第六節 隠された素顔 1-2
その日も、二階の窓からこっそりと塔内に入り込んだ時だった。
いつもとは違う。
それは、アンのいる部屋の前に差し掛かったときだった。
扉の下から、光がこぼれている事に気づく。
静かに部屋に近づくと、中に複数の人の気配を感じた。
「さぁ、監獄長様。仮面を」
その声は女性のものだ。
「誰だ?」
扉の隙間から中を覗くと、そこにはこちらに背を向けるアンと、それを囲むように二人の女性とマール監獄長が立っていた。
机には、お湯の張られた小さな桶が置かれている。
すると、マール監獄長が鍵束の中から見たことのない鍵を一つ取り出した。
その鍵は、今まで開いた事のない仮面の後ろの鍵穴に吸い込まれる。
ガチャ……
鈍い音が微かに聞こえた。
そして、今まで閉ざされたアンの仮面がその封印を静かに解いたのだ。
「……!」
ダニエルは言葉を失った。
仮面の奥から流れ落ちた髪は、この世のものとは思えないほどの光り輝く黄金色をしていた。
柔らかな絹のようにふわりと背中に落ち着くと、とても何週間に一度しか手入れがされていないとは思えないほど綺麗なものだった。
「ア……ン?」
そして、ゆっくりとこちらを振り向いたアンの素顔に息を呑む。
真冬に降り積もる粉雪ようにきめ細かい肌に、まるで紅を差したような韓紅の薄い唇。
整った鼻筋に、青く輝く貴石のような瞳がその表情を柔らかく見せる。
思わず、ため息が洩れるほどの清楚で気品高い美しさだった。
「さぁ……」
そう、女性が促されアンはゆっくりと身に着けていたボロを脱いだ。
スラリとした手足に、ボロの上からでは分からなかったが愛らしく膨らんだ胸。
まるで、絵画に描かれる美の女神を、実際にこの眼にしているような清福感に満たされた。
二人の女性が、アンの体を丁寧に拭いていく中、ダニエルの中で何かが心に引っかかる。
(あの顔、どこかで見たことがあるような気が……)
そう思っているうちに、鍵が閉まるような音が微かに耳に入った。
再び、アンに仮面がはめられたのだ。
「それでは失礼します」
静かに扉が閉まると、また何事も無かったように部屋の中は暗闇に包まれた。