第十四節 束の間の永遠 1-2
はじめ、何が起こったのか分からなかった。
ただ、耳に聞こえたのは風を切り裂くような奇妙な音だけ。
目を凝らしても、目の前に広がる木々の先が暗く見えないような弱々しい月明かりの下。
突然、アンが目の前に飛び出してきた刹那だった。
トン……
小さな音が一つ辺りに響く。
それは、耳にするにはあまりにも儚い音だった。
しかし、その瞬間すべての雑音がその儚い音の前に沈黙する。
世界が凍りついた。
まるで、糸が切れた操り人形のように力なく倒れこんだのだ。
目を疑った。
その胸には一本の矢が無情にも突き立っていた。
「馬鹿者!」
すぐ近くで、監獄長の怒声が木霊すのが聞こえた。
二人の姿を見つけた警備兵の一人が、ダニエルに狙いをつけ矢を放った。
そして、それに気付いたアンが身を挺して守ったのだ。
突き立った矢の先からは、まるで白い囚人服を真紅のドレスに変わろうとするかのように紅い滴が滲み出る。
矢の先は、決して深くは刺さっていない。
だが、長く監獄で生活してきたアンの身体はとても弱々しい。
普通の女性よりも遥かに脆いのだ。
「クソ!」
一刻も早く、手当てをしなければ命に関わるだろう。
だが、追っ手はすぐ傍まで来ている。
浅い呼吸をするアンを背負い走った。
「待て! このままでは……」
背後で叫ぶ監獄長の言葉を振り切るように走り出す。
心臓が破裂してもかまわない。
そう思うほどに、ダニエルは夢中で走った。