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 その時、俺の後ろでドアの開く音が聞こえた。しまった。もうやってきやがった。シャーロットが慌てて銃を構えた。

「お前ら、そのザマはなんだ?」

 低くドスのきいた声が入り口から聞こえた。今までとは異質な空気が部屋の中に満ち始める。そこには迷彩色のパンツに黒い皮のブーツ、黒いタンクトップを着た身長が2メートルはあろうかという赤毛の大男が立っていた。どでかいライフル銃を構え、馬鹿にしたような顔で双子を見詰めている。双子は立ち上がってロックに縋り付き、懇願した。

「こいつ、ゾンビだったんだ。俺達、噛まれちまった」

「お願いだ、ロック! 助かるかもしれねえから車で病院に連れてってくれよ。腕が痛くて運転出来ねえんだ」

 ロックは黙って俺とシャーロットを見た。そして双子にゆっくりと視線を戻す。

「そうか、判った。病院なんて行かなくてもすぐ楽にしてやるよ」

 そう言った瞬間、二人を同時に突き飛ばし、ロックはビルの頭に銃口を押し当てて引き金を引いた。凄まじい轟音と共に頭が弾けて脳漿と大量の血がそこらじゅうに撒き散らされた。

 慌てて逃げようとするバルの後頭部を弾丸が打ち抜く。あっという間に双子は物言わぬ屍となった。

 ロックは間髪をいれずシャーロットに銃口を向けた。俺が立ちはだかる暇もない早業で銃は撃たれ、絶望的な気持ちで彼女を振り返る。彼女は凶暴な弾に腕の肉を削ぎ落とされ、デザートイーグルを取り落としていたが、気丈にもじっと痛みを堪えながらロックを睨み付けている。だが、もう銃を拾う力はなさそうだ。

「俺を撃とうなんて十年早いぜ、雌豚め!」

 奴が今度は俺に銃口を向けてきた。身体が大きいのに信じられないくらい行動が素早い。辛うじて身をかわすと、逸れた弾が背後の壁に当たり、バスケットボールみたいに大きな穴を開けた。そのまま俺はロックに飛び掛り、サバイバルナイフで奴の腕を斬りつけた。だが、傷口から血が噴出しても奴はビクともしない。凶暴な笑みを浮かべながら逆に俺の顎を下から殴り返してきた。人間離れした強烈なアッパーカットに目が眩みそうになり、ナイフを落とし、よろけて後退りした瞬間、冷たい銃口が俺の額にピタリと押し当てられた。

「お前、あのレイの仲間だそうじゃねえか。ゾンビだったとは知らなかったぜ。お前はあいつとどんな関係だ? 毎日、あいつのカマを掘ってんのか? ええ? あいつの悶える顔は女より色っぽいんじゃねえのか?」

 くそ、動けない。俺が動くより、引き金のほうが早く引かれるに違いない。

「俺達はそんな関係じゃねえ。お前こそレイの写真を見てマスかいてるんじゃねえのか? この下卑野郎!」

「何だ。お前らゲイじゃねえのかよ。だったら俺がレイをヤッても構わねえよな? あいつ、お前の死体を見たらどんな顔するかな? 今から楽しみだぜ。それから、そこの女。お前はあのヴァンパイアの女だな? あの吸血鬼一家の家の写真立てで見たぜ。こいつを始末したら、じっくり可愛がってやるから待ってろよ」

 その瞬間、部屋の中が真っ暗になった。だが俺には部屋の中が見える。これも俺の中に流れているレイの血のおかげだ。

 俺は素早く身を屈めた。瞬時に銃声が響き渡る。ドアが開き、部屋に飛び込んできたレイがロックに飛び掛るのが見えた。怒号。そして響き渡る銃声。

「そいつを殺すな、レイ! 生きててもらわなくちゃ困るんだ!」

「判ってるさ。デビィ、外へ出て発電機のスイッチを入れろ!」

 俺はシャーロットを連れて急いで部屋を出た。薄暗い廊下は機械油の臭いがする。廊下に置かれている発電機のスイッチを入れた。部屋が暗いほうがレイにとっては有利だが、奴は相手と対等の立場で戦いたいのかもしれない。そっとドアを開けて見るとレイはロックを翻弄するように素早く動き回り、奴の身体に確実に攻撃を仕掛けている。まだ銃を抱えたままのロックがいきなりこちらに銃口を向けてきたので慌ててドアを閉めた。


 何分経っただろうか。突然部屋の中が静かになり、ドアが開いた。最初に出てきたのはレイだ。何やら大きなものを引き摺っている。両足を掴まれ、引き摺られて出てきたのはロックだった。その身体はぴくりとも動かない。

「死んでないよ、デビィ。気絶してるだけだ」

「ああそうか、よかった。助かったよ、レイ。今日はお前にしては珍しく奇襲だったな」

「こんな卑怯な奴に正々堂々と戦いを挑む気はないね。それに、あの状況じゃあれしかないだろう。部屋の中の会話は全部聞こえてたし。でも、明るいところで戦ってもたいしたことはなかった。見掛け倒しだな」

「お前……来てたんならさっさと入って来いよ! もう少しで殺されるところだったんだぞ!」

 レイはすっとぼけた顔をして俺を見ている。

「俺が助けてばかりじゃお前のためにならないしな。これも一種の修行だと思えよ。さあ、ぐずぐずしてないでこいつの手足を縛ろう。それに彼女に言うことがあるんだろう?」

 そうだった。俺は無表情でその場に座り込んでいるシャーロットに手を伸ばした。だが、彼女は俺の手を取ろうとはしない。

「ねえ、デビィ。どうしてロックを助けたの?」

「ああ、それはこういうことだよ。俺は人を食うモンスターだ。でも、俺はゾンビ・ウィルスは持ってねえ。これがどういう意味か判るか?」

 シャーロットは戸惑ったように俺の顔を見ていたが、やがて小さく、あっと呟いた。

「それじゃ、この男は助かるはずの仲間を撃ち殺したってことね?」

「その通り。こいつは『人間』を殺した。だからこいつは殺人罪で裁かれる。それにはあんたの証言が必要だけどね、シャーロット。まあ、一度死んでゾンビとして復活してない人間を調べもせずに撃ち殺すこと自体、間違いなく違法だけどな」

 シャーロットの瞳から涙が溢れ出した。

「あたし……頑張ってみる。ありがとう、デビィ」

 シャーロットの伸ばした手を取って彼女を立たせる。

「携帯は持ってるか? すぐに警察に連絡するんだ。傷が酷いから救急車も寄越してもらえ。こいつが目を覚まさないうちに」

「……あなた達は?」

 ロックを縛り上げたレイが俺の横に来て、彼女に優しげな笑顔を見せた。

「俺達は退散するよ。ハンターに追われてる身なんでね」

「デビィ、レイ、あたし、モンスター擁護運動に参加するわ。あなた達が安心して暮らせる世界になるようにね」

 俺は心の底でクロード先生に感謝した。



「おめでとう。君の体内にゾンビ・ウィルスは存在していないよ。極めて不思議なことだがレイの血液がゾンビ・ウィルスを一掃してしまったようだ」

 それがその日、午前中にクロード先生が俺に告げた言葉だ。嬉しかった。もう他人をゾンビにしてしまう心配はしなくてもいい。

「ありがとう、先生。で、俺の食人衝動は消すことが出来るんですか?」

 クロード先生は残念そうに首を横に振りながら、こう答えた。

「それは難しいな。少なくとも医療行為で消すことは無理だ。それは後遺症のようなものだから君がその衝動を手なずけていく以外に方法はないだろうな」

「そうですか……」

 少しがっかりしたが、今は昔ほど酷い衝動に駆られることはなくなっている。きっといつかは完全に衝動を押さえ込める日が来る。

 それまで、どうして血液の検査をしなかったのかというと、それは俺自身が怖かったからだ。身体の中に危険なゾンビ・ウィルスが住み着いている現実を突きつけられたら、どうしたらいいのか判らなかったからだ。だが、あの時レイはこう言ったのだ。例えそうであっても、俺は今までどおりお前と暮らしていくだけだ。だから心配しなくていいと。その言葉で決心がついた。で、俺達はクロード先生を訪ねてきたのだ。


 工場の外に出ると、レイは俺にジャケットを放って寄越した。

「早く着ろよ。お前、血まみれだぞ」

 確かに。俺のTシャツは原形をとどめないほどボロボロだった。

「レイ、お前、俺の電話がおかしいと思ったか?」

「まあね。お前は女好きだが、ところかまわずセックスしたがる奴じゃない。だから、お前が誰かに捕まってるんじゃないかとすぐに思ったよ」

「そうか。さすがに俺のことはよく判ってるな。それからロックを殺さないでくれて助かったよ」

「ロックがここに入ったときから後をつけてたからね。お前達の会話は全部聞いてるし、お前が何をしたいかすぐに判ったよ。それにしても今日は冴えてたな。天才だよ、デビィ」

「いや、そうか? はは……そうでもねえよ」

ちょっと照れくさかった。レイが俺を褒めることなんて滅多にない。

 だがレイは少々上目使いをして俺を見る。うう……睫の長いその瞳でじっと見詰められることに俺が弱いのをこいつ判ってやがる。いや、でも今回はきっぱり断ってやるぞ。

「なあ、デビィ。新しいジャケット、欲しいと思ってるんだけど」

「あのな……ちょっと俺を褒めたからって買ってやるなんて言うと思うなよ!」

「なんだ、ケチだな」

「お前がずうずうしいだけだろが!」

「いいか、デビィ。俺があのタイミングで飛び込まなかったらお前は死体になってたんだぞ」

「う……ま、まあ、そうだけどな」

「給料入ってからでいいからさ。な?」

 そう言いながら、レイは究極の必殺技ともいえる取って置きの笑みを見せる。まあ……仕方ないか。

「じゃ、今回だけだぞ!」

「ありがとう、デビィ」

 何だか褒められた分、高くついてしまった気がする。

 その時、シャーロットが疲れた様子で工場の外に出てきた。乱れた髪に手櫛を入れながら、俺達を見て少しだけ微笑んだ。

「電話したわ。すぐにパトカーを寄越すって」

「そうか、それじゃ、これでお別れだな」

 俺はシャーロットの手を取り、軽く握手した。

「いろいろ大変だろうけど、頑張れよ」

「大丈夫。あなた達も頑張ってね」


「ああ。さて、後はどうやってホテルに帰るかだな」

「そんなことは簡単だよ」

 レイがにやりと笑っていきなり俺の身体を抱き上げた。何というか、その……お姫様だっこの状態だ。

「お、おい、レイ、何を!」

 俺が抵抗する間もなく、レイは膝を曲げて地面を蹴った。軽々と飛び上がったレイは缶詰の看板の上を蹴って、そのままふわりと屋根の上に舞い降り、俺を降ろした。

「さあ、後はホテルまで屋根伝いに走るぞ。部屋の窓は開いてるからそこから入ればいい」

「走るって、屋根の上をかよ!」

「その通り。急ぐぞ、デビィ」

 俺はそっと下を見下ろした。シャーロットが手を振っている。俺も軽く手を振り返して屋根の上をおっかなびっくり走り出した。本当のところ……高いところは大の苦手なんだが。

 欠けた月が澄みきった夜空に浮かぶ春の宵、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてくる。長い金髪を翻して飛ぶように走っていくレイを追って必死で屋根から屋根へと飛び移る。 

 ……これこそが今日の出来事の中で最大の試練かもしれない。

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