美少女、変態、食リポ。
教室でリボンを受け取って体育館へと移動し入学式を終え、また教室へと戻ってオリエンテーションを受ける。
その間、俺は今朝の夢のようなひと時を思い出して、感傷に浸っていた。
訳ではなく。もちろん俺は後からやってくる後悔と羞恥によって心が瀕死になっていた。あれ程しっかりと誓って家を出たにも関わらず、すぐにその決意を揺るがしてしまった自分への叱責で自らの心の首根っこを締め付けているのだ。
ああ、やってしまった。前に登校中のクラスの女子を見つけて「登校中は音楽聞いてるんだな、また意外な一面が知れたよ」って話しかけてその日の夜見たらLINEをブロックされてたあの時みたいな失敗をまたしてしまうとは。
何が登校中は音楽聞いてるんだな、だよあの子教室でも聞いてたわ、意外な一面でもなんでも無いだろバカが! そもそも意外な一面って言える程仲良くなかったよ新学期にLINE交換してすぐ挨拶送っただけの関係だよ!
LINE交換すら済ませて無い女の子に可愛いって真正面から言うとか俺バカじゃねーの? 社交辞令で一応仲良くしませんかとは言ってくれたけど内心多分「あーコイツ同じクラスになっちまったよどう避けよう」とか考えてるよマジで何やってんだ俺。
女子が興味の無い男子に対してとことん残酷になれることなど真っ黒に塗り潰された中学生活の中で何度も分からされた。それを忘れて一時の欲に身を任せるなんてバカにも程がある。顔から火が出そうだ。
「次はアイスブレイクです! グループを組んで自己紹介をしてもらおうかな。クラスは三十人だから、五人グループを六つ作ってね。そこでの自己紹介が終わったら、自分以外のグループのメンバー達に代わりに自分を紹介してもらってください! 他己紹介です!」
オリエンテーションも終わり、ここから始まるのは高校生活最初の正念場。その名も自己紹介。しかも今回俺に課されたものは特殊型である他己紹介だ。無難に乗り切る為には、あまり目立たないが極端に話せない訳ではない程度の男子を他に四人集めてグループを組むしかない。
俺の席は窓側の前から三番目。周辺にいる男子に声を掛けて人数を集めれば、遠くの席から同じ目的の男子が来てくれるはずだ。
そう考えて、俺は周りを見渡した。そして、ここで初めて俺はこの座席の異常さに気づく。
前の席には、長く綺麗な黒髪を靡かせる美少女。右の席には茶髪のギャル系美少女。後ろを見ると、そこにはショートの褐色系美少女がいた。
どうしよう、この上なく当たりの席のはずなのに今この時に限っては大外れだ。
「なあなあ、一緒に組まね?」
「おおいいぜ、マジアガるっしょ」
「やばたに! あと二人募集的な?」
周りの男子達は所謂ウェイ系といった感じで、俺が中に入れば途端に空気をぶっ壊してしまうだろうから近づけない。誘われたら最後絶対にこっちが折れるまで誘い続けてくるだろう人種だ。
ってか今時あんなコテコテのウェイ系フィクションにもいねぇよ。なんで三人もいるんだよここ仮にも県内トップクラスの高校だぞ。いやまあ偏差値高い高校のが逆にはっちゃけてるって聞いたことはあったけどさ、にしてもここまで露骨か?
そんな無駄な思考に気を取られている間にも、どんどんクラスの男子はグループを作っていく。
空きがあるグループももちろんあるのだがそのほとんどが男女グループで、わざわざ遠くから参加しに行くのは不自然だった。
少々考え過ぎかもしれないが、俺は過去の経験から目立つことを過度に恐れているのだ。多少の自意識過剰は許せ、それもこれも仕方ないだろう。あんな体験二度とごめんだ。
しかし、どうやら今日に限ってはその誓いを二度も破らなければいけないようだ。クラスの男子は俺以外がほとんどグループを完成させていて、流石にもう詰みと見ていいだろう。
となると、俺に残された選択肢は一つしかない。
「ねぇ君、私達とグループ組まない?」
俺を取り囲む美少女達の輪の中に入るとしよう。仕方なく、仕方なくだ。余り物として入れられたグループにたまたま美少女が三人いただけだ。
背後に目を向けると、俺の後ろに座っている褐色の子は更に一つ後ろに座っていた男子を捕まえていて、無事に五人グループができたようだった。何一つ安心できないグループ分けだが、ひとまず溢れなかっただけマシか。
「じゃあ、これからはグループでの自己紹介の時間です。今から10分時間を取るので親睦を深めてくださいね」
そんな先生の合図で、自己紹介タイムが幕を開けた。近くにあった机を五つくっ付けてお互い顔を合わせると、褐色の子に誘われていた一人の男子が話を切り出した。
「じゃあ、俺からいくよ。俺は乾綾人、この高校に彼女を探しにきました! 好きなタイプはおっぱいが……いてっ」
いくらなんでも勇者すぎるだろコイツ。大胆過ぎて一周回って普通に尊敬するわ。
「あーもういいよそれ。耳にタコができるくらい聞いたから」
と、ここで勇者乾を引っ叩いた褐色の子が口を開く。どうやら二人は顔馴染みらしい。変態のくせに羨ましい奴だ。彼女なんて探さずとも最高の候補が隣にいるというのに。
「じゃあ次は私かな。私は皆川真希、バスケやってます。よろしくね!」
「よろしく!」
「よろしくー」
乾の時と違って、女子達の反応がとてもいい。そりゃそうか、高校初日に初対面の男子からおっぱいの話されたら引いて言葉も出ないわな。
ってかやってるのバスケなのか。屋内スポーツなのになんで焼けてんだよ。
「じゃあ次あたしー。瀬利なずなだよー、よろしくねぇ」
続いて自己紹介した茶髪のギャルはなんというか、ギャルギャルしいという言葉が似合う女の子だった。名前的に七草ちゃんと呼ぶべきだろうか。お粥みたいに掴みどころのなさそうな子だな。
「次は私だね。私は間宮京子、よろしく」
「よろしくー」
「よろしく!」
この子は何というか、王道の美少女って感じだな。黒髪ロング、真っ直ぐな瞳、整った顔の大和撫子といった感じだ。こういう子に意外な一面があったりすると俺の癖にブッ刺さるんだよな。そういう一面が見れるくらい女子と仲良くなれるスキルが無いせいで未だに一度も見れたことないけど。
さて、最後は俺か。
「桐野奏助です、よろしく」
「よろしくね!」
「よろしくー」
「よろしくね」
「なあ後で一緒にエロ動画見ようぜ。ほらこれ……ん、ウイルス三十二件? まいっか」
乾、お前多分本気でバカだろ。いやまあ、正直側から見てる分には面白いけどさ。俺を巻き込まないでくれよ頼むから。
「じゃ、じゃあ詳しい自己紹介してこうか……」
「ごめんね、ほんとにごめんねこんな奴連れてきちゃって!」
引き気味に話を再開した間宮に対して、皆川はめちゃくちゃ謝っている。まあそれもそうか、男の俺は面白がって見れるけど女子からしたら災害クラスの害悪だもんなこれ。
「じゃあ桐野君、最初に質問なんだけどいいかな?」
乾は無視して女子三人で盛り上がると思って想定していなかったが、どうやら最初に話を振られるのは俺らしい。意外と興味持ってもらえてたりすんのかな。いや無いか、だって俺だし。
「ん、いいよ。何でも聞いて」
「じゃあ、まず質問! 好きな食べ物は!」
皆川の質問は、とてもシンプルな定番のものだった。初対面の相手と話す時はこの質問を使うのが礼儀なのだろうか。そのレベルで聞く気がするぞこの質問。女性相手だと年齢より聞かれてそう。
「三つ同率一位があるんだよね。餃子、ステーキ、それとペンネアラビアータっていうパスタ。美味いんだよね、これが」
ここは正直に答えるべきだろう。嘘で無難なところを答えるのはつまらないし、逆に虚を突いてマイナーな食べ物でインパクトを残そうとするのも邪だ。他には醤油豚骨味のラーメンとかハヤシライス、マルゲリータ、マグロの寿司なんかが好物だけど、パッと思い浮かぶ好物といえばいつもこの三つだ。
どれも分かりやすい旨みが口の中に広がる上、塩気が弱過ぎず強過ぎず飽きがこないまま最後まで食べ続けられるというのが特徴だ。餃子やステーキはタレ、ソース次第で味も変わるから人の数だけ無限の楽しみ方があるし、食卓に餃子が出てきた日には舞い上がって軽くシャドーボクシングをしてしまうくらい好きだ。
「ザ・男子! って感じの答えだね。アラビアータ? っていうのはどういうパスタなの?」
「サイゼで売ってるから学生でも気軽に食べれるよ。普通のトマトソースなんだけど固体のままトマトが結構残っててニンニクも多めなのが特徴かな。メジャーなパスタの中じゃ多分ジェノベーゼの次に旨みが強いんじゃないかな。俺はトマトが大好きだからあの味は好みだね」
「おおっ、食通なんだね桐野君。おすすめのお店とかあったら色々教えてよ!」
皆川との今の会話で、間宮も七草ちゃんも興味深そうな目で俺を見るようになった。どうやらアラビアータを頭に思い浮かべながらの全力エア食リポは上手くいったらしい。ここまで解説できる程食について一家言ある学生はそう多くないからな。
それこそラーメンを食べまくっている食通の男子くらいだろう。
ってかごめん。俺引っ越してきたばっかだからおすすめの店なんか一個もねぇわ。マジでごめん。後でそこは説明しとかないとな。
こうして、案外グループでの雑談は盛り上がっていた。




