Episode6. 北の結束
アルベルトが修羅場に陥っている頃、リリアはノイシュタイン城の軍議室にいた。
彼女は背後にハンスを侍らせ、いつもそうしているように、アルベルトの逞しい体躯を椅子の背に預け、腕を組み、威圧的に目を閉じている。
そんなアルベルトに苛立ちを隠さず、机を叩いて気炎を上げるのは、グスタフ将軍をはじめとした北の屈強な男たち。
「閣下! 開拓など後回しです! 王都の政情が不安定な今、我らノイシュタイン軍は即刻、国境の警備を倍増させ、王弟派の動きに備えなければ!」
「そうだ! 聞けば先日国境付近で敵国の傭兵団に不審な動きがあったと言うではないか! 何かあってからでは遅いのだぞ!」
将軍らの怒声が室内に響く。
だが、リリアは冷静だった。アルベルトの身体に入って一ヶ月半。彼女の知識は、アルベルトやハンスの指導により、領地の現状を把握するまでに達していたからだ。
(……グスタフ将軍。王弟派と裏で通じ、地元ギルドとの癒着で私腹を肥やしている張本人。でも、軍人としては優秀。だから無下にできないのだと、アルベルトは言っていたわね。彼を糾弾して、戦力が欠けるのは困ると……)
リリアは、瞼の裏でアルベルトの顔を思い浮かべる。
彼ならきっと真っ先に「黙れ、老いぼれ」と一蹴するところだろう。だが、今の彼はリリアだ。むやみに火種を大きくしたりはしない。
彼女はゆっくりと目を開け、事前にハンスから教えられていた内容を、アルベルトの低い声で響かせた。
「グスタフ将軍。貴公の言うことはもっともだ。しかし、軍備の拡張には莫大な糧食が必要。東部の開拓を成功させ、不毛な北部の生産力を上げることこそが、長期的な国防に繋がる。違うか?」
「だが、現状東部に割く金も人員もありませんぞ! 先日の軍馬飼料の調達の件といい、近頃の閣下は横暴が過ぎる! そのようなやり方では、北の結束は削がれるばかりだ!!」
グスタフが激昂し、拳で机を叩く。
リリアは、かつて王都にて、自分を「品定め」してきた傲慢な貴族たちを思い出した。
あの頃の自分は、あまりにも愚かで、相手にされるがままだった。
公式の場では自分に媚びへつらう貴族夫人たちが、小さなお茶会では人が変わったように陰湿な嫌味をぶつけてくる。
最初は、あの手のひら返しに傷付き、部屋でひとり涙を流したこともあった。だが、もしあの経験がなければ、自分はこの男たちを前に、もっと怯えていただろう。
(男性の罵声は今でも恐ろしいし、アルベルトのような戦い方はできないけれど……)
「……『北の結束』か。では、こうしよう」
リリアは不敵に、そして冷徹に口角を上げた。
その威圧感はアルベルトそのものだが、言葉の選び方は女性特有の「柔らかい罠」を含んでいる。
「先日決定した『軍馬飼料の調達』について、冬の飼料の六割を、引き続き地元ギルドに任せることとする。価格は前年度と同じで構わん。その代わり、人員を提供させる。……『結束』を口にするならば、彼らもノイシュタインの窮状に対し、それ相応の誠意を見せるのが筋というものだ」
「な……ッ!?」
グスタフが言葉に詰まる。
確かに、六割は妥当な数字だ。しかし人員を出すとなれば、その分の取り分(裏金)の減少は免れない。かといって、「結束」を盾にした手前、拒絶すれば自分たちの私欲を認めることになってしまう。
「東部開拓への投資は、新興商会との取引で浮いた分を回す。人員は地元ギルドから補填。……将軍。貴公には、その『誠意』の交渉役を頼みたい。地元商人に顔の利く貴公なら、ノイシュタインの未来のために彼らを説得できるはずだ。期待しているぞ」
(糾弾はしない。けれど、彼らが甘い汁を吸える隙間だけを、丁寧に潰していく。やりすぎれば反乱を招くけれど、これなら『公爵は我々を頼っている』という形は崩れない……という、アルベルトとハンスの計画よ)
グスタフは真っ赤な顔で数秒間固まっていたが、『権限を取り上げられなかっただけマシ』と判断したのか、絞り出すように答えた。
「……御意。閣下の思し召し、ギルドには私から伝えましょう」




