後悔と希望
「何してんの? 俺何してんの?」
その日の夜。帰宅して風呂に入り、部屋に戻ってベッドに寝転がった俺はそこで正気に戻った。
瞬間、頭をよぎるのは今日の俺の数々の馬鹿げた言動。
まずは、今朝俺が東宮あずさに対して放った言葉だ。
『じゃ、一緒に行こうか。俺は桐野奏助。よろしくね』
『あ、まあ。別に可愛かったしいいかなって。なんならあそこで噛んだ方が可愛かったっていうか』
よろしくしてんじゃねぇよバーカ! 何が可愛かったしいいかな、だよ何も良くねぇよバカじゃねぇの?
他にも今日の俺は数々の迷言を残している。
何が頭脳派だ、何が学級委員だ。マジで何やってんだ俺。目立たずあぶれず、無難な高校生活を過ごすって決めていたじゃないか。誓ったじゃないか。初日で何もかもゲームオーバーだよ。
朝には美少女と一緒に登校して、自己紹介では美少女三人と変態とグループ組んで、学級委員に美少女と二人でなって、その子にカッコつける為に会議で大目立ち。
……ん?
「いや待て、これ結構普通に順当に主人公コースでは?」
そこで俺は気づいた。今までの俺は不自然なタイミングで主人公ムーブを繰り出して空気を読まずにキザな発言をしていたから失敗していた。しかし、今日はどうだろうか。
助けを求める美少女を助けようとした。
誘われたグループに入って美少女達と雑談して気に入られた。
その縁で学級委員に推薦されて、そこに一人美少女が付いてきた。
その子と一緒に仕事をこなして、問題解決に動いた。
待って俺めっちゃ主人公してんじゃん。少なくとも今日クラスの主人公は完全に俺だったんじゃないか?
自然と湧き出てくるラノベ的なシチュエーションを自然な対応で捌いていたら、主人公ムーブを自然としてしまった。
ということは、俺って物凄く主人公適性が高い人間なのでは? しかもこれは絶好のチャンスだぞ。今までの人生で一度も遭遇しなかったシチュエーションに今日だけで四回も遭遇している。そんな幸運、これから先にあるだろうか。
どれだけ後で後悔することになったって、ここでこの状況に乗っからない奴はオタク失格だ。
だから、俺は……
「あの、自分ラノベ主人公チャレンジもっかいいいっすか?」
また、過ちを繰り返す。
後悔だって絶望だって、飽きるくらい繰り返してきた。また一つ身体の正面に傷が増えるだけ。背中の傷は剣士の恥だ、海賊人生に逃げ傷なんていらないさ。まあ、この先起きるだろう美少女とのラッキースケベイベントで俺の大事な息子が無事で済むとは到底思わないが。きっとその晩には俺の黒ひげが抜けるくらい過酷な……もうやめよう。本格的に誰かに怒られそうだ。
と、いうことで桐野奏助十五歳、もう一度ラノベ主人公目指します!
学園ラノベ。
急に部員が数人だけの部活に入部させられて美少女と仲を深めたり、クラス一番の美少女の秘密を偶然知ってしまってそれをきっかけに仲良くなったり、学年一の美少女が実はオタクで趣味を通して仲良くなったり。そんなあるあるが通用する学生は、昨今のサブカル人気の向上と共に増えていると思う。
そういったジャンルの作品には大抵、現実に顕現させれば例外なくイタい存在となるであろう主人公が存在する。学園モノのラノベには付き物な、所謂脱力系、やれやれ系主人公というやつだ。
そしてこの世にはラノベに魅了され、ありもしない幻想に囚われてそういった主人公を自分にインプットして行動し多くの黒歴史を生み出す悲しい人種が少なからず存在する。
その1人が俺だ。
最初は、ほんの出来心だった。好きだったラノベの主人公の口癖である「まあまあ、なんとかなる。俺が言ったんだから信じろ」というフレーズが好き過ぎて、何度も風呂場の曇った鏡に向かってキメ顔をしながら得意げに言っていた。
その結果癖が付いてしまい、当時好きだった女の子に相談をされた時にうっかりそのフレーズを言ってしまったのだ。
「まあまあ、なんとかなる。俺が言ったんだから信じろ」
「あはは……根性論じゃなくて普通に共感するかちゃんとアドバイスして欲しいかも」
ちゃんとアドバイスするどころか俺がアドバイスを受ける結果となり、それがあまりにも恥ずかしくて俺はその後その子を全力で避け続けてしまった。
そんなしょーもない苦い思い出は他にも幾つかあるが、それら一つ一つも今の俺を形作る貴重な財産の一つだと言っておこう。少なくとも、今ではそう言える。
「奏助、放課後どこ行く?」
「俺は別にどこでも。京子は?」
「私は駅前のスイパラ!」
「男性陣の需要を全く理解してない……」
「女子達〜? スイパラ行きたいよね〜?」
「「「はい!」」」
「はい過半数! 民主主義よ、従いなさい!」
「「「はーい……」」」
だって今ちょー楽しいんだもん、高校生活。
高校一年生も終わりに差し掛かる頃。俺はいつものようにグループのメンツと放課後の予定を考えていた。京子……スイーツ好きの間宮京子とそれに味方する女子三人……皆川真希、東宮あずさ、瀬利なずなの一存(というか四存?)で駅前のスイパラにやってきていた。
俺達のグループは男二人、女四人で男子側が少数派……それどころか女子達が憲法を改正できる割合で所属しているのでいつも行き先は女子達の意見で決まる。たまに俺と綾人……変態で有名な乾綾人の希望も通してくれるけど、その頻度は極めて少ない。
「あ、このシフォンケーキ美味しい」
「私このショートケーキお代わりしようかな」
女子達は口々に好みのケーキの話をしながら、今日も次々と甘味を口に放り込んでいく。この間、ダイエットに付き合わされて、痩せる分の肉も無いのに一週間毎日走らされた俺と綾人の身にもなって欲しい。本当に毎度毎度学習しないんだからこの子達は……ここ来るの今月何回目だと思ってんだよ。男子二人はもうとっくにスイーツに飽きてカレーしか食ってないぞ。
毎日のように迷惑をかけられて、振り回されて、けどそれがどこか心地良い。俺が彼女達を振り回す時だって、この子らは喜んで付いてきてくれる。俺はそんなどこか壊れたこの関係を心から大切に思っている。
ずっと欲しいと願っていた「形を持たない居場所」が、やっと手に入ったから。
「そういえば、F組の稲村君と矢野ちゃん付き合うことになったんだって」
「えー! 稲村君彼女できたんだ、しかも矢野ちゃん?」
「マジかよ稲村、明日殺してくるわ」
「やめなさい乾君」
こうやってくだらない、中身の無い会話に終始する放課後を嫌っていたあの頃が懐かしい。頭の片隅で、過去の俺は元気にしているだろうか。
「稲村、ずっと彼女要らないってイキってたからな。今回ばかりは俺も乾に一票入れたいわ。二言のある男は嫌いだ」
「って言ってる奏助だって入学したばっかの時はなずなちゃんのこと可愛くないって言ってたじゃん。今じゃ溺愛してるのに」
「で、溺愛って……まあ、そうかも?」
「それはなずなが前と違って素直になったからだろ。二言の定義考えろや京子」
とりあえず、F組で一番可愛い矢野ちゃんを持ってった稲村は許さない。許されてはいけない。せっかく1年生にしてサッカー部のエースになったのに逆張りイキリで彼女不要宣言をしていた自分の恵まれた立場とその価値を一ミリも理解していない、しようとしない不届きものだ。そんな奴がその宣言を取り消す素振りも見せずに彼女を作っていたことが発覚した今、俺達はあのバカを処すことを頭に入れて明日登校するべきだろう。
明日のサッカー部の朝練終わりを襲うとしよう。脅しつけて稲村の矢野ちゃんへの告白の言葉を聞き出したら、それを書道部の佐川にクソデカ半紙に書いてもらって校舎の玄関に飾る。末長く爆発するといい。
「なあ綾人、分かってるよな?」
「ああもちろん。しくじりはしないさ」
「本気で襲おうとしてる……」
引く真希。
「うわぁ……これだから乾君は」
同じく引く京子。
「自分が変態扱いされて彼女できないからって見苦しいよ」
クリティカルヒットで乾をぶっ叩くなずな。
見事に乾だけが弾を食らっていた。
「おい、なんで俺だけが糾弾の対象なんだよ」
「あんただけ目がマジだからよ」
残念ながら俺もマジです。
「ってか、あずさお前またモンブラン食うの?」
「これが一番、高そうなので!」
「あ、そう……」
原価とか気にする女子がスイパラにいるの違和感しかねぇ……
「さて、カレー取ってくるか。綾人、お前の分取ってきてやるからその間にドリンク持ってきといて」
「オッケー」
「あ、私の分もお願い乾君」
と、俺の頼み事に乗っかる京子。
「私もー」
更に乗っかるなずな。
「私の分も!」
畳み掛ける真希。
「私もお願いします!」
そしてトドメを刺すあずさ。
「君達俺のことタコかなんかだと思ってる?」
こんな会話を頻繁に集まってこの六人でできるのも、きっと高校の内だけだ。今はとにかく楽しもう、それが俺と親しくしてくれるコイツら五人へのせめてもの礼儀だ。
「じゃあタコ、俺の分のコーラだけ三杯一気に頼むわ」
「六人分だからあと二つ空きあるな〜、じゃねぇんだよアホか!」
こんな日常が、全員にとって一生忘れられない思い出になることを祈って。
今日も俺は、最高の一日を送っている。
実質これからが本編って感じです。今後もよろしくお願いします。




