第十四節 束の間の永遠 1-3
「……アン! アン!」
やっとの思いで、追っ手から逃れた二人は古びた教会の中に隠れていた。
静まり返る礼拝堂。
ダニエルは何度も呼びかける。
呼吸の間隔が徐々に長くなる。
不意に、閉じられていたまぶたがゆっくりとひらいた。
そして、柔らかな視線でダニエルを見つめて。
「……ごめんなさい」
聞き取れないほどの小さな声。
だが、振り絞るような強い声。
そして、その言葉に含まれるあまりにも多くの思いが込められている事に言葉を失う。
彼女は……アンは、自身の不幸な運命にダニエルを巻き込んでしまった事を謝ったのだ。
傷だらけの体。
そして、ダニエルが歩むはずだった幸せな未来。
自分に関わってしまった為に、多くを失ってしまい、あろう事か犯罪者の汚名を着せてしまったのだ。
その瞳から一筋の涙が滴る。
「俺は、約束を守れなかった。アン、君に世界を見せると、あのとき約束したのに」
悔しさをかみ締めながら男は言う。己の無力さを激しく呪った。
大粒の涙が零れる。
「……ダニエル……ほら」
涙にかすむ視線の先。
穏やかに微笑みながらアンが指差す先には一枚の絵が飾られていた。
それは、とっても美しい絵だった。
迫害された民衆の為に命を掛けて戦った聖人が、その罪を問われて処刑された。
その絵は、刑の執行前に悲しみに暮れる民衆の前で最後に教えを説く姿が描かれている。
穏やかな表情の聖人がとても印象的だった。
「あんなにたくさんの……人がいる」
飾られて景色の中には、世界を埋め尽くさんばかりの人々の姿が描かれていた。
「本当に……こんなにたくさんの人がいるの?」
「あぁ、こんなもんじゃない。もっと、たくさんの表情を持った人たちがいるんだ」
「見て……みたいな」
今にも途切れてしまいそうな弱々しい声だった。
「見に行こう。俺が連れて行くから……だから」
少し冷たく感じるその手を、力いっぱい握り締めていた時だった。
「?!」
唇にほんのりと温かな感触。
泣き崩れるダニエルに口付けをしたのだ。
長い……とても長い時間を二人は感じていた。
そして唇を離し、優しく微笑むアン。
「……ありがとう」