第二節 初めての名前 1-2
次の日も、その次の日もラッパは同じ音を立てて響く。
そして、一月が過ぎた頃。
「1番、入るぞ」
重い扉を開くと、いつものように囚人が椅子に腰を下ろしている。
相変わらず、仮面に隠れて表情は分からない。
いや、表情はおろか素顔を見たこともない。
「……ダニエル」
仮面の中で篭もる声。
「今日は、何を教えてくれるの?」
だが、その声には喜びが満ち溢れている。
それは、今まで一人孤独に過ごしていた少女にとってかけがえの時間だったからだ。
「そうだな。じゃあ、北の果てにあるという幻の国の話しはどうだ? 俺も行った事はないが、旅人たちがよく話してくれたものだ」
朝食の短い間が、二人だけの愉しい時間が流れていた。
と言っても、ダニエルがどこかで聞いたような噂話や監獄所の内で起こった事件を面白おかしく話す程度だったが。
それでも、今まで知らなかった話に少女は心を弾ませた。
ダニエルの話に笑い声が漏れる。
ダニエルも、その笑い声に満足する。
初めのうちは、不気味に思っていた囚人だったが、実は何も知らない少女だったと知り一気に打ち解けたのだ。
「おっと、もう行かないと」
僅かに聞こえるラッパの音に慌ててトレイを下げる。
「また、明日楽しみにしています」
「そうだな。じゃあな1ば……」
いつものように、囚人番号で呼ぼうとしたが不意に言葉を止める。
「?」
その態度に首を傾げる。
「お前、名前はないのか?」
普段から、他の囚人同様に番号で呼んでいたダニエルだったが、ふと少女の名前が気になった。
「名前……私の名前は……分かりません」
口籠もる。
「そうか。じゃあさ、俺が考えてやるよ!」
そう言って、しばらく腕組みをして思案に耽り、思い付いたような表情で口を開いた。
「アン……アンというのはどうだ。1番というのは俺が生まれた地方ではアンと言うんだ。これなら、誰かに聞かれても言い訳できる。それに、アンは女の子の名前にもよく使われているんだ」
得意満面で話す。
「アン……私の名前。ありがとうダニエル」
声に喜びが満ちている。
仮面越しではあるが、ダニエルには少女の笑顔が見えたような気がした。
「じゃあなアン!」