僕の目に映った景色
私、一人ぼっちになるの怖いの。この広い宇宙の中、誰も私の存在に気づかずこのまま過ごすのも嫌なの。だから私、決めたの。自分の存在を皆に知らせるため、私本を書くことにしたの。言葉一つ一つに気持ちをこめて、自分ていう人間が今この時間、この時代で息をして生きていたことを、本で証明することにしたの。
へぇー立派だね。でもそうやって自分が生きていることを皆に証明して何の価値があるの。いずれその命も消えて、死んで行くのに。
価値なんかそんなもの関係ないの。確かにこの命はいずれ失うもの。そんなのいつか無くなるようなもののために私は本を書くつもりじゃない。ただ私と同じ様な悩みを持つ人たちが私の作品を読んで少しでも落ち着けるようになるために書きたいの。
それじゃ他人のために書くの?
そう。
君っておかしいね。
どうしてそう思うの?
だって、最初は自分の存在を他人に知らせるため本書くって言ったよね。それなのにその後次ぐに他の人が悩まないために本を書くって言うのだから。それって矛盾していると思わない?
しているかも。正直、自分でも良く分からないの。誰のために書くことってそんなに大事かな?
僕には分からないよ。本なんか書いたことないし。ただ、誰のために書くより、書くこと自体の方が大事じゃないかとは思うけどね。
書くことの方が大事?
そう書くことの方が大事、僕はさっきも言ったように本なんか書いたこと無いけど、本を書くことは生きることと同じじゃないかって思うんだ。
生きることと同じ?
そう。誰のために生きるんじゃなくて、生きていること自体の方が大事なんだよ。本もそれと同じ、多分。
君もおかしいね。でも、何となく分かる気がする。
それでどんな話書くつもりなの?
主人公が最後に死ぬ話。後はどうでもいいかな。
どうして主人公が最後に死ぬの。生きていたほうがハッピーエンドでもっと面白くならないか?
違うね。主人公は最初から死ぬって決めてるの。これだけは絶対に変えない。
よほど嫌いなんだ、主人公のこと。
そうじゃないよ。でも人は皆いつか死ぬ。主人公もその例外ではない。私はただ自分の作品をもっと現実的にしたいだけなの。それだけ。
なんだか僕には良く分からない。でも君の書いた本いつか読むかも。
第一章
僕はごく普通の大学生であって、ごく普通の生活を送っていた。自分が特別な存在なのかも一度も考えたことはなかった。そもそも「特別」という言葉が嫌いだった。
自分を周りから除外するような意味を連想するような単語であったからだ。だが僕は自分が日々感じてた感覚が回りの人たちと妙に違うことには薄々気づいていた。
他人の感覚や考えなど分かりえないことが確かであることぐらい、僕にも理解できた。だが人の思いは結局行動に反映される。
行動さえ鋭く観察すればたいていの人の内心は理解可能であると僕は信じ込んでいた。そしてこの他人の行動によって僕は自分が違う存在だと思い始めた。
僕の目に映る景色は隣に座っている、ガールフレンドのサヤちゃんが見ている景色と同じはずだ。サヤちゃんだけでなく、僕らから十数メートル離れている中年のおばさんの目に映る景色も、彼女のペットの目に映る景色も全部同じものなのに、なぜ僕だけこの光景を見て辛く感じるんだろうか。
日が暮れていく時、オレンジ色のお日様を見てなぜ僕だけ「死」を感じるんだろうか。
僕は昔からこうであった。美しいものを見るたび、生より死のことが頭の中に浮びはじめる思考を持っていた。それが何をいみするのかは正直僕さえにも分からない。だが自分の死への異常なるほどの執着は普通ではないと思う。少なくとも現代の人の常識からはかなりずれていると思う。
自分の考えが他の人と違うと感じたのはサヤちゃんに出会って初めてだった。彼女と色々話し合って、自分は「生」より「死」のことしか考えてないと初めて気づいた。
だがこの事実を知っても僕は不思議と全く驚きはしなかった。サヤちゃんに一度だけ自分の思いを正直話たことがある。彼女は僕の話を真剣に聞いてくれた。そして数分ぐらい間をおいてから彼女らしい声で僕にこう呟いた。「有君っておかしい人だね。でもそれはきっと有君が特別な人だからそう感じるのよ。」
「特別」、やはりこの単語は好きではない。
サヤちゃんに言われた時もあまり良く思えなかったが、本当に僕は特別なのかもしれない。僕だけでなく、この世の生きている全ての人、全ての生物が特別なのかもしれない。
「特別」な僕の目に映る景色は「特別」なサヤちゃんの目に映る景色と同じ様に見えて違うかも知れない。それは誰にも分からないことだからだ。僕が僕である限り、サヤちゃんがサヤちゃんである限り、誰にも分からない。