でそれだけに分かりやすい。

どうせ、私が妙な事を言い出さないのか警戒をしていたのだろう。

腹立たしいやり口だが、それに抵抗する手段はまだ私は持たない。

つらつらと考えていると、彼は一瞬バツの悪そうな顔をした。



「好青年じゃなくて悪かったな。」

「いいえ、何だか腑に落ちました。私としてもそちらの方が話しやすいです。」

そう返答すると、宮之瀬さんは意外そうな顔をした。

よっぽど、大人しい子に見えたのだろうか。


けれど、これは私の本音だった。

飾らない人間の方が何時だって好みなのだ。


「今日は本当はお見合いは断ろうと思ったんだ。」

「奇遇ですね、私も同じです。」

「好きな男でもいるのか?」

「いいえ。ただ、まだ結婚と言うのは考えられなくて…。」

こんな気持ちで結婚をするのは相手にも失礼だろう。

やり方は拙いながらも幸せを祈ってくれた祖父にも申し訳ない。

すると、宮之瀬さんは面白い物を見つけたと言う様に片眉を上げて笑った。


            「なあ、取引をしないか。」

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